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私ってつくづく可哀想な人間だと思う。
好きだった忠義に『好きな人がいる』と相談され、休み時間ごとに私の元へやって来る忠義を見て、忠義のファンに地味ーな嫌がらせを受け、...つまり彼女でもないのに、失恋してるのに虐められる、みたいな。最悪なパターン。


早く終わって。忠義が来ちゃう。もうチャイム鳴ったじゃん!横山先生!...おいコラ!早くしろよ!

心の中で暴言を吐いて小さく舌打ちしたけれど、横山先生に聞こえるわけもなく、実際聞こえても困るわけで。

やっと授業が終わって誰より早く廊下へ出ようとドアを開けたら、目の前に忠義が立っていたから愕然とした。

『...あ、居った』

完全に私を探していた。こんなに真正面に現れたら、逃げることすら出来ない。けれど、背中に痛い程の視線を感じていて、いても立っても居られない。

『最近毎時間どこ行ってるん?いつも居れへんやん。...あ、ちょ、#name1#!』
「あっち!行こ!」

彼女達の視線から逃れるように教室を出た。
妬みって怖い。女が集団になって、しかも色恋沙汰が絡んでくるとますます怖い。
私、彼女じゃないんですけど!...とか、言う?何にも言われてないのに自分から言いに行くのも何だかカッコ悪い。...面倒臭い。本当に面倒臭い。

『屋上?』
「うん」
『えー』
「なに」
『今日曇ってるし寒いやん』
「じゃあ来なくていいよ」

その一言で黙った忠義は、そのまま屋上について来た。紙パックのストローをくわえたまま一度身震いした忠義を横目で見て屋上の扉を開けた。

『...寒、...屋上ってわかってたら温かいの買うて来たのに、』
「だから来なくていいって言ったのに、」
『...もういらん、やる』

ブツブツと文句を言いながら忠義が私に紙パックのコーヒー牛乳を差し出した。受け取って一旦停止。
...間接キス...、とかいう考えよりも、今は、見られていないかどうか、というところ。
さり気なく辺りを見回してからストローに口をつけた。

『間接キスやぁー』
「...今更」
『んは、せやなぁ』

本人に言われると恥ずかしい。顔、赤くないかな。ヤバイ。本当に恥ずかしくなって来た。

壁に持たれて座って胡座をかいた忠義が、自分の隣をポンポンと叩き私を呼ぶ。また周りに目をやって忠義の隣に腰を下ろすと、忠義が私の顔を覗き込んで笑った。

「...なに」
『んー、なんも!』

空を仰いだ忠義が眠たそうに大きな欠伸をして聞いた。

『次、サボる?』
「...え、 」
『サボるから屋上来たんちゃうの?』

...だってさっき、忠義と教室を出たのは見られているし、一緒にサボったりしたら...。
空を見上げていたはずの忠義はいつの間にか私を見ていて、目が合うとニッコリと笑った。

『よし!寒いけど付き合うたる!』
「....え、」
『次数学やねん。ちょうどええし』
「...ちょっと、待って」
『なにー?』
「...やっぱ、戻ろっかな、」
『...えー...』

駄々っ子みたいに唇を尖らせて不機嫌そうに声を上げた忠義に目を向ける。
じとっとした視線を私に送る忠義は、言葉こそ発しないものの完全に顔で文句を言っている。

...私だって一緒に居たい。
彼女だったらよかったのに。忠義の好きな人が、私だったらよかったのに。
そうしたら、あんな嫌がらせくらい耐えられる自信がある。

そんな何の解決にもならないようなどうでもいいことを考えていたら、忠義が立ち上がった。

『昼休みは、居ってや?教室』

返事が出来なかった。そう約束してしまったら、これからもずっと休み時間の度に忠義が来る気がする。
嬉しいのに、一緒に居たいのに。人生って本当に上手く行かない。

忠義と別れて教室に入った。何でもない振りをして、周りなんか見ないようにして。
けれど、すぐに気付いた。後ろに彼女達が立っている。今まで直接何かしら言われたりしたことはなかったから、心臓がバクバクしている。
何を言われるんだろう。
『大倉くんに近付かないで』?
そんなドラマみたいなセリフ、言われちゃうのかな。
けど、いい機会かもしれない。言ってしまえばいい。忠義の彼女ではないのだと。

