星空プロムナード




大学を出る前に振り返ってあっちで話している章ちゃんに目をやったら、目が合ったから驚いた。
そこに、握り締めていた携帯が振動して通話ボタンを押しながらもう一度章ちゃんを見た。大袈裟なほど大きく手を振っていたから笑いながらヒラヒラと手を振り返し、電話の向こうのバイト先の店長に返事をする。

急遽入って欲しいと頼み込まれて、渋々承諾したところに章ちゃんの顔が覗いて驚く。話している私の顔を覗き込んで口をパクパクしている章ちゃんに首を傾げ、失礼しますと電話を切れば、章ちゃんが少し眉を下げた。

『今日、バイト入れてもうたん?』
「うん」
『...あー、ちょっと遅かったかぁ、』
「え」
『今日な、合コン的なやつ頼まれてな、誘おう思たのになぁ、』
「...えー...そうなんだぁ、」

合コンなんて行きたいわけじゃないけど、章ちゃんが居るところには行きたい。章ちゃんが私を誘うということは、女の子はみんな章ちゃんの知り合いを誘うんだろうし心配はないかもしれないけど。
それでも明日は土日で会えないし、一緒に居たかったのに。

『...ん、まぁ、...しゃあないな』
「...うん、...また誘ってね」

笑顔を向けて私に手を振った章ちゃんが、背を向けて戻って行った。
本当に惜しいことをした。もうちょっと早ければ、バイトなんて入れていなかったのに。


章ちゃん、どうしてるかな。
バイト中、頭に浮かべては溜息をついて、誰にもぶつけることの出来ない苛立ちを、店長を睨みつけてやり過ごした。

『もう大丈夫だから、早いけど上がっていいよ』
「お疲れ様でしたー」

店が落ち着いて解放され、時計を見ればまだ21時半だ。けれど、人数を合わせた合コンに途中から参加するわけにもいかない。
帰る準備をしてスタッフルームから出ようとしたら、静かなスタッフルームに携帯のバイブ音が響いて、画面に章ちゃんの名前が表示されていたから慌てて外に出て通話ボタンを押す。

『あー、出たぁ!』
「...章ちゃん?」
『はーい章ちゃんでーす』

完全に酔っ払いの口調でいつも以上にハイテンションな章ちゃんに、思わず笑みが溢れる。

「どしたの?」
『何時に終わるんかなぁ思て電話してんけど、“あ、バイト中出られへんやん!”...思てたら#name1#出たからなぁ?...んふ』

...可愛いなぁ。嬉しい。
酔った時の甘えたような章ちゃんの話し方が好きだ。なんで掛けてきたかはよくわからないけれど、折角掛けてきてくれたんだし、まだ話していたい。

「主催者仕事しなくていいの?」
『んー、やってぇ、みんな仲良しなってきたしぃ、ほら、#name1#今日行かれへん言うて寂しそうにしてたやんかぁ?』

そんな顔してたかな。もしそうなら恥ずかしい。
けど、そんな風に気にして電話してきてくれたなんて嬉しくてたまらない。

「...してないよ」
『してたよぉ!』
「......してないけど、...ありがと、」
『うん』
「ご機嫌だね。合コン楽しい?」
『あ、これはちゃうよぉ』
「ん?」
『#name1#どうしてるんかなー思て、...ふふっ』

いまいち会話が噛み合っていないけど、章ちゃんから電話なんて滅多にないことだし、用がないのに掛けてきてくれたこんな電話、初めてだ。

『...で、バイト中に話してていいん?』
「ちょうど終わってね、今か」
『えぇ!もう終わったん?』
「...うん、今外に」
『一人で?あかんやん!危ないやん!』
「...まだ22時前だし大」
『マジかぁ!...もう!待って!』
「...え、」

話を全部遮られた上に無音になった携帯を見つめ、私の話をどのくらい理解してくれたんだろうと思っていたら、携帯から大きな声が聞こえた。

『どこ!』

びっくりするほど大きな声が聞こえたのは携帯から、だけではなかった。慌てて店の表側に走ると、少し息を上げた章ちゃんの目が私を捉えふにゃりと笑った。

「......なにしてんの、」
『迎えに来た!』
「...なんで、」
『寂しそうにしてたから?』
「.............、」
『いつも22時までやろ?余裕で着く!とか思てたらなんで今日に限って早く終わるん?』

章ちゃんが私を見て笑う。
なにこれ。嬉しくて泣きそう。
こんなことされたら、好きになっちゃう。もう好きだけど、もっと好きになっちゃう。
ありがとう、と呟いたら章ちゃんの手が私の頭をポンポンと撫でた。

『お疲れ。送ったるな?』

頭から離れた手が私の右手を握って引いた。前を向いたまま歩き出した章ちゃんに、手を引かれるままに少し後ろを歩いているから表情はわからない。
なんだろう。この信じられない光景は。

『勝手に帰って来てもうた』
「...そう、なんだ、」
『まぁ、ええやんな?一人くらい居らんくても』
「...どうかな、」
『星、綺麗やな』
「...一個だけだよ、」
『嫌がらへんの?』
「...え?」
『...あー、...なんでもない!』

繋いだ手をぎゅっと握られたから、この手のことだと確信した。でも、恥ずかしいから気付かないふり。

『やっぱ#name1#が居らんとつまらん』
「............、」
『今は、めっちゃ楽しい!』
「............、」
『...聞こえてるぅ?』

急に恥ずかしい言葉を連発する章ちゃんに、返事も出来ずに軽く頷いていたら、急に耳に唇がくっついて問い掛けられた。
びくりとして左手で耳を押さえ大きく頷くと、章ちゃんが顔を覗き込むように上目遣いで言った。

『今日さぁ、これから、どうする?』
「...さっきからさ、それ...口説いてんの...?」
『うん、口説いてんの』

前を向いたまま、あははと章ちゃんが笑った。繋いだ手を子供みたいにブンブンと振って歩きながら、俯いて微笑む。

『......落ちた?』
「......落ちた」

満足そうに私に向けられた笑顔に胸が高鳴った。繋がれていた手が一瞬するりと解けてから、すぐに指が絡む。

たった一つだけ輝く星に笑顔を向ける章ちゃんを盗み見ながら思う。本当に、今日これからどうするんだろう。
きゅんと締め付けられていた胸が次第に鼓動を早め、強ばって無意識に力が篭った手に気付いた章ちゃんが私を見て子供のように笑った。


End.