ベスプレ


店に入ってきたすばるの目が私を捉えた。すぐに周りから飛び出して来た仲間たちに周りを囲まれ、その目が大きく見開かれた。
0時前、フライングの『おめでとう』を聞きながらすばるの視線が私に移る。けれどそれはすぐに逸らされた。


“ 話、聞いて欲しいことがあるの。これから会えない?”

みんなで祈るように私の携帯を見つめていた。すばるの返信次第では、サプライズパーティーが台無しだ。
...けれど、私だけは違う思いで祈っていた。いくら呼び出すためのメールだとは言え、私が誘っているんだ。断られたらやっぱりショックだし、そりゃあヘコむ。

“ わかった。店どこ? ”

すばるからの返信にみんなが安堵の息を漏らし、立ち上がり 準備を始める。
ほっとしながら店の場所をすばるに送信すると、少し震えるその手を握り締めた。
けれど、更に予想外の返信があったことは、みんなには言えなかった。

“ 大丈夫なんか?すぐ行くから ”

私を労るようなその言葉に胸が痛んだ。すばるがここに来たら、どう思うだろうか。喜んでくれるんだろうか。



日付が変わったけれど、色んな感情が入り乱れて自分から話し掛けに行く余裕もなく、ちびちびとアルコールを口にしていた。
すばるがここに来て目を逸らされてからまだ一度も話をしていない。

けど、すばるが笑ってる。...よかった。
自分に向けられた笑顔ではないけれど、サプライズ自体は喜んでくれたように見える。
ほっと息をついて手元のシャンパンに視線を落とした。グラスを持つその手は、さっきまでの極度の緊張の余韻でまだ少し震えている気がする。

...本当によかった。
いつもより笑顔が多い。時折目を閉じたまま首を傾けてふにゃりと笑っているから、だいぶ酔っているのかもしれない。

とりあえず、この手の震えを何とかしたい。メイク直しも兼ねてトイレに向かった。
戻ったらすばるに話し掛けてみよう。
「心配してくれたのに、ごめんね」
...本当は、「ありがとう」と言いたいくらいだ。そんなことを言ってくれるなんて嬉し過ぎたから。



席へ戻るとすばるがいない。椅子に座って視線を彷徨わせていると、隣で椅子が引かれる音がしたから振り返ろうとした瞬間、頭を上からガシリと掴まれ無理矢理横を向かされた。

『おう、お前』

私の頭の手は紛れもなく隣に座ったすばるの手で、あまりの顔の近さにドキリとする。

『俺を騙したんか。あ?』

大袈裟に私を睨み付けるから、周りのみんながそれを見て笑う。

「...ごめん、ね」

言った途端にまた少し顔が近付いたから少し肩が揺れてしまった。頭の手が離れ、すばるが私の耳元で囁く。

『お前が一番に言わなあかんやろぉ』
「え? 」
『お前が呼び出してんから、お前が一番におめでとう言わなあかんやん』

私だけに聞こえるくらいの声でそんな期待させるような言葉、どういうつもりで言うの。心配してくれた時点で淡い期待をしてしまったのに、こんなこと言われたら本格的に期待してしまう。

「...おめでとう」

ちらりとすばるを見て小さく呟くと、すばるが離れてふにゃりと笑う。
...酔ってる。もしかしたら、さっきの言葉も大した意味はないのかもしれない。ふざけているのか酔っているのか、ふわふわと笑うから気を許してくれているみたいでいちいちドキドキしてしまう。

『プレゼント、ないんか』
「あげたじゃん。みんなから」
『昔は#name1#一人でくれたやんか。ピアス』

思わずすばるの口を手で塞いだ。
15年も前のことだ。未だに覚えているなんて思わなかった。
学生時代、すばるを好きになって最初の誕生日だった。告白するつもりなんてなかったし、本人にも友達にも本気だとバレるのが怖くて、ラッピングもせずに素っ気なく押し付けたあのピアスのことを今更持ち出されるとは思わなかった。

ここにいるみんなは誰も知らないから、その話は口にして欲しくない。口を塞がれたまま私を見て笑うすばるは、なんだか面白がっているみたいだ。
私の手を掴んで口から離したすばるが、ヘラヘラと笑いながら私を見た。

『好きやったん?俺のこと』

私の手を掴んだままでそんなこと聞くなんて、狡い。
照れ隠しにわざと呆れたような表情を作ってすばるの手を解く。

「...ちょっと飲みすぎなんじゃない、?」
『なぁ、好きやったんかって聞いてんねん』
「とりあえず!ウーロン茶飲んで!」
『口移し。...なら飲んだるで』

今日は本当に何なの。
怪訝な顔ですばるを見れば、口元に少し笑みを浮かべて距離を詰めるからすばるを睨む。
...ドキドキする。けれど、からかっているならタチが悪い。さっきから調子のいいことばかり言って、弄ばれているような気さえしてくる。

「...バカ」

ふふっ、と笑って私から離れて椅子にもたれ掛かったすばるは完全に酔っている。
酔っ払いの言うことに動揺していられない。悔しい。
何人かの人と付き合ったけれど、今またあの頃と同じ気持ちでこんなにモヤモヤしているのも、本当に悔しい。

明日も朝から仕事だと聞いていたから早々に解散した。
酔ったすばるに『お前こっちやろ』と肩を組まれ体重を掛けられながら通りまで出た。
...あまり密着しないで欲しい。今日は本当に無駄にドキドキさせられる。

