Please don't!!


『好きになってまうからやめて』

...また、笑顔で目を逸らしてそんなこと言って。

「章ちゃんだって私に触ってたくせに...それなのにそんなこと言って私のこと見ないなんて、本当は私のこと、嫌いなんじゃないの...!?」

顔を伏せたままの章ちゃんに涙を堪えることしか出来ない。告白もしてないのに、こんなのってないよ。


ぱちりと目を開けて見えた自室の景色で、今のが夢だと理解した。それでも胸が苦しい。
少し痛む頭で思い返してみれば、やっぱり夢ではない。昨夜章ちゃんに言われたセリフであることは現実だ。思い出しただけで胸がじんわり痛んだ。

いつここに移動してきたんだろう。誰かが運んでくれたんだろうか。どちらにしてもこんなことになるなら自宅での飲み会でよかった。
昨夜のことは途切れ途切れにしか覚えていない。けれど、章ちゃんの言葉を受けてペースが上がり、早い段階で潰れたことに間違いはない。

ごろりと仰向けになり天井を見ると、違和感に気付き反対側へ目を動かす。と同時に飛び起きた。
隣に章ちゃんが寝ている。その向こうに見える開いたままのドア。

...どういうこと。なんで章ちゃんが隣に寝ているんだろう。
ベッドの上で少し距離をあけて考える。けれどやっぱり全くわからない。
ピンクのふわふわの抱き枕を抱いて顔を埋ずめて眠る章ちゃんに、ゴクリと唾を飲み込んだ。

服、来てる。今は5時半。何もしてないはず。
...してるはず、ないか。あっちにはみんながいるんだし、...昨日あんなことを言われたんだし。
思い出したくないけれど、かき消しても浮かんでくるその言葉。



『綺麗な色やね』

突然髪が引き攣れて驚いて振り返った。さっきまであっちで話していたはずの章ちゃんが私に笑顔を向けてから、首元から前に垂れる髪を一束掬って眺める。

『これ、なんていう色?』
「...ピンクベージュ...」
『へー、めっちゃ綺麗』

私の髪を透かしたり角度を変えて眺めている章ちゃんを見て目を伏せる。
髪に触れられるだけで私がこんなにドキドキしているなんて、章ちゃんは知らない。

『グラデーションみたいなってる?』
「...うん、よくわかったね、」

私の髪をパサリと落として、今度は撫でるように頭に触れるからドキドキが大きくなる。
早く離れて欲しいけど触れて欲しい。私は我儘だ。

『ええなぁ、俺もピンクしてみようかなぁ』
「ダメだよ」
『えぇ?』
「章ちゃんの方が可愛くなっちゃう」
『何言うてんのぉ』

私の頭をポンと叩いて笑う章ちゃんに私がこんなに苦しくなることも、章ちゃんは知らない。

私の後ろから隣へと移動して来た章ちゃんは、改めて『乾杯』と言ってグラスをぶつけた。いつもの章ちゃんらしくない。今日は妙にちびちびとアルコールを口にしている。
その横顔を盗み見ていたら、頬にある赤い跡に気付く。引っ掻き傷のようなそれに思わず手を伸ばした。

次の瞬間、私の方を向いた章ちゃんの頬に手が当たって、驚いたように目を丸くした章ちゃんの頬を一瞬包んだように触れてしまったから慌てて手を引っ込めた。

『え、何ぃ?』
「...あ、ごめん、」
『...びっくりしたぁ』
「...ここ、傷が、」
『...なんやぁ...、ちょっとドキドキしたやん』

苦笑いみたいな笑みを浮かべた章ちゃんのその言葉にドキリとした。
...ドキドキしたの?章ちゃんが、私に?

『そういうの、好きになってまうからやめて』

ふふ、と笑って章ちゃんが顔を逸らすと、立ち上がって『トイレ、借りますー』と部屋を出て行った。

触れてしまった手が震える。顔が熱い。私が触れられてドキドキしたように、章ちゃんもそうだとしたら。

けれど、戻って来た章ちゃんが私の隣に座ることはなかった。
部屋に入って来た章ちゃんと目が合うとすぐに逸らされてしまった。それどころかあっちで友人の女の子に腕を組まれて引っ張られ、そのまま座っている。

...何それ。私がちょっと触れただけであんなことを言って、あの子にはあんなにくっつかれて。
お酒を取るために女の子の手をやんわりと解いた章ちゃんとまた視線が絡んだ。けれど、その視線はまたすぐに逸らされた。

...なんだ、そういうこと。
私に気を遣ってくれたのね。触らんで、なんて章ちゃんが人を傷つけるようなこと言うはずないもんね。遠回しの、優しい拒絶。

手にしていたアルコールを一気に飲み干して、すぐに目の前のワインのボトルに手を伸ばした。


『ちょっと飲み過ぎちゃう?』

声のした方に顔を向けると、眩暈のようにくらりとした。
後ろにしゃがみ込んだ章ちゃんの言葉に、私の隣にいた友人が『そんなことないよねー?』と言ったから頷いて笑顔を向けた。
すると章ちゃんが私のグラスに手を伸ばして代わりに烏龍茶を差し出す。

