The END.


『ほな、またな』
「うん」
『...あ、俺、明日は大阪やから』
「うん。わかった」

私に笑顔を向けて玄関を出て行った隆平の背中を見送って、そこにしばらく立ち尽くしていた。

昨夜の隆平の言葉は私に多大なダメージを与えた。当の隆平も、何だか切なげに笑っていたのだけれど。

“ 大切な子、居るよ ”

彼女がいないのは知っている。けど、私が隆平の“大切な子”である確率は一体どのくらいなのだろう。
...私だって大切でしょ...?だってお願いしたらこうして必ず来てくれるんだから。一緒に居てくれるんだから。
けれど、私が隆平の寂しさを紛らわすためだけの存在だという考えも否定出来ない。私達はソフレという関係をお互いに承諾したんだから。

“ 今日、会えないかな?
 明日大阪なら、無理かな ”

今朝まで家に居たというのに、隆平にメッセージを送った。
本当に面倒臭い女だと、自分でも思う。

でも居てもたってもいられなかった。だって明日は、隆平の誕生日なんだから。隆平の大切な日に、隆平は誰と過ごすんだろう。隆平が私以外の人の隣で眠るなんて想像もしたくない。

“ 朝早よ出るけど、
 それでも良ければ行くで ”

思いの外早く返信がきて、携帯を胸に抱き安堵の息をついた。
...最低だ。私は好きな人の幸せすら願えない。

けれど、断ることなく私を甘やかす隆平だって悪い。期待させるから悪い。大切な人がいると言いながら、私に会いに来るから、狡い。


夜、家に来た隆平は、いつもより大きなバッグを持っていた。

『ごめんなぁ、風呂入って来たら遅なってもうた』
「...ごめん」
『え?何?どうしたん』

明日の朝には私の家から直接仕事に行くのだろう。昨夜はここに来て、今朝早めに一旦帰宅してから仕事に向かったはず。明日だって、自宅でギリギリまで寝ていられたらそっちの方がいいに決まってるのに。

俯いた私の顔を覗き込んで隆平が笑う。頭をぽんと撫でた後、背中を押されてリビングへ向かうと、肩を押してソファーに座らされる。

『なんや今日はセンチメンタルやなぁ。コーヒー淹れたろか?な!』

最早誰の家かわからない程私の家にも慣れた隆平の腕を掴んで止めた。
私が、と言えば、笑顔を向けてキッチンまで一緒に入って来るから、胸がじんわりと擽られたような感覚になった。

『ココアもええなぁ』
「どっちがいい?」
『コーヒーもええな...』
「.............。」
『...ちょっと飲ましてくれへん?一口でええから!』

子供みたいなことを言うところも好き。何も言わなくても、私のコーヒーにお砂糖を二つ入れてくれるところも、好き。

『ココアからのコーヒー!...が最高やねんなぁー』

目を閉じて大袈裟に幸せそうな吐息を漏らした隆平が、自分が口を付けたコーヒーの入ったカップを拭い私に差し出す。それを受け取って、緩みそうな口元をカップで隠した。
いつ家に呼んでも嫌な顔ひとつせずにこうして傍にいてくれる隆平は、どんな気持ちで私と寝るんだろう。私の隣で、誰のことを考えているんだろう。


いつもより早い時間にベッドに入った。おやすみ、と言って数分後、隣に並んだベッドでモゾモゾと隆平が動いていたからちらりと隣を見た。天井を真っ直ぐに見上げた顔は、見とれてしまいそうな綺麗な横顔。

「...寝られない?」
『あ、#name1#も起きてたんや』
「明日早いのにね」
『俺は大丈夫やで。新幹線でも寝れるしな』

私を見て笑った隆平の顔がまた天井に向いてしまったから少し寂しい。すぐそこに体温を感じる隆平の手に指を絡めたい衝動を何度耐えたかわからない。切ないけれど確かに幸せで、隆平がここに居てくれるという事実だけで、泣いてしまいそうなほど胸が熱くなる。

また布の擦れる音がして、すぐに携帯のバイブ音がしたから、時計を見なくても0時を回ったのだと察しがついた。
隆平が携帯を確認してそのまま枕元に置いた。その後も絶えずランプが光っているから、もしかしたら音を消したのかもしれない。

...なんとなく、言えずにいた。
「おめでとう」と言えばきっと笑ってくれると思うけれど、隆平の想いを邪魔しているかもしれない罪悪感が急に胸の中で靄を生み出した。

『コーヒーのせいかなぁ...』
「隆平はほぼココアじゃん」
『そうやけどさぁ』

んふふと笑いながら隆平が私の方に体を向けたからドキリとする。体の半分が熱を持って、どうしようもなく緊張してしまう。
隆平が黙ったからちらりと様子を伺えば、目が合ってはっとしたような顔をした後、私の上に手が伸ばされたからますます心臓が煩くなる。

『あ、それ、貸してくれへん?』
「え、?」
『#name1#の、その、そっちの…』
「抱き枕...?」

うんうんと頷いた隆平に、二人で寝るためにベッドから下ろした抱き枕を渡すと、布団の中で私の方を向いたままそれを抱き締め顔を埋めた。
普段私が使っているそれを隆平が抱き締めているなんて、それだけでドキドキしてしまう。私の宝物になりそう。

「...寝られそ...?」
『...ん』
「...おやすみ」
『..........、』

返事がないから隆平に目を向けるけれど動かない。...もう寝た?いや、それはさすがに早過ぎ...

急に抱き枕からがばっと顔を上げた隆平が、布団から抱き枕を引き摺り出して私の上を通って向こう側へ手を伸ばした。抱き枕がポス、と床に倒れた音がして、すぐにそのまま隆平の手が私を抱き寄せるから思わず体が強ばる。

「...ど、どしたの、」
『...抱き枕、...狭いし、......あったかい、#name1#の方が...』

隆平の胸に押し付けられた顔が熱を持つ。吐き出した息が震えて思わず目を堅く閉じる。
すると、隆平の胸から伝わる早過ぎる鼓動。私の髪を揺らす、私と同じくらい震える吐息。

『...“会えない?”って、狡いやろ...』
「...え、?」
『いつもは“来れる?”やのに、...急にそんな言い方されたらさ...』

絞り出すように耳元で囁かれた言葉に胸が高鳴る。隆平の手が背中を滑ってますます引き寄せるように私を抱くから、私の鼓動まで伝わってしまいそう。

『なんで?って思うやん...?なんで今日、』
「誕生日だからだよ、」

隆平の言葉を遮って言った。
ただの思わせ振りなセリフだとしたら許さない。こんなこと言わせておいて、私のこと好きじゃないなんて許さない。

「...隆平は、なんで来てくれたの...誕生日なのに、」

隆平の震えるような熱い吐息が、深呼吸をするように何度か吐き出された。暫しの沈黙に、祈るような気持ちで息を飲む。

『...決まってるやろ』

さっきよりもはっきりと耳元で聞こえた低い声。ますます私を抱く腕が強くなったから、隆平の腰に恐る恐る腕を回して目を閉じた。

『...終わらせに来た』

顔を上げた隆平の唇がすぐに私のそれに触れた。愛おしむように唇を食んで離れた隆平が、私を覗き込んで幸せそうに笑うから、愛しさに思わず体を引き寄せ抱き締めた。


Happy birthday!!  2015.11.26