a little longer


『...っ、』

小さく声を漏らした忠義が、腰を掴んで揺さぶっていた私の体を急に強く抱き締めるから胸が苦しい。

愛の言葉なんか一つもないし、行為中に言葉を交わすこともない。部屋には耐えるように結んだ口元から漏れる私の嬌声と忠義の荒い呼吸、二人の肌がぶつかる音、そしてソファーの軋む音。

私を抱き締めるこの背中に腕を回してもいいのか迷ったのは3度目。抱かれるのも、3度目。3日連続で忠義が家に来ている。


酔っていた。我を忘れる程ではなかったけれどそれなりに酔っていて、忠義は目を閉じてヘラヘラしていた。
飲み会の帰り、一緒にタクシーに乗ったはいいけれど、私が降りる時に眠っていたらしい忠義は運転手の問い掛けにも応えず、乗せて行けないと言われたからしょうがなく忠義をタクシーから引き摺り下ろした。
ぼんやりと目を開けた忠義は私を見てヘラヘラと笑い、抱き着いたまま歩き出した。

ソファーに座らせて水を取りに行こうと立ち上がると、腕を掴んで引かれて抱き締められた。ムフフ、と笑った忠義は私の首筋に顔を埋めたまま体に手を這わせた。文句を言うために開いた唇は荒々しく塞がれて、完全に落ちた。

流された私も悪い。もっとしっかり拒んでいればよかったんだ。
けど、出来なかった。だってずっと好きだったんだから。

一夜限りだと覚悟をしていた。
仰け反る私を見て笑顔を見せてはいたけれど、好きだとか、付き合おうとか、そんな言葉は言われていなかった。

朝起きたら何だか気まずくて、コーヒーを出したら黙ってそれを啜って、様子を伺うようにチラチラと私を見ていたけれど、何故か
『また、来るわ...』
なんて言葉を残して帰って行った。

忠義が再び家に来たのはその日の夜だった。
モニターを見て驚いてドアを開けると、入っていい?と聞かれたから頷いた。
ソファーに座った忠義に何か飲むかと聞いたら、『#name1#...』と呟くように呼ばれた。けれど待っていても何も言わないからキッチンに向かおうと背を向けると、腕を掴んで引かれた。
デジャブだ。あっという間に腕の中に閉じ込められて、そのままソファーに押し倒された。

...そうか。つまり私達は、セフレになってしまったんだ。なんだ、そうだったのか。

目の奥が熱くてまずいと思ったけれど、忠義に激しく揺さぶられているうちに涙が零れた。けど、ここまで耐えられてよかった。

本当にデジャブみたいだ。
少し違うのは、夜のうちに帰ったということ。コーヒーを飲んで、気まずそうに私を見て、何か言いたげに口を開いては閉じて、最後に言ったのが
『...また、来る、』

またっていつだろう。
苦しいけれど、会いたい。
苦しいけれど、抱かれる喜びも知ってしまった。
いつ会えるんだろう。けど、会いたくない。もう既に、終わりの言葉を恐れている。

それでも、肌を知ってしまったら寂しくて仕方ない。抱かれた後の方が寂しくなることも知っているのに、それでもやっぱり忠義に会いたい。会いたくないのに、会いたい。


夜、忠義が来た。3日連続だ。
インターホンが鳴ったから、モニターも見ずに玄関へ走った。
忠義は、私の驚異のスピードに驚くこともなく黙って私を見つめて『入っていい?』と聞いた。
ここから既にデジャブ。頷いて部屋へ招き入れたら、ほぼ会話も交わさないままソファーに押し倒され、今に至る。



骨が軋む程強く抱き締められてひたすら奥にぶつけられ呻くような声が漏れると、忠義の腕が緩んで私を見つめる。けれどすぐに逸らされ、誤魔化すような深く絡みつくキスで塞がれた。

まだ、忠義の背中を抱き締める勇気はない。
もしそうしてしまったら、どう思われるんだろうか。
彼女面するな、とか、こいつ本気になったな、とか、そんなことを思われたら、終わってしまうかもしれない。

こんな関係は望んでいなかった。けれど一旦こんな関係になってしまったら、ただの友達に戻ることはあるんだろうか。
彼女に昇格するか、切り捨てられるか、どちらかしかないように感じる。後者の方が数倍確率は高い気がするけれど。

その時、髪を撫でられて忠義を見た。漸く視線が絡んだ後、深く舌を差し込まれ乱暴に口内を掻き回される。同時に何度も奥に深く押し付けられて、苛立ちをぶつけるようなそれらの行為に困惑する。

ギリギリまで出て行って一気に奥を貫かれ、耐え切れずに高い嬌声が漏れた。するとそこを何度も繰り返し攻め立てられて、気が付けば忠義の背中を掻き抱いていた。
目を開けてはっとして忠義の背中から手を下ろし、ソファに爪を立てると同時に固く目を閉じた。

瞼に浮かぶ残像の忠義は、少し笑みを浮かべていたように見えた。
すぐに私の上から体を起こした忠義に背中に手を添えられ起こされた。向かい合ったまま上に乗せられると、ますます深く繋がって顔が歪む。
この体勢で忠義に触れないのは不自然だ。けれど躊躇ってしまう。ゆっくりと手を持ち上げて忠義の肩に触れると、忠義の手が私の腕を首元へと導く。目が合って見つめられ、耐え切れずにぎゅっと首元へしがみつき顔を埋めた。

