ある夜のはなし


久し振りに会ったのに、気まずい。
この歳になってこんな子供みたいな拗ね方をするなんて今考えたら恥ずかしいけど、きみくんだって悪い。

わかりやすく髪型を変えた。美容院に行くことも言ってあった。最後に会った日に一緒にヘアカタログを見て、きみくんが『俺こういうの好きやなぁ』って言ってくれたからその髪型にして。

なのに、久し振りに家に来たきみくんは私をちらりと見ただけで何も言わない。

「髪、切った」

耐えかねて言えば、雑誌に視線を落としたままきみくんが言った。

『...ああ、おかしくないんちゃう』

だから拗ねた。だってムカつく。
可愛いなんて言ってくれないのはわかってるけど、切ったんやな、くらい言って欲しかった。

私の不機嫌に気付いているのかいないのか、シャワーから出て来たきみくんは私から少し離れて隣に座ってテレビをつけた。
会話がないから気付いてるはず。いくらなんでもそこまで鈍感じゃないでしょ?

隣のきみくんをちらりと見れば、テレビを見つめたまま大きな欠伸を一つ。私が目を逸らすと、今度は大きな溜息をついた。その溜息が何だか呆れられたみたいに感じて、ソファーの上で膝を抱えた。

プツリとリモコンでテレビが消されきみくんが立ち上がる。それを見上げることは出来ず膝に顎を乗せたまま、真っ暗になったテレビを見つめていた。

『...眠いから、先ベッド行っとくわ』
「..............、」

私の返事も待たずに動いたきみくんに、そのまま言葉を返せず溜息をついた。

完全に呆れてる。こんなはずじゃなかったのに。久し振りだねって抱き着いて、いつもみたいに照れながら頬を染めて頭を撫でてくれるきみくんを想像してた。

一緒にいられる時間は限られているのに、折角同じ空間にいるのに、こんな風にしていたら勿体無い。
けど、...謝れない。素直じゃなくて嫌になる。

静かに寝室に近付いて覗けば、横向きになって目を閉じるきみくん。
ごめんね、なんて言えない。けどやっぱり、このままは嫌だ。
隣に潜り込み向かい合ってきみくんを見つめた。既にすーすーと寝息を立てるきみくんを見てまた小さく溜息を零す。
折角疲れている中来てくれたのに、本当はこうしてるだけで良かったのに。

目の前にあるきみくんの指に触れ軽く握った。触れているだけで、本当は幸せ。
すると『ん、』と小さく声を漏らしたきみくんの腕が私の背中に回った。軽く引き寄せるように抱き締めてピタリと動きを止める。
それが嬉しくて静かに背中に手を伸ばしゆっくりと力を込め抱き着く。

よかった。こうしたかった。
寝ているけれど、許してもらえたような気がしてきみくんの首筋に顔を埋め、更に体を密着させた。
...本当は、キスもしたかったけど。
...と思っていたら、私の体に当たるきみくんの反応したそこ。

顔を上げて寝ているきみくんを見れば、...顔が赤い。
あれ、もしかして、きみくん。

「...起きてる?」
『..............。』

顔は赤いけれど動こうとしない。けど、本当に寝ているとも思えない。

「きみくん」
『.............。』
「.......したいの、?」
『.......そんなんちゃうし』

目を閉じたまま顔を更に真っ赤にしてきみくんが言った。

「起きてるじゃん」
『お前が起こしたんじゃ』
「......そう、なの?」
『...............。』
「...きみくん、」

ごめんね、が出て来ない。キスして、なんてもっと言えない。
赤く染まるきみくんの顔を見たまま言葉に詰まって背中に回した腕に少しだけ力を込める。

『...恥ずかしいやん』

目を開けたきみくんの目が私を捉えた。すぐに逸らされたその目は宙を泳いで定まらない。

『俺が“これがいい”言うた髪になってんねんで?』
「...うん、?」
『...恥ずかしいやん、』
「..............、」
『.........ほらな。やっぱ、』
「.....え?」
『似合う思てた』

無理矢理言わせたみたいだけど、それでもやっぱり嬉しいものは嬉しい。
泳いでいた目が再び私を写すと、唇が触れてそのままきみくんが私に跨りベットに押し付けるように荒々しいキスを繰り返す。照れ隠しのそのキスが嬉しくて愛しくて、誘うように首に回した腕を引き寄せた。


End.