恋詩


今まで話していたすばるが私の上に視線を動かしたから首を傾げた。

『なになに?...好きな奴、居るんや?』

急に後ろから声がしたからピタリと動きを止めた。...ここここの声は、...。

『...あー、』
「................。」
『いやいや、今聞こえてたって!』
『...らしいで、#name1#、』
「...うん...」
『『...うん?』』

私のそれに二人の声がハモる。うん、ってどういうこと?って意味だと思う。それぞれ違う意味で聞いてるはず。
...ちょっと待って。今頭フル回転させてるから。

ヨコのことをすばるに相談していた。相談というより一方的に私が話していただけだし、いつも『ふーん』か『.......へぇ』くらいで一度もアドバイスをもらったことなんてないけど。

一度だけすばるに言われた。
“ヨコの話ん時だけはしおらしいな”
それ。それ、すっごい恥ずかしいやつ。いつもと違う雰囲気をヨコに見られるのが一番恥ずかしいのに。だから最近無駄に喧嘩腰になってしまったりしていたくらいだ。
それを、見られていたなんて...!
しかも、名前は出していないけど、ヨコの話を聞かれていたなんて...!

...じゃなくて、今はどう切り抜けるかが先で...

『......帰るわ、』
「え!」

すばる!逃げる気?なんでこんな時にふたりにするの!訴えるようなその目、何が言いたいの?全然伝わって来ない!

『おう、明日な』

ヨコも。なんで普通にすばるを送り出しちゃうの。
結局すばるが何を言いたかったのかわからないまま見送ることになったから戸惑う。

私の席の前の椅子に後ろ向きに跨って座ったヨコが私の机に頬杖を付く。その距離にドキリとして、何でもない振りをしてゆっくりと距離を開け椅子に凭れる。ここは放課後の教室で、まだ他にもクラスメイトがいてふたりきりではないけれど、それでも十分過ぎるくらい緊張している。別に今想いを告げようなんて1ミリも思ってないけど、それでもふたりになることだけで、私にとっては一大事だから。

『......で?』
「で?って、なに、」
『居るんや?』
「...............なにが」
『おま、ここまで来てとぼけるて!』

...とぼけてるわけじゃない。どう答えようかまだ答えが出てないだけ。
...そっか、ヨコは自分のことだってわかってないわけだから、いいのか。

「......いる」
『......へぇ』
「...それだけ?」
『...居るんや?』
「...だから、居るって、」
『......誰?』

思わず目を丸くして半笑いのヨコを見つめた。全身の血液が物凄い勢いで巡って顔に熱が集中する。

「...言うわけないでしょ、!」

ヨコが吊り上げた口の端を手で隠して笑う。..バカにしたみたいに笑っちゃって、ムカつく。何にも知らないくせに。
机の下で拳をギュッと握り締め俯いた。

『なぁなぁ、』
「...............。」
『告白とか、せぇへんの?』
「...しない、」
『なんでせぇへんの?』

余計なお世話。放っておいて欲しい。
...いつも見てるからわかる。
私と紗夜が一緒に居ても、紗夜のことばっかり見るじゃない。顔赤らめて下向いたりしちゃってさ。

「...好きな人、いるみたいだから」

ヨコが目を丸くして私を見ていた。さっきのバカにした笑みが嘘みたいにただ黙って私を見るから、何だか恥ずかしくて目を逸らす。...すばるが言ってた“しおらしい”ところを見られてしまった気がして。
すると少しの沈黙の後、やけに小声でヨコが言った。

『...そうなん?...本人に聞いたん?』
「...聞いてない。...けど、視線追ったらわかるよ」
『ちょ、...勝手に決めつけんといて!俺が好きなんは!.......、』

声を荒らげて立ち上がったヨコがクラスメイトの注目を集める。口を開けたまま次第にヨコの顔が赤く染まって落ち着きなく目を泳がせて顔を逸らし教室を出て行った。それを座ったままただ呆然と見つめる。

...ちょっと待って...これって...バレてる...?私の好きな人の話をしていたはずじゃない。『俺が好きなんは』?なんで知ってるの!私がヨコを好きだって、なんで知ってるの!

両頬を掌で覆って俯くと、薄汚れた上履きが視界に入って思わずガバッと顔を上げた。

「...すばる」

微妙な顔をしたすばるが私を見ていた。...笑ってるような、いないような...。

『...つい』

その一言で全てを理解した。犯人は、すばるだ。

「.......いつ」
『一番初めに聞いた日』

驚愕で声も出ない私を、今は明らかに笑って見ているすばる。
...てことは、ヨコは最初から...。
俺が好きなんは、...誰。なんで途中でやめたの。

『#name1#!』

すばるの向こう、教室の前のドアから真っ赤な顔を覗かせたヨコが私を呼んだ。自分で呼んだくせに目を逸らして、開いた口を結んで、また開く。

『...一緒に帰らへん、?』
「...........え、」
『...ふ、ふたりで、!』

口を覆って笑うすばると、赤面する私達。
ぎこちないカップルが帰り道で手を繋ぐのは、あと数十分先の話。


End.