すぐに軽く下から突き上げられて声が漏れる。耳元でこんな声、聞かせたくない。だから、忠義の肩にある自分の手の甲に唇を押し当てて塞ぎ必死に耐える。

緩やかになった動きの後に、掴んだ腰を揺らされた。動けと促されるように。
戸惑い様子を見ながら腰を浮かせて落とすと、耳元で忠義の耐えるような声が吐息と共に吐き出された。その声のせいで体の奥がきゅんと熱くなる。
もっと感じて欲しくて、私を見て欲しくて、締め付けながら腰を揺らす。

『...#name1#、っ』

行為中に名前を呼ばれたのは初めてだ。顔を上げればまた視線が絡む。
すると忠義の指先が頬に触れ、片方の掌が私の頬を包んだからドキリとした。思わず動きを止めてしまいそうな程長く視線がぶつかっている。緊張で鼓動が早くなる。

けれど、いやらしく開いて吐息を漏らす忠義の口から期待したような言葉が出ることはないまま、頬から手が離れ視線も外された。

そのまま荒々しくソファーに倒されると、さっきまでとは雰囲気の違う、眉間に皺を寄せた忠義の苛立ちを含んだような表情に再び緊張が走る。

一度息を吐き出してから腰を抱き、いきなり激しい律動に襲われた。声も出せない程に激しく揺さぶられて、歯を食いしばって強い快感に耐える。
忠義の荒い息遣いと肌がぶつかる音が部屋に響く。

強過ぎる刺激に、忠義の腕を訴えかけるように掴むと、忠義が目を開けたけれど律動が止むことはない。
奥から迫る快感に耐え忠義の腕に爪を立てると顔を歪めた忠義が私を見つめる。

『...#name1#、....っ、』

何か言葉を発したようにも聞こえたけれど、聞き返す余裕もないまま大きな快楽の波に飲まれた。
跳ねた体を押さえつけながら、震えるようにゆっくりと数回腰を押し付けた。



...やっぱり同じだ。
コーヒーを啜る忠義は何も言わないまま視線をテーブルに落としている。今日は私に視線を向けることすらない。だから私も、黙ってカップに口をつける。

コト、とカップをテーブルに置いた忠義が膝に手を乗せたまま固まっている。それをちらりと盗み見て言葉を探した。

最初の行為以来、ほぼ言葉を交わしていない。何か話さなければ。
けれど、どの言葉も躊躇ってしまう。
次、いつ会える?なんて、私が聞くことじゃないし。明日は仕事?なんて、会えるのを期待しているみたいに聞こえるかもしれない。
何を話せばいいかわからなくて頭をぐるぐると回転させているうちに、忠義が立ち上がった。

ちら、と私を見て無言で玄関へ向かう忠義を遅れて追った。靴を履くその背中を見つめながら切ない胸の痛みに襲われて、胸元の服をギュッと握った。
ドアノブに手をかけて動きを止めた忠義を不思議に思っていると、背を向けたまま
『...また、来る、』
と呟いてドアを開けた。
振り返ることのないその背中を見送って玄関に立ち尽くす。
泣いてしまいそうな程切なくて苦しくてどうしようもない。

部屋に戻って忠義の使ったカップを手に取ると、再びインターホンが鳴った。
こんな時間だ。忠義しかいない。すぐに扉を開けると、忠義が俯いたまま立っている。

「...どうしたの、」
『......携帯、忘れた』
「...あ、」

探してくる、と言いかけた私を押し退けて忠義が部屋へ入って行った。後を追うと、部屋で立ち尽くしたままの忠義は携帯を探すでもなくじっとその場に留まっている。

「...あった?」
『なぁ、』

顔を横に向け後ろにいる私をちらりと見た忠義が、また前を向いて暫く沈黙した。

『...俺らって、付き合うてるん、?』

予想外の質問に絶句した。
どんな意図があってその質問をするのかと、ぐるぐると頭の中が混乱する。

『答えへん、てことは...付き合うてないんや、?』
「..............、」
『付き合うてないならさ、...なんでするん?』

...そんなの、こっちが聞きたい。なんで毎日来るの。なんで私を抱くの。
けど、それは声にならないまま忠義の背中を見つめた。すると、忠義が振り返って私を見ないまま俯く。

『...はっきりさしてくれんとさぁ、...なんか、...アレやん、』

何それ。...だから、それも私のセリフでしょ?
けど、そんなことを言うんだから、...期待したくなる。

『......するだけは、...嫌やねんけど...』

私をちらりと見て忠義が言った。
2メートル程の二人の距離がやけに遠く感じる。その距離を少しだけ縮めた忠義が顔を上げて伺うように私を見た。

『....なぁ、...#name1#はさぁ、』
「ずるいよ、」
『...え、』

肝心なことを言わないなんて狡い。
...けど、それは私も同じだ。失うのが怖くて、核心に触れることが出来ない。

視線が絡んだら、私を見つめたままの忠義が引き寄せられるように私に手を伸ばし肩に触れる。その肩を引き寄せて抱き締められると、忠義の手が髪を撫でる。

『...ごめん』

そんな言葉が欲しいんじゃない。それなのに、心臓が煩くて、嬉しくてでも悔しくて、忠義の胸に顔を埋め、背中に回した腕で背中をドンと叩いた。

『...ん、ごめん、』

抱き締められた腕の中で、何か言い掛けては言葉を飲み込む忠義の鼓動が次第に早くなるを聞きながら、溢れそうな涙を堪える。
...もうちょっとだけ、待ってあげる。偉そうだけど、私の方が狡いけど、どうしてもその言葉が聞きたいから。

『......好き、やで』


End.