ダスタード


「.....私は、...好きじゃない。錦戸みたいの」

思わず口から出た言葉だった。
昨日の放課後の教室で男子たちの会話を聞いてしまったから。

“#name2#ってさ、亮ちゃんのこと好きっぽくね?”

どうしても知られるわけにはいかない。
最近になって隣の席になりよく話すようになったけれど、まだまだ友達と言える程の関係ではない、と思う。拒絶されるのは、ひどく怖い。


廊下で何人かの先輩が『亮ちゃーん』なんて錦戸を呼んで手を振っていた。席に座ったまま無愛想に頭を下げて不機嫌そうに視線を逸らした錦戸と目が合ってしまったからドキっとした。

「...ファンクラブ?」
『そんなんあれへんし』
「でもさ、その辺歩いてるとよく聞こえてくる。錦戸の話」
『よく?そんなん嘘やん』
「言ってるよ、みんな。かっこいいって」

だから拒絶なんてしないで。ファンなんてたくさんいるんだから、私一人くらいなんてことないでしょ?...好きだなんて、絶対言わないけど。
言わないから、私のことは放っておいて。

『...嘘くさ』
「...ほんとだよ」
『なに、ほんならお前も、俺のことかっこいい思うん?』

動揺した。まさかそんなことを聞かれるなんて思ってもみなかったから。
だから、思わず口から出た言葉だった。

『...せやろ?大袈裟やねん』

私の言葉を鼻で笑って錦戸が立ち上がった。
気付かれていなければいい。上手く騙せていればいい。
ちらりと視線を上げて錦戸を伺えば、思いの外不機嫌そうな顔をして教室を出て行った。
当たり前だ。あんな言い方をすれば気を悪くして当然。
守ったのは自分だった。安堵しているのに切なくて、目の奥が熱い。どうしてあんな言い方しちゃったんだろう。

錦戸が戻って来ない6限の授業は罪悪感でいっぱいで、謝る術はないかとずっと考えていたけれど、答えを見つけることは出来ずにいた。

放課後、明日使うらしい文化祭の小道具やプリントがびっしり詰まったダンボールを持って職員室を出た。日誌を提出して日直の仕事はもう終わったはずなのに。

生徒が少なくなった廊下を歩いていたら、後ろから足音がしたから振り返ろうとしたところで、上に重ねてあったプリントが数枚ひらりとダンボールから落ちて行った。
慌てて廊下の端に寄ってダンボールを置きプリントに手を伸ばすと、先にそこに辿り着いたその手がプリントを拾い上げた。

思わず息が詰まった。
錦戸の手にあったプリントはダンボールの上に置かれ、錦戸がダンボールを持ち上げる。

「...あ、私持つよ、」
『ええよ』
「だって、重いでしょ?」
『重いから俺が持つんやろ。...アホちゃう』

さっきの不機嫌を引き摺るようなその態度と言葉に戸惑って、隣を歩く錦戸をちらりと見上げる。

「...こんなとこ見たら、ますますファン、増えるだろうね、」

苦し紛れに出たフォローの言葉だったけれど、何だか途轍もなく恥ずかしいことを言った気がして内心焦ってきた。何も言わない錦戸は、今の言葉をどう思っただろうか。やっぱりこいつ、俺のこと...なんて思われていたらどうしよう。

先に教室に入った錦戸が教卓の横にダンボールを下ろす。今日に限って誰もいないこの空間が緊張を煽る。

「ありがと、ね」

そこに立ち尽くしたままの錦戸が、俯いたまま溜息みたいな息を吐いた。顔を上げて目が合うと、睨むように私を見て目を逸らす。

『...こういうことすると、みんな好きになるん?』
「....え、」
『お前も、好きになるんや?』

...どうしよう。やっぱり聞かれるのかもしれない。好きなんやろ?って、聞かれるのかもしれない。
教卓の横に立っていた錦戸がゆっくりと私の方に歩いて来るから、近付く度に鼓動が大きく体中に響く。

『...みんな、って言うたやん。...#name1#は、どうなん?好きになってくれへんの?』

...くれへんの?って、何それ。そんな言い方したら、考えちゃうじゃない。もしかして、とか思っちゃう。
私の前に立った錦戸は少し苛立ったように私を見て目を逸らした。

『...なんなん?“けど私は例外ー”とか言うん?...狡いわ、そんなん』

距離を詰めるように錦戸が足を踏み出したから息を呑んだ。
私の背中に触れた手が力を込めて引き寄せるから、錦戸にぶつかってそのまま腕の中に閉じ込められた。

『...こんなんする俺も、狡いよな』

頭を肩に押し付けられて、もう訳がわからないくらい緊張している。
私、抱き締められてる。錦戸に。

少し強めに後髪を引かれて思わず顔を上げた。覗き込むように首を傾けて私を見つめる錦戸との距離、数センチ。

「...錦戸、」
『けど、逃げへんお前はもっと狡いで』

重なった唇が震えていた。震えているのは私か錦戸か、わからないけれどすぐに考えるのはやめた。
あんなに知られたくなかった想いをすぐに伝えたくて背中に腕を回せば、顔を上げた錦戸が目を丸くして私を見つめ、再び押し付けられた錦戸の唇がひどく震えていた。


End.