なかなかタクシーが通らない。キョロキョロと辺りを見回す私なんかお構いなしに、すばるはガードレールに座って気持ち良さそうに空を見上げている。

『タクシーはよぉしてぇや』
「...酔ってるね」
『そうでもないで』
「...酔ってるよ」
『酔うてへーん』

悔しかったはずなのに、上を向いたまま目を閉じて笑っているすばるはたまらないくらい愛しい。いつものすばるも好きだけれど、いつもと違うこんな瞬間もしみじみ好きだなぁ、なんて思う。

「すばる、来た」

タクシーを停めてすばるを引っ張りながら先に乗ると、引き摺り降ろされてすばるが奥へと乗り込み、逆に手を引かれ車内へ導かれる。

「私降りてから一人で帰れる?」
『アホか。誰が女に送られるか!』

目を閉じたすばるがそんなことを言うから私の家の場所を告げてタクシーが走り出す。

始終目を閉じているすばるを盗み見る。寝ているんだろうか。本当に私が降りてから一人で大丈夫なんだろうか。

自宅が近付きすばるを盗み見ると目を開けて外を見ていたから驚いた。

「...じゃあ、またね」

停車してお札を握り締めた拳をすばるに突き出した。するとその手を握られ反対の手で用意してあったらしいお金を払って、肩をぶつけられる。戸惑いながら車から降りると、何故か一緒に降りて来たすばるが私の手を離した。

「...え、何してんの、」
『#name1#んちで飲み直そう思て』
「...勝手に決めないでよ、」
『ええやん、誕生日やぞ』
「...関係ないよ、」

妙にニッコリ笑っているすばるに背を向けマンションへ向かう。数歩離れてついて来るすばるは大きな欠伸をしているみたいだ。
二人だなんて、緊張する。相手は酔っ払いだし、ちょっと期待している自分もいる。

玄関に鍵を差し込みながら振り返ると、すばるが私を見ていた。慌てて手元に視線を移しドアを開く。

「...明日、早いんじゃなかったの、?」
『おん、嘘』
「え、」
『お邪魔します』

すばるが小さく呟いて私の横を摺り抜け先に部屋へ入って行った。
嘘って、どういうことだろう。バクバクと鼓動が激しくなって、自分の家に入るのに勇気がいる。変な気分だ。

すばるが入って行ったリビングへ足を踏み入れると、ソファーに背を預けて目を閉じているすばるが目に入った。

「...ビールしかないけど、飲む?」

ソファーの横に立って言えば、パチリと目が開いてすばるの目が私を映す。

『いらん』
「え、じゃあ...」
『いらんて』

さっきまでのふわふわ笑っていたすばるはどこへ行ったんだろう。私を見つめる強い眼差しから目を逸らせずにいると、すばるが体を起こし私の手首を掴んだ。
無理矢理なんかじゃない。ただ、来いと言われているみたいに軽く引かれて、すばるが空けた場所にゆっくりと腰を下ろした。

私から離れた手は私の後ろの背もたれに置かれ、片足をソファーへ乗り上げたすばるが私の方を見て横向きに座った。

...何これ。どうしよう。
ただ動揺するばかりで言葉が出てこない。すばるは、何をしようとしているんだろう。

『やっと2人っきりやな』

ドキドキしておかしくなりそう。
ここまで来て本当にふざけているなら許せない。

「何それ、」
『行くまでは2人や思てたし』
「......とりあえず、さ、...水」
『せやから口移しやったら飲んだるって』
「...どうしちゃったの、今日...」
『何がやねん』

さっきまであんなに酔ってたのに、そんな顔するなんて狡い。
私の気持ちに気付いていてこんなことを言うんだろうか。
...だったら、酷い男だ。

「...面白くない、そんな冗談...」
『なんで冗談や思うん』
「...酔ってるから」
『さっきから酔うてへん言うてるやろ』
「酔ってないなら尚更でしょ、...なんで、そんなこと言うの、」
『ほんまにわかれへんの?』

一段と低くなった声と私を見つめる大きな目に心臓が高鳴る。
はっきり言ってくれなきゃ、...

「...わかんない」
『...わからんわけないやろ』

苛立ったように呟いたすばるに頭を引き寄せられて唇がぶつかった。
思わず目を閉じると誘うように私の唇を舌でなぞりながら後頭部の髪をくしゃりと掴まれる。薄く目を開ければ、色気のある細められた目で私を見るから、また目を閉じると同時に薄く唇を開いた。その時を待っていたかのようにすぐに隙間から捩じ込まれた舌が私の舌を追って絡める。

狡いとか悔しいとか、思っていたはずなのに。
徐々に抱き締めるように背中に回された腕やキスから伝わる苦しいような切ないような想いが、触れた部分から伝わる気がして震えてしまいそうな手ですばるのTシャツの裾を掴んだ。

離れるのを惜しむかのように私の唇を食んでから静かに少し距離をあけたすばるが、至近距離で掠れる声で囁く。

『昔も今日も、どんだけ期待した思てんねん』

すばるの息が掛かる唇を緩く噛んで視線が絡むと、首元の髪に指を差し入れまた引き寄せられる。唇が押し付けられて緩んで、触れたまま吐息と共に吐き出された台詞に、唇が震えた。

『...誕生日プレゼントにお前、貰たるわ』

ふっ、と笑ってまた唇を塞がれた。
さっきよりも深く絡み付くように動くすばるの舌に応えるように舌を絡めれば、背中を抱く腕に力が込められて幸せな苦しさと共に体を預けた。


Happy birthday!!  2014.9.22