『はい、1回休憩ー』

けれど、それを押し退けてアルコールを奪い返した。苦笑いの章ちゃんを横目に一気にアルコールを流し込んだ。
...ところまでは何となく覚えている。

何だか悪いことをしているような気分になって、寝ている章ちゃんから目を逸らした。
起こしてしまわないように静かにベッドから降りて部屋を出れば、隣のリビングで毛布を掛けて雑魚寝する友人たち。静かにその横を通ってキッチンで水を口に含み、自分を落ち着かせるようにゴクリと飲み込んだ。

...思い出せない。章ちゃんに何か変なことをしていないだろうか。何か変なことを言っていないだろうか。

寝室のドアを開けると、章ちゃんの手から抱き枕が離れ、少しだけ体勢が変わったように見える。
そわそわしてその場に立ち尽くす。章ちゃんが起きたらなんて声を掛けようかなんてまだ考えていなかった。

けれどそのまま章ちゃんが動くことはない。そろりと章ちゃんの上から顔を覗き込むと、やっぱりその目は閉じられていた。
場所を移動してベッドの足元の方に座り章ちゃんを伺うように見る。

ドキドキするけど、胸が苦しい。
好きだけど、拒絶されるのが怖い。
章ちゃんが目を覚ましたら昨日みたいに普通に話せるんだろうか。目を開けたら、章ちゃんと目を合わせられるんだろうか。寝顔なら、こんな風にずっと見つめていられるけれど。


章ちゃんを見ていたら、一瞬だけ頭に浮かんだ。私の頭を過ぎったそれのせいで何だかソワソワしてきた。胸の鼓動が体中に響くほど大きくなる。

今自分がしようとしていることは、章ちゃんを傷付けるだろうか。
...私の中にまだ、昨日のアルコールが残っているのかもしれない。

ベッドに乗り上げて章ちゃんの瞼が動かないことを確認した。
...お願いだから、目、開けないで。
息を止めてゆっくりと顔を近付る。章ちゃんの瞼を見ながら距離を縮め、唇が触れる3センチ程手前でピタリと動きを止めた。

唇が震える。シーツを握り締めた手も震えている。
一度躊躇ってしまったら、この距離を縮めることが出来なくなってしまった。

顔を逸らし息を吐き出して体を起こすと、章ちゃんを見つめた。すると章ちゃんの目がパチリと開いたから、体が固まったように動けなくなった。
章ちゃんの目が私を映して、見つめ合うその時がひどく長い時間に感じる。

『...#name1#...?』
「.........ちがう、」

名前を呼ばれただけなのに思わず言った。
...どうしよう。もし今のがバレていたら。
けれど、私の心配を余所に章ちゃんがふっと笑ってまた私を見つめる。

『...何が違うん?』
「............、」
『...だからぁ、そんなんされたら、好きになってまうて』

昨日と同じ笑顔で昨日と同じセリフ。胸に痛みが走った瞬間、背中に腕が回って引き寄せられ、隣に倒れ込んだ。章ちゃんの両手が緩く私を抱き締めている。

頭が真っ白でただ章ちゃんの向こうの閉まったドアを見つめた。
横向きのまま私の肩におでこをくっつけて一度ぎゅっと力を込めると、んふふ、と笑う声が聞こえた。

「...章ちゃん、」
『なに?』
「.......章ちゃんが言ったんだよ、」
『ん?』
「......こんなことしたら、」
『好きになっちゃう?』

私にくっついていた顔が離れて、優しい笑顔が私を見つめる。
言ってもいいの?もう大丈夫?お願いだから、私と同じで気持ちでいて。
願いを込めて小さく頷くと、章ちゃんが首筋に顔を埋めて、そこから篭った声が聞こえた。

『ほんなら、離れんと待っとく。#name1#が好きになってくれるまで』

モゾモゾと動いた章ちゃんは、縋り付くように私を締め付けて顔を埋めたまま離れない。
これも夢だったらどうしよう。
初めての章ちゃんの腕の感触も首筋に掛かる熱い吐息も、夢にしてはリアルだ。けど、夢みたい。嘘みたい。章ちゃんが、私を。

突然首筋から顔が上がって私を見た。上目遣いみたいな角度で見つめられて、自分の顔に熱が集中する。
すると頭を押さえられて、キスが落とされた。触れてすぐに離れた章ちゃんを目を丸くして呆然と見つめる。

『...さっきしようとしてたんやから、ええやろ...?』
「................、」
『ん、もう大丈夫。満足!大人しく待ってまーす』

笑いながら言った章ちゃんがまた首筋に顔を埋めてぎゅっと抱き締め直す。
怒涛のように一度にやってきた幸せのせいで、ますます夢みたい。

早く好きだと伝えたい。もう一度キスがしたい。けれど、抱き締められているこの腕を緩めて欲しくない。だから何から伝えればいいのかわからない。

『......ちょっとぉ...はよしてや...』

私ごと体を揺らして笑う章ちゃんは意地悪だ。もう私の気持ち、わかってるくせに。

『...遅いから、もっかいしとこ』

笑って合わせられた章ちゃんの唇が優しく私の唇を食んだ。触れたまま目を開けて見つめて、また微笑んでキスをして、繰り返されるそれが夢でないことを確かめたくて章ちゃんのパーカーを握り締める。それに気付いた章ちゃんが腕の力を強めるから、心地良い痛みによって夢のような幸せが現実になる。


End.