torn me on
マンションの下から最上階にあるすばるの部屋を見つめて、ごくりと喉を鳴らした。...よかった。誕生日だから、もしかしたらいないかと思ったけれど。
...と言いながら、かれこれ15分はこうしている気がする。酔った勢いでここに来たけれど、自分の思考が冷静さを取り戻す前にすばるに会わなければいけないのに。
昨夜は日付が変わる前からすばるのお祝いをして明け方まで飲んでいた。
すばるに会うのは約2ヶ月ぶりだった。時間があく度にすばるに話し掛けづらくなっている気がする。会う機会も減っているのに、アイドル相手にいつまで友達と呼ぶ関係でいられるんだろうか。
...と思っていたら、すばるの口から『結婚』というフレーズが出てきたから驚愕した。結婚する、なんて言ったわけではないけど、いずれな、というニュアンスの言葉に急に焦りが出てきた。
少し前に、彼女はいないと言っていたけれど、結婚したい人でもいるんだろうか。今はアイドルとして結婚出来ないだけで、本当は結婚したいくらい想っている人がいるのかもしれない。
とにかく焦っていた。すばるが結婚する前に伝えなければと、ソワソワしていた。...けれど、来てみたものの、何の計画もなければ言うことすら決まっていないことに気付いて15分も立ち尽くしていた。
『...何してるん』
聞き覚えのある声にびくりとして慌てて振り返ると、普段よりも幾分かラフな格好でパーカーのフードを被ったすばるが、コンビニの袋を手にして立っていた。
「...びっくりした、」
『...こんな時間に一人でこんなとこ突っ立ってたら危ないんちゃう?...いくら#name1#でも、』
そんな風に貶されても突然過ぎて上手い返しが見つからない。
だって、部屋にいると思うじゃない。電気だって点いてるんだから。
「...うん、」
『.................。』
その上黙ったりするからますます気まずい。
頭はまだふわふわしている。それでも、少し冷静な部分が戻りつつあるから、早くしないと。
『...なん、酔うてるんか?』
「うん、...近くで飲んでて、」
『...んで、なんなん...、どうしたん』
「...遊びに来た...のかな...?」
『...ふーん、』
「...入れて?」
『...まぁ、ええけど』
心臓がバクバクしていた。ここで断られたら元も子もない。何となくだけどすばるって、積極的に人を家に招き入れるタイプではない気がしていたから。だから少し安堵していた。
すると私を横目に見ながらすばるがマンションに入って行くから後を追う。
足元がふわふわしているのは酔っているせいか、緊張のせいか。とりあえず心臓が煩い。
すばるがこのマンションに引っ越した時に一度だけ訪れていたけれど、まだダンボールでいっぱいの部屋しか見たことがないから余計に緊張してしまう。
『汚...くはないねんけど、何もないで』
ドアを開いて押さえ先に入るように促されたからお邪魔します、と言って玄関へ入って振り返ると、思いの外近い距離にすばるの顔があったからドキリとした。すばるは表情一つ変えずに私を見据えて、靴を脱ぎ先に部屋へと入って行く。靴を揃えて後に続くと、すばるがソファーを指差したから頷いて腰を下ろした。
確かにあんまり生活感が感じられないリビング。シンプルで静かなその部屋に自分の心臓の音が響いてしまいそう。
少し離れて隣に座ったすばるが、持っていたコンビニの袋から缶ビールを取り出して自分と私の前に置く。
『ビールでええやろ?』
「...うん、ありがとう」
それきりに会話が途切れて、缶ビールを開ける音を聞きながらゴクリと唾を飲む。私の前のビールと引き換えに開栓されたビールが私に押し付けられ、すばるを見ればちらりと私を見てそれを握らせた。
『...何やねん』
「え?」
『サプライズ?』
「それは昨日ね」
『今の方がびっくりしてんねんけど』
ふっと笑ったすばるがビールに口を付けたから、釣られるようにビールを口に含む。
『...で、なんなん』
「...なに、」
『珍しいやん。家来るとか』
理由なんて考えてない。ただの勢いだもん。そんなこと聞かれたって困るの。
「...誕生日だし」
『昨日やってくれたやん』
「 ...おめでとうって言ってなかった気がした、」
『どんなけ律儀やねん!』
「......おめでとう」
『おん』
照れ隠しにビールを流し込んだら思いの外大きく喉が鳴って、動揺が伝わってしまいそうで恥ずかしい。
視線を感じて恐る恐るすばるに目を向ければ、横目で私を見ていたから更にドキリとする。
『急に一人で来るし、狙われてるんか思うやん』
信じられない一言がすばるの口から飛び出したから目を丸くしてすばるを見た。
...嘘、気付かれてた?
