regain



人生やり直したい。
忠義のことを好きにならないように人生歩み直すの。小学校の途中から、中学校、高校、そして今に至るまで、私の心のど真ん中だったり端っこだったりにずっと居座り続けている忠義を、排除して生きて行くの。
それが出来ないなら、せめてあの頃に戻してください。...そっちの方が無理か。

忠義の必殺アイドルスマイルが大きくプリントされた団扇を睨み付けてから放り投げた。下向きになって見えなくなった忠義のそれを見つめて、結局傍に寄って拾い上げる。
再びご対面した忠義をベッド脇の本棚の本の隙間に突き刺して目を逸らした。

チビでやんちゃでヘタレな普通の少年だった忠義が、アイドルだなんて。どこで間違ったんだろう。...間違ったわけじゃないけど、どこでそうなったんだろう。
昔は来ないでと言っても『#name1#、#name1#、』と着いてくるくらい、私にべったりだったのに。

ピンポンピンポーン。
...インターホンが鳴った。思わず動きを止めた。だって今、2回押した。覚えがある。いつも2回鳴らすのは...。
そろりと音を立てないようにモニターを覗けば、ハットを被って周りをキョロキョロと見回している、...忠義。
いつもだ。私がこの想いを捨てようとする時、必ず忠義が現れる。...といっても、しょっちゅう捨てようとしているから、タイミングがいいわけではないのかもしれない。

『遅い!はよ開けて!』

通話ボタンを押したら私より先に忠義が言った。

「...今夜中ですから」
『夜中ちゃうし!夜やし!』
「簡単に男部屋に入れたらダメってお母さ」
『ちょ、人来た!はよして!お願い!』

モニターの忠義が頻りに左側を気にしながら小声で焦っているから、仕方なく玄関に行って仕方なくドアを開いた。...仕方なく。

『お邪魔しますぅー』

嘘ついたな。人なんていないじゃない。...本当はそうかなーと思ったけど、開けてって言うから...仕方なく...。

『あああぁぁぁぁーーーっ!』

忠義が先に入って行った奥の部屋から絶叫が聞こえて来たからびくりとして部屋へ向かった。私に背を向けて部屋の隅に立つ忠義に、小声で訴える。

「ちょっ、うるさい!あんたの家みたいに防音じゃないんだから!」
『......うちやって防音ちゃうし...』

あまりにもボソッと言ったから忠義の後ろから顔を出すと、忠義がアイドル忠義を手にして見つめていた。
恨めしげに振り返った忠義は、自分の団扇を抱き締めて私を睨むから、怪訝な顔でちらりと目を合わせた。

『...なんでなん』
「...は?」
『なんでこんなことすんねんて!』
「...だから、声が大」
『自分が逆さまにゴミ箱に突っ込まれてて黙ってられるか!』

忠義から視線を動かして、さっき団扇を突き刺したはずの本棚に目をやる。その下に、...ゴミ箱。

「...わざとじゃない」
『わざとやなくてこんなことなるか!』
「.............。」
『最悪や、...もーぉ...』

唇を尖らせたまま拗ねたように項垂れる忠義から目を逸らす。そんな顔されたら可愛いとか思っちゃう。

『今日何の日!』
「.............。」
『何の日!』
「...誕生日」

大事そうに持っていた自分の団扇を寝かせるみたいに丁寧にテーブルに置いて、忠義が私を睨む。

『覚えてるのになんで?』
「...何が、」
『なんでおめでとうって言うてくれへんの』
「...おめでとう」
『ちゃうわ!いつも0時に言うてくれてた!』

...何それ。待ってたとか言うの?なんで待ってたの?誕生日になると私のこと思い出すの?何それ...狡い。

14年前のあの日、思わず「冗談でしょ?」と言った。
モテ始めた忠義は相変わらず私の後にくっついて来ていた。戸惑っていた。焦りのようなものを感じていた。その気持ちがなんなのか自分でもわからなくて、だから忠義を避けていた。

 “...もしもし”
 “...おめでとう”
 “...今年も、一番やったで”

それでも電話をした。一番であったことに少なからず安心していた。

 “うん、...そうなんだ、”
 “#name1#、”
 “ん、じゃあね...”
 “...#name1#!”
 “...なに”
 “......好きやねんけど、”

