ラブ・サイン


友達の部屋で女の子同士恋愛トークをしながらも、向かい側で男同士下ネタトークをするすばるを盗み見て目を逸らした。

...どうしよう。
すばるが、かっこいい。
前回会った時は、長髪だった。
初めて見た。短髪って新鮮。すごいギャップ。どうしたら短期間でここまでイメージが変わるんだろう。
...あ、そうか。短期間じゃなくて、それだけ長く会っていなかったってことだ。

女子がいるのに完全なる下ネタで大爆笑しているその姿は、学生時代と何ら変わりないただの無邪気な男の子で、何だか妙に安心した。

いつも会うときは緊張する。時間があけばあくほど、普通に喋れるのかと心配する。けれど、すばるはメールなんかで頻繁に話すキャラでもないしと、連絡を出来ないでいる。

『超草食系じゃん!』
『あんまり奥手すぎも困るよねー』
「うん、やっぱ気がある素振りは見せて欲しい」
『見つめるだけはちょっとねー』

会話も実は話半分だ。たまに聞いて会話に入る。けどやっぱり頭の中はすばるでいっぱい。

またちらりと目を向ければ、バチリと視線が絡んだから心臓が跳ねた。慌てて目を逸らして視線を友人たちに向けるけれど、もう遅い。
やばい。見てたのバレてたのかもしれない。だって今、じっとこっち見てた。

「...ベランダ、出ていい?」
『いいよー。酔い覚まし?大丈夫?』
「うん。大丈夫」

到堪れずベランダへ逃げた。
赤面していたらどうしよう。アルコールだけのせいとは思えない程顔が熱いから、やっぱり赤いはず。

手摺に手を掛け深呼吸して少し荒くなった呼吸を整えていると、窓が開いた音がして振り返る。

『大丈夫なん』

すばるだったからまたバクバクと心臓が動き出した。レースのカーテンと窓を締めて私の隣に並んだすばるに、手摺を通じて鼓動が伝わってしまうんじゃないかと思う程ドキドキしている。

「...大丈夫、」
『全然大丈夫そうちゃうやん』
「そんなことないし」
『なんかあったんか』
「...ない」
『上の空、って感じちゃう?今日』

すばるって鈍感なのかと思ってたけど、なんでこんな時に限って気付いちゃうんだろう。
そんなことないよ、と言った私をちらりと見て、すばるが煙草に火をつけた。

なにか話そうと思うけれど緊張する。いつもそうだ。静かな空間に二人になると言葉に詰まる。すばるは特に何も気にしていない様子で、ただ空を見上げて煙を吐き出している。

「...綺麗だね」
『は?』
「...星?」
『なんや。俺のことか思た』
「...それはないでしょ、」

苦し紛れに振った話題にますます動揺させられて落ち着かない。だから私もただ空を眺めた。
0時を回った夜空は、普段よりも星が少しだけ多く見える気がする。

...見てる。すばるが私を見てる。
ちょっとやめて。緊張するじゃない。横顔を見つめられて顔が引き攣りそう。

「......なに」

少し待ったけれど返事は返って来ない。視界の端のすばるが近付いた気がしたから顔を向けると、すぐに首の後ろに腕が回って引き寄せられ、キスをした。
驚愕して目を閉じることも出来ないまま、触れていた唇が離れる。すばるがまた軽く啄むように唇を食んで離れ、目を合わせることもなく空を見上げて短くなった煙草を咥える。

「......な、何してんの、」
『キスやん』
「...そうじゃなくて、」

やけに堂々とした態度で外に置かれた灰皿に煙草を押し付け揉み消したすばるが、ちらりと私に目を向けた。

『気がある素振り、見せたらええねやろ?』
「......気がある...?」
『見つめるだけはあかんのやろ?見つめられてることにも気付かへんくせに』

キスの時より物凄い早さで脈打つ心臓のせいで、うまく息ができない。
言葉を失って、ドキドキして荒くなる息を震えるように吐き出した。

『次は?どうしたらええねん』
「......これじゃあもう、素振りとかじゃないよ、」
『足らんのやったら、もっかいしとくけど』

恥ずかしげもなく言って真っ直ぐに私を見つめたすばるの体がこっちを向いたから、言葉だけじゃなく、動くことも忘れた。ただ、私に伸ばされた手を視界に入れながらすばるを見ていると、一瞬ふっと笑って背中に手が回った。少し乱暴に抱き寄せられて、慌ててやっと声を絞り出した。

「...見えちゃうよ、」
『見えへんかったらええねや?』
「.............、」
『して欲しいならはよ言うたらええやん』
「...そうじゃない!」
『そんな声出したら聞こえるんちゃう。聞かせたいんか』
「...違うってば!」
『邪魔されたないねん。黙れ』

頭を押えられて唇が塞がれた。髪をくしゃりと掴んだ手に引き寄せられながら何度も角度を変えて唇が重なる。舌を捩じ込まれたと同時にゆっくりと体重をかけられ、窓に押し付けられて舌が絡む。胸が締め付けられるように苦しいけれど、それが今は泣いてしまいそうな程に心地いい。

窓の向こうの部屋の中の笑い声を聞きながら、面白がるように私を翻弄するすばるが少し離れて私を見つめた。

ずっと好きだった。
愛し過ぎるこの想いを伝えたくて口を開くと、すばるが囁くような声で言った。

『黙っとけ』

すばるに飲み込まれた言葉の代わりに背中に腕を回せば、応えるようにより深く舌が絡みついてきつく締め付けられた体が二人の隙間を埋めた。


End.