ウルトラブルー


『ああぁぁぁ、もぉぉおーぅ!』

カフェテリアに足を踏み入れた瞬間聞こえてきた叫び声に驚いた。もう夕方に近いから学生は疎らだけれど、その学生たちの視線を釘付けにしたその声の主は章大だった。

いきなりの絶叫に驚いたらしい丸ちゃんは、章大の隣で肩に手を置き、一生懸命唇に人差し指を当てて静かにしろと章大に訴えている。
普段あまり見ることのない苛立った様子の章大が、向かい側の椅子を蹴ってテーブルに突っ伏した。

その様子を若干引き気味で見ている丸ちゃんが、ドリンクのストローをくわえながら辺りを見回す。すると目が合い、私を見てはっとした丸ちゃんが、入口付近で立ち尽くす私を手招きで呼んだ。

伏せたままの章大をちらちらと見ながら向かい側から近付くと、まだ手を付けていないらしい章大のドリンクを丸ちゃんが私に差し出す。
どうしたの?と聞きたいけれど、章大の不機嫌に拍車を掛けるのを懸念して、ただ丸ちゃんの言葉を待った。

向かい側の私に歩み寄って来て隣に立った丸ちゃんが、私の耳元に手を添えて口を近付けた。

『上手く行かへんねんて』

それだけ言って私から離れると、眉間に皺を寄せて首を傾げる私の肩を押し、章大の向かいの椅子へと押し付けた。座って丸ちゃんを振り返ると、私の隣に腰を下ろす。

『...もぉさぁ、』

丸ちゃんを見ていたら章大が小さく呟いたからゴクリと喉を鳴らした。

『俺さぁ、めっちゃ子供好きやんかぁ?けどさぁ、どうしよ。俺、子供早く欲しいのに、このまま行ったら絶対結婚とか出来ひんやんかぁ、』

...いきなり何を言ってるんだろう。
結婚?子供?...まだ大学生なのに。なんかピンと来ない話だけれど、なんとなくそんなワードを章大の口から聞くのは複雑な気持ち。

『...結婚、はさすがにまだ早いんちゃうかぁ?』
『わかってるわ!...けどさぁ、もうさ、多分ずっと好きなんちゃうかなぁ、とか思て、』
『...あぁ、まぁなぁ...』
『...なんなん、ほんま。好きな奴ってさ、絶対俺の方が好きやし、』

ちょっと待って。なんか、嫌な話題。こんな話聞きたくない。
なんで、丸ちゃん。私の気持ち、知ってるくせに。
訴えるように丸ちゃんを見れば、顔の前にまっすぐ手を出して『ごめん』のゼスチャーをしている。

『...このままずうぅぅぅぅーっと好きで居ったらさぁ、...いつか俺のこと、好きになってくれるんかなぁ、...』
『それはどうやろなぁ』
『...そこは言うてくれな、...“なるかもなぁ”、とか、言うてくれな、』
『章ちゃんそゆとこ乙女やなぁ』
『...もうさぁ、ほんまさぁ、俺#name1#以外考えられへんもーん、』

突然章大の口から出た自分の名前に目を見開いて固まった。少し間を空けて丸ちゃんを見れば、丸ちゃんもパチパチと瞬きを繰り返しながら私を見る。そしてヘラ、と笑った。

『...あぁぁ、もうほんま、どうし、...』

ガバッと顔を上げた章大と目が合って、見つめ合ったまま二人共凍り付いた。

『えぇぇ...?』

顔を顰めた章大を見ていたら、次第に章大の顔が赤く染まり始めた。それを見ていたら、徐々にさっきの言葉の意味を理解し始めて、一気に顔に熱が集中する。手の甲を口元に当てて目を逸らせば、隣の丸ちゃんがふふ、と笑った。

『...えぇぇ、...なんで居んのぉ、?』
『章ちゃんがでかい声出すから心配して来たんやんなぁ?』

...ちょっと違う。無理矢理座らせたくせに。...違うけど、今はそんなことを否定している場合ではない。
...ていうか、なんて言っていいかわからないんだけど!

『...いつからぁ、?』
『“ああぁぁぁ、もぉぉおーぅ!”言うた後から』
『...めっちゃ最初やん、』

項垂れる章大を笑い飛ばして立ち上がった丸ちゃんが、わざとらしく
『あ、彼女と約束してたんやった!』
と私に手を振って背を向けた。

『彼女居れへんくせに...』

ボソリと呟いた章大をちらりと見たら、章大も伺うように私を見ていた。
ドキッとして持っていたドリンクのストローに口をつけて吸い上げると、思いの外大きくゴク、と音がしてしまったから動揺丸出しで恥ずかしい。

『...それ俺のやん、』
「...丸ちゃんがくれた...」
『...まぁ、ええけど、』
「...後で、買って返す、」
『や、そういうつもりちゃうし、』
「うん、...返す。...だからさ、一緒に、帰る...?」
『...二人で、?』
「......ん」
『...それは...デー、ト?』
「...うん」
『...行こ、...行きます、』
「...ん、」

私に手を伸ばして奪い取ったドリンクを啜りながら、章大が私を見た。目が合うとすぐに視線が逸らされて、章大が笑う。
いつもの何十倍もぎこちなく笑う私達が恋人になるまで、あと3時間。


End.