カップル未満


「彼氏欲しい...」

不器用すぎるアピールは、鈍感なすばるに届くはずもなかった。

『作ったらええやん』

そりゃそうだ。そう言われても何も言えない。だって「彼氏欲しい」と言ったのは私だし、すばるを責めることなんて出来ない。
...けど、苛立つ。
告白なんてする勇気もないくせに。

...と、思っていたのに。

すばるが告白されていた。
美人セクシー系ギャルが去って行くのを見つめていたすばるは、盗み見ていたというか、もう既にすばるの元へ歩き出していた私に気付いて目を丸くした。

「...付き合って、」

すばるの横に辿り着くと、気付いたら口から出ていた。自分でも驚き過ぎて、言った後に今更過ぎるけど手で自分の口を塞いだ。
長い長い沈黙の末、すばるが口を開くことはなかった。

『.........ん。』

口は開かなかったけど、『ん。』って、言った。思わず「ん?」と聞き返したけど、すばるは何も言わなかった。
たった今あの子をフったばかりなのに、すばるは私の告白を受け入れたんだ。...多分。


...何だか、よくわからない。
あれから3日経った。前はたまに一緒に帰っていたけれど、あの日を含め4日間、連続で一緒に帰っている。
...だから、多分付き合ってる。はず。
手なんか繋ぐわけじゃないしいつもと何ら変わりないけど、むしろ前より会話は少ないけど、それでも毎日一緒に帰ってるから、きっとそう。

すばるの後姿を盗み見ながら後ろを着いて行く。今日も会話は特にない。いつも別にそんなに会話が弾むことはないけど、私が意識している分、いつも以上に会話がない気がしている。
何か会話をしてみようか。なんだろう。昨日のテレビの話とか、...あ、そう言えば買い物行くって言ってたから、その話とか...

『...おい』
「................。」
『...なぁって』

会話を探すことに意識が行っていたから驚いて顔を上げた。何だか鋭い視線を向けられてドキリとする。...なんか、怒ってる...?

「......なに、」
『.............。』

何も言わないまますばるが前を向いた。前を向く直前まで私に向けられていた冷たく鋭い視線に殺されるんじゃないかと思う程緊張した。

なんで怒ってるの?
心の中では聞いているのに口には出て来ない。どうしよう。
なんで怒ってるの?ねぇねぇ、すばる。ねぇってば!
...だから、声に出さなきゃ意味ないって。

「...どこ、行くの、」

全然関係ない質問が口から出て来た。だって、いつもの道と違う。こっちからは私の家に行けないのに。

「...ねぇねぇ、」

それでも何も言わないすばるに戸惑う。けど、少し振り返って私を見てからまた前を向いたから、黙って着いて来いってことかもしれない。

暫く無言で歩いていると、すばるが急に曲がった。
...間違いなく、家。だって、表札に渋谷って書いてあるもん。...え、い、家?

豪快に玄関のドアを開けたすばるを足を止めてただ呆然と見つめる。心臓がやばい。胸の皮膚突き破りそう。

振り返って睨むように私を見たすばるは私の前まで戻って来て二の腕を掴んで引っ張る。
ちょっと、そんなとこ掴まないで!...じゃなくて、家、行くの、?ちょっと待って!

『おかえりー』
『...だいま』

後ろでドアが閉まるとお母さんらしき人に素っ気なくぼそっとただいまを言って私を急かす。
靴を脱いだらすばるが適当に靴を揃えてくれて、まだお母さんに挨拶もしていないのにぐいぐいと階段の方へ私を押す。

『なにドタバタしてるん』

リビングからお母さんの声がするから、慌てて口を開いた。

「お邪魔しま、す...」

リビングのドアが開いてお母さんと目が合った。慌てて頭を下げると、また階段へと強引にすばるに押される。

『え、あんた』
『彼女』

楽しそうに嬉しそうに私を指差して口を手で覆ったお母さんにもう一度頭を下げると、はよ上がれや、とまた肘で突かれて階段を上がる。
扉が3つ並んだ廊下の一番奥の部屋に押し込まれ、バタンとドアが閉まった。

...彼女。そっか、彼女なんだ。

『なんやお前』

すばるの言葉が私のほんわかした気持ちを一瞬で全部掻っ攫っていった。

...え?何急に。なんやって何?

真っ直ぐに私を見ているすばるのせいで頭が働かない。すばるは何が言いたいのか。何が聞きたいのか。

『誰でもええんか。手近な俺で済まそう思たんか!』

...だから、急になんなの。手近って何?誰でもいいって、何が?

『...ほんまは俺んことそんなに好きやないんやろ!』

呆気に取られてドアの前で立ち尽す。眉間に皺を寄せて若干唇を尖らせたすばるが、私から視線を逸らして足元の漫画を軽く蹴飛ばす。
その姿が何だか拗ねている子供みたいで、胸がぞわぞわする。

『彼氏欲しいしどうせお前彼女居れへんやろみたいな雰囲気やん!勢い余って俺に言うただけやろ!絶対そうやんけ!だからそんな気まずそうにすんねやろ!』

すごい勢いで捲し立てたすばるがちらりと私を見てからまた拗ねたみたいな顔をして舌打ちするから、すばるには悪いけど笑っちゃいそう。

「...じゃあ、なんで付き合ってくれたの、」

床を見つめたままピタリと動きを止めたすばるが、またちらちらと私を見てから落ち着きなくベッドへ腰を下ろした。

『...そらお前、アレやろ、...好きやから、やんか』

今まで何を悩んでいたのかと思う程胸があたたかくてドキドキしている。
...そうだ。大事なことを言い忘れてたんだ。

「...私も、好き、」

落ちていたすばるの視線が私に戻って来た。上目遣い、と言うよりは睨まれているに近いけれど、その鋭い目が私をじっと見つめる。
恥ずかしくて唇を噛み締めたままその場から動けない。数歩先にすばるが居るのに、その数歩すばるに近付くことに今は多大な勇気を要する。

するとすばるが立ち上がって私に歩み寄る。ちらりとすばるを見れば、さっきより明らかに優しくなったその目で私を見ている。

『俺も好きや』
「...さっき聞いた、」
『おん』

あれ、と思ったらもう唇が触れていた。本当に唇だけが一瞬触れて、目を閉じる暇もなくすぐにすばるが離れる。

『好きや』
「...だから、」

言い掛けたところでドアに押し付けられて言葉を飲んだ。

『...好きやで』
「...うん」

今度はゆっくりと優しく唇が触れた。吐息と共に気持ちごと唇から送り込むように何度も繰り返し唇が触れる。胸が切ないような甘いような痛みに襲われて、初めて抱き締められたすばるの腕の中で涙を隠すように目を閉じた。


End.