『#name1#ー』

突然私を呼ぶ呑気な忠義の声がして、後ろのドアにいる忠義を振り返った。声の割に冷たい視線を彼女達に向けていた。その目が私に向いて、また呑気な話し方で言った。

『やっぱ次サボろ。課題やるの忘れてたー』

教室に入って来た忠義が私の腕を掴んで引いた。強引過ぎて周りの机にぶつかりながら教室を出た。
チャイムが鳴って少し静かになった廊下を歩き、屋上ではなくて空き教室へと入った。椅子も机もないその教室の片隅に、胡座の忠義と膝を抱えた私。

「...あ、りがとう、」
『なにがやねん!』

笑う忠義を横目で見て、妙に恥ずかしくて堪らなくなった。
気付いてたんだろうか。だったらいつから?
そう思ったら何だか惨めになった。

『数学、横山先生やろ?あとでプリント見せて。今んところ全っ然わかれへん』

忠義はなんで気付いたんだろう。知られてしまったんだから、離れて行ってしまうんだろうか。
大丈夫だよ、って言えばいい?でもそれで納得する?
忠義に好きな人が居たって、周りを気にしながらだって、この時間は私にとってやっぱり幸せとしか言い様がなくて。避けてみたら、ますます一緒に居たいと実感してしまった。...もう、頭がぐちゃぐちゃ。

『...#name1#って!』
「え?」
『全然聞いてへんやん』
「うん、」
『うんってなんやねん』

忠義の手が私の頭に置かれてポンポンと頭を撫でた。忠義を見ると微笑んで私を見ている。その顔がすごく優しくて、思わず視線を逸らした。

『...なぁなぁ、消えたい、とか思たこと、...ある?』

予想外の質問に驚いた。私の身に起きている出来事を知っていて言っているんだろうか。...それしか、考えられないけど。

『俺はな、あるで』

忠義でも、そんなことを思うことがあるんだ。なんとなく、意外。...あ、違うか。私をフォローするために嘘をついたのかもしれない。

消えたい、とまでは思っていない。ただ、初めての経験に戸惑っているし、小さなくだらない嫌がらせだとしても、少なからずダメージをくらったのは確かだ。

『もしな、...もし、俺が居らんくなったら、#name1#はどう思う?』

言葉のわりに明るく柔らかい口調で言うから忠義に目を向けると、忠義が私を見て笑った。
...知ったから、忠義は離れようとしているのかもしれない。

「...どゆこと、」
『せやから、...例えば、どっか行くってこと』
「...どこに行っちゃうの、」
『それはわからん!』

嫌だ。寂しい。
彼女が出来るのはもちろん嫌だけれど、忠義と一緒にいられなくなるなんて。それを想像しただけで胸が苦しくなるから困る。

「.....寂しい、」
『...ほんならさ、もし、一緒に行こ、って言うたら、どうする?』

覗き込むように私に笑顔を向ける忠義
の言葉で、鼓動が激しくなる。その意味は、都合よく受け止めてもいいものかどうか、動揺が大き過ぎて今の私には判断が出来ない。

『俺と。一緒に行くねん』

本当にそういう意味なの?はっきり言ってくれなきゃ、わかんない。...わかんないけど、多分、そういう意味。

「...行ってあげてもいいよ、」
『あは、...それさぁ、意味わかって言うてる?』
「...うん、多分、」
『ほんまかぁ?...確認、しとく?』

膝を抱えた私の横に手を付いて、忠義の顔が近付いた。たった3センチ程の距離を残して、忠義が私の目を見た。

『...するで?』

小さく頷いた私を見てから、ゆっくりと唇が重なった。体全体が心臓になったみたいに鼓動が響いて、泣いてしまいそうな程に高鳴る。

『ごめんな。...けど、好きやから、離したれへんわ』

その言葉と笑顔だけで充分過ぎる。
もう一度優しく重なった唇と包み込むように抱き締めるその腕に守られて、私は強くなる。


End.