断るつもりではなかった。嫌いではなかった。きっと、好きだった。
...ただ、信じられなかったし恥ずかしかったし、時が止まったような沈黙がどうしようもなく息苦しかった。
忠義は何も言わずに電話を切った。2日間口をきかなかったけれど、普通に話し掛けてきた。曖昧なまま、終わらせてしまったのは私だ。

あの時のことを思い出すだけで胸が苦しい。たまらなく泣きたくなる時がある。
それが今だ。

私を睨む忠義から目を逸らして俯いた。
戻れないなら解放してよ。なんで誕生日なのにこんな所で私といるの。こんな想い、いつまで続けなきゃいけないの。

『...嫌なことでも、あったん...?』

情けないくらい急に優しくなった口調に、ますます胸が痛い。

「なんで」
『...悲しそうやから』
「そんな風に見えるの?」
『...うん、見えるで』

いつまでもくっついて来ないで。その気なんかないくせに、周りに綺麗な女の子、いっぱいいるくせに。

「...リセットしたい、」
『...........どういうこと?』
「人生、リセットするの。全部忘れてやり直すの」
『......え、何?わからん...』

わからなくていい。私の中のケジメ。だから忠義の前で言葉にした。
戸惑ったような声で言った忠義を、視線を上げてちらりと見た。

『全部、忘れるん...?』
「...そ」
『リセットとかしたら、俺のことも忘れるやん』

ドキリとした。そういう意味じゃないというのはすぐにわかったけれど、一瞬、私の気持ちを知っているのかと思った。

「うん」

忠義を、忘れるの。
しばらく黙って私を見ていた忠義が、小さく息を吐いて言った。

『...忘れても、言うで』
「え?」
『#name1#が忘れたら、もっかい言う。俺が好きや言うたこと、忘れられたら嫌やもん』

振り向いた忠義がどこか不機嫌そうに私を横目で見る。それをただ黙ってじっと見つめた。

『...今俺すごいこと言うたんです』
「.............。」
『え!まだ好きやったん?びっくり!...とか言わへんの?』
「...まだ好きなの、」
『あは、そのまま聞いたな』

そんなすごいこと言っておいて、笑って誤魔化さないでよ。何だか今までとは違う感情で胸が苦しい。

「...好きなの...?」
『うん、ずっとどっかに居んねん。#name1#が』
「.............、」
『なんで泣くねん』

だって、私と同じじゃない。私の中にずっと忠義が居たみたいに、家が近所じゃなくなっても、彼女が居ても、アイドルになっても、忠義の心の片隅に私のスペースがあったなんて。

「...泣いてない」
『嬉しいんか』
「...嬉しい、」
『...マジか......んはっ』

俯いた視界に入った忠義の足を見てちらりと忠義を見遣った。その瞬間にふわりと抱き締められて、初めての忠義の感触に胸がいっぱいで息苦しい。

「プレゼント...」
『あるん?』
「...ない」
『なんやそれ!』
「ないって言おうとしたの」

忠義がふっと笑って私の頭をくしゃくしゃと撫でた。いつの間にか大きくなった忠義の手に、何だか妙にドキドキする。
忠義なのに恥ずかしい。今まで散々一緒に居たのに、まだまだ知らない部分がたくさんあることを知る。

『いらんよ』
「ないの?っていつも聞いてきたじゃない」
『なんか欲しかったわけちゃうよ。#name1#からのが、欲しかったの!』

...狡い。悔しい。チビでやんちゃでヘタレだった忠義にこんなにドキドキさせられるなんて。

『あっ、ときめいてる?』
「......うん」
『............、』

黙った忠義を見上げれば、自分で言ったくせに顔を赤く染めていた。

『...いつからそんな素直になったん...?』
「今日」
『今日?』
「...ずっと後悔してたから」

忠義が息を呑んだ。言葉を失ったまま私を見つめるから、居心地が悪くて目を逸らした。

「...誕生日、おめでとう」

私を覗き込んだ忠義と目が合うと、眉を下げて笑った。まるで愛しいものでも見るような目で私を見つめるから再び目を逸らすと、追い掛けるように覗き込んだ忠義の唇が、優しく私のそれに触れた。


Happy birthday!!  2015.5.16