Destined snow


朝は快晴だったのに、嘘みたいな吹雪。
駅の構内で躊躇う人々を横目に外に飛び出した。
家はわりと近い。今日は早く帰ると決めていた。章大が出るあの番組の録画予約を忘れてきてしまったから。

ちょっとくらい濡れても構わない。...とは思ったものの、張り付くように吹き付ける雪に心が折れそうで少し先のコンビニに目をやる。

...う、嘘...マジで?...テレビ、録画してない。間に合わない。どうしよう。...いや、テレビよりどう考えたって、やっぱりこっち!

コンビニの中で雑誌を広げたまま外を眺める章大が目に入ったからコンビニに飛び込んだ。ニット帽に厚手のパーカーのフードを被って黒いマスクをして、変装なのかそうでないのかわからないけれど、それ、すごい目立ってるし。
目を丸くして雪まみれの私を見つめた章大がマスクを顎下まで下げて言った。

『びっくりしたぁ!』
「...うん、びっくりした...」
『引っ越したん?家近いやん!』

...私、ストーカーみたい。
知ってた。章大が近くに住んでることは知っていて、この近くに引っ越して来たんだから。

章大が雑誌を棚に戻して私の髪に手を伸ばした。髪についた雪を払いながら、何も知らずに章大が笑う。その手と笑顔にドキドキしながら、ちょっとだけ罪悪感。
そして章大は自分が着ていたモコモコのパーカーの袖に手をしまって、袖で私の濡れた髪をわしゃわしゃと拭いたりするから、一気に好きが溢れ出しそうになってしまった。

『こんな吹雪いてんのに歩くとか、どんなけ早よ帰りたいねん』

私の髪を撫でるように拭きながら笑って顔を覗き込むから、妙に恥ずかしくなってその袖を掴む。

「濡れちゃうよ、」
『別にええよ。#name1#の方が濡れてるもん』
「でも」
『あ、』

私の言葉を遮った章大が外に目を向けて指差す。吹雪いていた雪はいつの間にか緩やかに舞っていた。

『家どこ?今のうち送るわ』
「あ、すぐそこだから」
『そっちな。行こか』

自動ドアの前で、...あ、と思い出したように立ち止まった章大は、被っていたフードを脱いでニット帽を引っ張る。少し癖のついたその髪を乱しながらまたフードを被ると、私の頭にニット帽を被せて前髪に触れる。整った前髪に満足したように章大が私に笑顔を向けた。今の格好にミスマッチなニット帽。マスクをしていてもわかるほど優しいその笑顔が、私の心を掴んで離さない。

外に出るとすぐに冷たい風が吹き抜けた。弱くなった雪がまた風に乗って肌に突き刺さる。

『全然あかんやん!』

笑いながら私を見た章大が、隣に並んだ私の手を突然掴んだからドキリとした。そのまま章大の後ろに引っ張られて手が離れる。

『風除け!ちっちゃいけど無いよりマシやろ?』

前を向いた章大のすぐ後ろでその背中を見つめた。
優し過ぎて泣きそう。愛おし過ぎて苦しい。この優しさを、どうしても手に入れたくなってしまう。

再び吹雪いてきた雪が、今度は味方のように感じていた。
ドキドキしながら前を歩く章大のパーカーの裾を掴んで背中に触れるほど傍に寄る。だって風除けでしょ?これくらいくっついたって、今だけは許して。こんな時じゃないとこんなこと出来ないから。

すぐに章大が振り返ったからドキリとした。私を見て自分のポケットから手を出すと、裾を掴む私の手を外し章大の温かい手の中に握られた。

『手ぇ冷たっ』

前を向いた章大の後ろで、反対の手で頬を覆う。寒いのに顔が熱い。ドキドキして胸が苦しくて、よくわからないけれど泣いてしまいそうだ。

『雪やなかったら、離してた?...手』

風の音に混じって小さく聞こえた声に、見えるはずもないのに首を横に振った。前を向いたままの章大の手が少し力を込めて私の手を握る。恐る恐る力を込めてその手を握り返すと、思いの外手が震えてしまった。

『寒い?』
「......ううん」
『ほんなら、なんで?』

振り返った章大と目が合った。
震えてしまったのに気付かれたのが恥ずかしい。なんでって、...ドキドキしてるからに決まってる。けれど、それを口にするだけの勇気はまだ持ち合わせていない。

章大が足を止めたから立ち止まると、体ごと振り返って突然抱き締められた。少し濡れて冷たくなった章大のパーカー越しに、少し早い鼓動。

『...あったかいな』
「......だから、寒くないってば、」
『...寒くないんやったら尚更、これで合ってるんちゃうの?』
「......ん、」
『めっちゃドキドキしてんで、俺も』

首筋に掛かる息が熱くてますます緊張する。ドキドキして息苦しくて、温かいのに震えて、その体を章大が強く抱き締めるから、ますます胸がきゅっと締め付けられた。


End.