ふふん、と鼻で笑ってビールを煽るすばるはヘラヘラと笑っていて、本気で見透かされたのか冗談だったのかよくわからない。けれど、妙に私を馬鹿にしたような態度に、カーッと頭に血が上った。
睨むようにすばるを見たら目が合って笑みが消えた。だからすばるの首に腕を回して唇を押し付けた。
ん、と小さく声を漏らしてすばるが私の肩に手を添えた。押し退けられなかったのが何よりの救いだ。
少し唇を離すと私を見つめる真ん丸の目。
『...は、...マジか、...』
...なんだ、冗談だったんだ。けどもう遅い。今更否定するなんて出来ないし、何より、今日はそれを伝えに来ているのだから。
もう後戻りは出来ない。
「...マジ、って言ったら?」
虚勢を張ったつもりだったのに思いの外弱々しい声が出てしまった。だから恥ずかしくて、またぶつかるようにすばるの唇に触れながらソファーに押し付ける。
啄むようにキスを繰り返して口内に舌を差し込んだ。必死にすばるの舌を吸い上げて愛撫する。慣れないことをしているせいで、自分から仕掛けているのに息が上がる。
自らこんなことをした経験なんてないのだから、煽ることが出来ているかどうかすらわからない。ただ、止めてしまえばもうそれまでのような気がして、必死ですばるの舌に絡み付いた。
すると、首に巻き付けた腕をすばるが掴んで引き離した。思わず離れてしまった唇が震える。下から私を見つめたすばるの腕が今度は私の首に巻き付いて引き寄せられると、押し付けるようにキスをして唇が触れたまますばるが言った。
『それで煽ってるつもりなん?...震えてるやん』
「............、」
『...下手くそ』
噛み付くようにキスで塞がれて、反対にソファーに押し付けられた。髪をくしゃりと掴んだ首の後ろの手に引き寄せられて、呼吸もままならない程深く絡み付く。
口の端からやっと取り込んだ空気を吐き出すと、吐息と共に小さく声が漏れた。
絡み付いた舌が解けてすばるが私に鋭い視線を向ける。荒くなった呼吸が恥ずかしくて口元を手で覆うと、頭にあるすばるの手が撫でるように動いたからドキリとする。
『どういうつもりで誘ったんや』
手の動きと正反対の低い声が緊張を煽る。真っ直ぐに私に向けられたその目から目が離せず、自分の鼓動が体中に響いて胸が痛いくらいにドキドキしていた。
『仕掛けてきたんはお前やろ。何びびっとんねん』
言いながら口元にあった私の手を掴んで退けると、すぐに再び唇が触れたから思わず目を閉じた。けれどさっきよりも優しく舌が絡んで、啄むようにしてすぐに唇が離れた。
『受け止めたるわ』
「......え、?」
『お前が本気なら、受け止めたる言うとんねん』
ソファーと背中の間にすばるの手が滑り込んで、ソファーから背が離れると抱き寄せられるように腕が回る。そのまま緩く抱き締められ、私の肩にすばるの顎が乗って耳元で溜息のような息が吐き出された。
『おい、何とか言えや。...#name1#』
...本気だよ。当たり前でしょ?でも急にそんなこと言われたら、声が出ないよ。
息が詰まったように苦しくて、声を出せば嗚咽が漏れてしまいそう。
震える程力の入らない手をすばるの背中に回せば、すばるがふっと笑ったように感じた。私を締め付ける腕の力が強さを増して、顔が首筋に埋められる。そこで漏れたすばるの震えるような吐息に胸が締め付けられて、甘い胸の痛みを目を閉じて噛み締めながらすばるの背中を抱き締めた。
Happy birthday!! 2015.9.22