It was meant to be.


体はダルいのに眠れない。ベッドの上で天井を見つめたまま、3年前の隆平の言葉を思い出していた。あの日から始まった自分の想いを思い返してみたら、何だか妙に胸がきゅーっとなって涙が滲んだから、横向きになって手繰り寄せた掛け布団に顔を埋めた。

私たちが友達になったばかりの頃に打ち明けられた、隆平の秘密。正確に言えば、その秘密を聞いたことがきっかけで友達というポジションを手に入れたのかもしれない。



『俺なぁ、まだ彼女とか出来たこともないクソガキの頃、絶対大恋愛する思ててん』

昼休みに行った屋上で、クラスメイトになったばかりの丸山くんが一人フェンスの脇に突っ立っていた。
意外だと思った。数日だけしか見ていなくてもわかる程、丸山くんはクラスの中心にいた。それなのに、昼休みに一人でこんなところにいるなんて。
思わず「どうしたの」と声を掛けていた。
驚いたように振り返った丸山くんは、私に視線を合わせるとふにゃりと笑った。
本当に突然、次の時間は一緒にサボろうと持ち掛けられ、頷いていた。クラスの人気者の意外な姿に、少し興味を惹かれたから。

二人並んで座って、隣の丸山くんに素直に「意外だった」と口にしたら、丸山くんは何故か照れくさそうに笑って大恋愛なんて言い出したから少し驚いた。

『想像した時に、俺ってめっちゃ彼女溺愛するタイプでめっちゃ彼女にハマってずーっとくっついてるもんや思てて』

...なんかわかる気がする。丸山くんってデレデレしてそう。

『お前しか見えへんで。...みたいな!お前さえ居ったら何もいらん。...みたいな!』

...あー、言いそう。臭いセリフとかさらっと言ったりするのかな。モテてそうだし。

ちらりと丸山くんを見れば、声のわりに真面目な顔をしていたから目が離せなくなった。私の視線に気付いてこっちを向いた彼が微笑んでまた前を向く。

『...思ててんけどなぁー...。...正直、自分でも予想外やった、って言うか。全然ちゃうなぁ...みたいな』
「どういうこと?」

難しい顔をしながら腕を組んで少し唇を尖らせた丸山くんは、うーんと唸って考え込み、暫くしてから口を開いた。

『今までの3人の彼女は、告白されて付き合うてん』
「うん」
『“好き”言われたから付き合うて、“抱き締めて”言われたらええよって言うし、“キスして”言われたら勿論すんねんで?』

教室の笑顔とは違う少し切ないその笑顔に、何だか私は切ない気持ちでいっぱいになっていた。
きっと、誰かに吐き出したくて仕方なかった気持ち。

『...けどさぁ、自分から“したい”思たこと、あったんかなぁ、って』
「......好きじゃなかったの?」
『...なんやろ、わからん。可愛いとは思てた』
「.................。」
『んふふ、最低やな、俺』

最低だと思ったから言葉が出なかったわけではない。丸山くんから感じ取れる自責の念を払拭してあげられるような言葉など、私は持ち合わせていなかった。

隆平は何故あの時私にあの話をしたんだろう。 クラスで一緒に騒いでいる友達には見せられない面だったのか。だから挨拶程度しかしたことのない私なら、何と思われても関係ないと思ったのかもしれない。

その日から隆平がその話を持ち出すことはなかった。その代わり、楽しい話をいっぱいしてくれた。一緒に帰ったりもするようになった。
高校を卒業して、別々の大学へ入学したけれど、その関係は続いた。

あんな話を聞いて隆平に惹かれるなんて、どうかしていると思った。何故苦しい恋にわざわざ自分から手を伸ばすんだと、何度も泣いた。何度も諦めようとした。何度繰り返したかわからない。


突然後ろからお腹に腕が回って引き寄せられ、背中があたたかい胸にピタリと吸い寄せられた。素肌が密着する感覚にドキドキする。そんな私を他所に項あたりに隆平の頭が擦り付けられる。

夢でも見ているのか、微かな笑い声が聞こえて肩に熱い吐息が掛かる。
今まで自分から触れたことはなかったその腕に、遠慮がちに手を添えてみれば、隆平がぴくりと動いた。

『...なんや、起きてるやん』
「...ん、」
『ほんならなんでそっち向くねん、...ほら、こっち向いて』

無理矢理体をくるりと回転させられると、ふにゃりと笑う隆平と目が合った。するとすぐに不安そうな表情を浮かべて、私の髪を撫でる。

『...なんで泣いてる...?』

髪から滑らされた大きな掌に頬を包まれて優しく慰めるようにキスが落とされる。何度か繰り返されたキスのせいで、辛うじて目の中に溜めていた涙がいよいよ零れ落ちた。

『...#name1#、?』
「......嬉しくて、」

隆平の動きがぴたりと止まって黙ったまま私を見つめる。こんな距離で見つめられることにまだ慣れていない。恥ずかしくなって目を逸らすと、隆平の指が頬を撫でた。

『...どっちにしろ、俺のせいやんな』

ふっと笑ってもう一度唇が触れた。私の涙を拭った隆平の手が背中に回って抱き寄せられると、息が詰まりそうなほど愛しくて、胸が苦しくてまた涙が溢れる。

『...こういうことなんかぁ、』

私の顔を自分の首筋に押し付け、抱き締めながら隆平が呟いた。嗚咽が漏れそうで深呼吸をしている間に、隆平がまた口を開く。

『愛しくてどうしょもなくて抱き締めたくなる感情って、間違いなくこれやんな』
「...............、」
『...俺にもちゃんとあったんやね』

...なに言っちゃってんの。
そんなセリフ、あの頃の隆平からは想像もつかない。

首筋から無理矢理上げさせられた涙で濡れる顔を隆平が覗き込むから、片手で顔を覆った。すぐにその手を掴まれて退けられると、また繰り返しキスが落とされる。

『...大丈夫やで』
「...............、」
『心配せんでもその涙チャラになるくらい、めっちゃ愛したるからな』

私を抱くその腕も、私を慰めるその唇も、恥ずかしいくらい臭いセリフも、今は幸せ以外の何物でもない。

隆平は何故あの時私にあの話をしたんだろう。...今なら本気で“運命だった”と思う。


End.