ワンサイドラブ


現実に苦しいと感じたことは、まだない。何故ならすばるに一番近いであろう女は、私だから。

けど、考えてみたら怖い。一番近いのは私だけれど、もしもすばるの心の中に既に誰かが居て、その人がすばるに一番近い女の子になるなんて、考えたくない。

『...おい』
「...............。」
『...おい、アホ』
「...なに」
『どっか行くなや』

意味は違えど、今の言葉にときめいてしまうくらい恋する乙女だ。

『おい!』
「...だから、なに」
『お前ほんま一日中男のことばっか考えとんのか』
「...そんなわけないでしょ」

授業中。屋上。今二人きりのこの状況で、考えるのはすばるのこと以外にあるわけないじゃない。

数日前に駆け引きってやつをしてみた。駆け引き、...になってたかどうかはわからない。だって恋愛初心者だから。

“アホ面。...口、開いてんで”
“...そう?”
“そのアホ面毎日見るけど、頭ん中何入ってるん”
“......好きな人”

驚いている様子はなかった。ふーん、という返事すらなかった。ただ、呆れたみたいな溜息が少し後に聞こえただけ。

...なーんだ。興味無いのかと思ってたけど、今それ聞いたってことは、ちょっとだけ気にしてくれてんじゃん。
駆け引き、失敗ではなかったかも 。

『どうせ片想いやろ』

...いきなり痛いとこ突きますね。けど別にいいもん。今はこの時間が幸せ。ふたりでいるから、それだけでいい。

「片想いも楽しいよ」
『俺は嫌やわ』
「...なんで?」
『両想いの方がええやん。決まってるやん』

それを言っちゃえばそうなんだけども。それでも、些細なことでときめいたりドキドキしたり、今はこの時間が大事で何にも変えられない。

「片想いも、意外と楽しいのー」
『楽しない』
「なんで!」
『出来ひんやん。色々と』
「え?」
『キスとか、セックスとか』

動揺している場合じゃない。いつものことだから、いちいち気にしてはいられない。
けど、すばるの口からその類の言葉が出ると、どうしても顔が熱くなる。女の子は恥じらいの色を見せた方がモテるって言うけど、意識しているのに気付かれたら困るから、そんなところ見せられない。

「...しようと思ったら出来るんじゃない?」
『...ぁ?』
「付き合ってなくても」

すばるがぽかんと口を開けて私を見ていた。それを横目でチラ見して顔を伏せる。
...いやいや、違うよ、そんなことが言いたかったわけじゃない。そんなことされたら困る。ただ、上手い切り返しが見つからなかったから思わず口から出てしまっただけ。

『お前それ女の回答や思えへんな』
「...ふふ」

今から否定するのもおかしいし、とりあえず笑って誤魔化す。けど私のことを女だとは思ってるらしい。それがわかったのはよかった。

「......な、なにしてんの、」
『しよう思たら出来るんやろ?』

すばるの顔が私を覗き込んで目の前にある。その距離多分、10cmくらい。私の唇を見つめるすばる。体が硬直して動かない。

『お前が悪い』
「...は...?」
『...けど、アレやろ』
「...な、なに...」

私の唇から視線を上げたすばると視線がぶつかった。
...やばい。顔が熱い。火、吹きそう。

『両想いでヤった方がええに決まってるやろ』
「......うん、それは...もちろん、...」
『嫌や。片想いなんか』
「........うん、?」
『付きおうて』

何それ。どうしちゃったの、急に。信じられない。けど、目の前のすばるの顔が若干強ばっているようにも見える。

『...#name1#』
「......はい、」
『好きや言うてんねんけど』
「...うん、...私も、」

思いの外すんなり出て来た言葉に、すばるの顔がほんのり赤く染まった。それを見て自分も顔が火照るのを感じていたら、すばるが私から顔を背けた。

...あれ、キス、されるのかと思ったのに。

「...緊張、してる?」
『アホ抜かすな』

振り向いたすばるの赤い顔が、あっという間に目の前に来て唇同士がぶつかった。
離れたすばるの顔が見れず俯くと、今度は私の両肩に手を置かれたから思わず顔を上げた。

『お前こそ、緊張してるやろ』
「......当たり前でしょ、」

その答えが予想外だったのか、すばるの目が丸くなって私を見つめる。顔を背けてふっと息をついたその顔は、更に赤く染まっている。

「...可愛いとか思ったんでしょ」
『...アホ抜かすな』
「...そればっかり」
『緊張しとるからな』

ふっと笑ったすばるの唇が再び触れた。さっきよりも長く柔らかく触れた唇に気を取られていたら、すばるの腕が背中に回った。思わずすばるの背中に回そうとして動いた手は、勇気が出ないまま力なくすばるの制服の裾を握る。それを合図によりキツく抱き締めた腕は掻き抱くように私を引き寄せ、想像よりも遥かに優しいすばるのキスに、より一層心を奪われた。


End.