ホワイトアザレア


チョコを机の中で握り締めたあの日、結局告白は未遂に終わった。

勇気を出して隆平にチョコを用意した。口で言う勇気はないから、手紙を添えた。ただ一言 “ すき ” と書いて。

朝からドキドキしながらタイミングを伺ったけれど、渡し時がわからない。やっとの思いで昼休み、隆平が一人になったところを後ろから追い掛けた。
...けれど、その先には今年度この学校のミスに選ばれたあの子が立っていた。

慌ててすぐに踵を返して教室へ戻った。慌て過ぎて机にぶつかったけれど、黙って自分の席に座った。

『何暴れてるん?』

振り返った安に、手紙を抜き取ったチョコを差し出した。
安は驚くこともなく私とチョコの間に視線を往復させ、ぴたりと私で視線を止めた。

『いらん』
「...義理なんだからもらってよ」
『義理ちゃうやろ』
「安のこと好きじゃないもん。義理だよ」
『...ちゃうわ。...そんな心込めた本命用、俺に下ろすんやめろや』

いつもと違う安の低い声に思わず目を逸らした。前を向いた安の背中に「...ごめんね、」と言ったら『よく考えましょうねぇー』と、幼稚園児を相手にするような口調でいつもみたいに高い声が返ってきた。

よく考えるって何。何を考えたらいいの。無理だよ。自信がない。

放課後まで良く考えた。良く考えた結果、手紙を抜いたまま隆平にチョコを差し出した。

『...え、俺に?』

チョコを見つめてからゆっくりと受け取った隆平は、何度も瞬きをして私を見る。

『ええの?』
「......うん」
『...これって...』
「...義理、!」

それが精一杯だった。
これでいい。せっかく作ったんだから、食べてもらえればいい。今まで以下の関係になるよりは、これがいい。

『...ありがとう。大事に食べるわ!』

顔を上げたら、大好きな笑顔で私を見ていた。本当はこの顔を自分のものにしたかった。けど、無くならないだけいいのかもしれない。



朝から、隆平が女の子にお返しらしき物を渡している姿を二度見掛けた。
...あの子には返したんだろうか。明らかに告白らしかったあの現場。...返事はしたんだろうか。
バレンタインの後付き合っている様子はなかったけれど、まだ返事をしていないんだとしたら、する可能性があるのは今日だ。

自分でも呆れるくらい溜息が出る。授業中でも、休み時間でも、何をしていても気が重い。
ここ1ヶ月、ずっと隆平に目をやっては溜息ばかりついている気がする。けれど今日は特別多いのは自覚している。

朝から何度目かわからない溜息をついたところで、前の席の安が振り返って『うるさい』と言った。それにますますへこまされる。
薄笑いを浮かべた安が、何だか楽しそうに私を覗き込んだ。

『ホワイトデーやから?』

なんて意地悪な質問をするんだろう。もう一度、わざと大きな溜息を漏らせば『鬱陶しい』とまた安が笑った。

『#name1#もお返し貰えるんちゃうの?マルに』
「...........。」

私、隆平にあげたなんて一言も言ってない。
もー!恥ずかしい!結局チョコを渡したことも、相手が隆平だということも、安は全て知っていたなんて。
机に突っ伏して顔を隠すと、安の笑い声と共に頭にポンと手が乗った。

安、馬鹿にしてる。
顔を伏せたまままた大きな溜息をつくと、頭の手が優しく頭を撫でた。

『そんなおっきな溜息、幸せ逃げてまうで?』

頭の上で聞こえた声に思わずガバッと顔を上げた。

『...わっ、!...びっくりした、』

前の席の安はくつくつと笑っていて、私の横には目を見開いた隆平が立っていた。頭に乗っているのが安の手だと思い込んでいただけに動揺を隠せない。

『なぁ、ちょっと来てくれへん?ほら、チョコくれたやん?お返ししたいしさ、』

また安が笑った。もうずっと笑ってる。安を睨んだら突然隆平の顔が目の前に現れて『#name1#?』と問い掛けた。
慌てて頷いて立ち上がり、隆平と安が何故かハイタッチしているのを見てから隆平の後ろに続いて教室を出た。

あの日の隆平の背中と重なった。あの時も、この廊下を隆平を追い掛けて歩いたんだ。
今からお返しをくれると言っているにも関わらず、急に胸が痛み出してなんだか憂鬱な感情が心に靄をかけた。
思わず出た溜息に隆平が振り返る。

『もー。俺と居る時溜息つくんやめて!つまらんのか思うやん!』
「そんなんじゃないよ、」

隆平が笑いながら屋上の扉を開けてドアを押さえたまま先に出るように促した。
扉を閉めてすぐに手を握られて驚いた。手を引かれて壁沿いに移動して角を曲がると端まで来て手が離れた。
向かい合って立っているし、今の不意打ちのせいでドキドキしている。

緊張を誤魔化すように後ろの壁に凭れて顔を背け校庭を見下ろした。
乱れ打つ鼓動を少しでも鎮めようと大きく息を吸い込むと、横を向いていた壁の前に隆平の手が付かれて、驚いて正面を見た。

少しだけぎこちないようにも見えるいつもと違った微笑みを浮かべた隆平の顔が近付いてきたから、思わずきつく目を閉じる。

『...せやから、幸せ逃げるって』

吸い込んだ息をそのままゴクリと飲み込んだと同時に唇が重なった。はっとして目を開けると、目を閉じた隆平の顔を見ながら柔らかく触れた唇が震えた。

『......溜息、禁止な?...また塞ぐで』
「........溜息じゃ、なかったのに、」
『...え、...あ、そうなん、』

バツが悪そうに今度は隆平が顔を背けた。隆平の頬が赤い気がするのは、私の気のせいだろうか。
...なんで。なんでキスしたの。

『...あのさ、こんなことしといてなんなんやけど、...もう一回確認してもいいですか、?』
「...........え、」
『...あのチョコ、...義理、?』

思いも寄らない質問に更に心臓が跳ねる。
さっきから隆平と目は合わせられないでいるけれど、完全に動揺して目が泳いでしまっている。

「...なんでそんなこと聞くの」

隆平が笑った気がしたからちらりと見たら、苦笑いを浮かべて髪をくしゃりと乱していた。

『...章ちゃんはもろてへん言うてたし、...#name1#は義理や言うたけど、俺だけにくれたんちゃうの、?』

...安め。なんで余計なこと言うのかな。そんなこと言われたら逃げ道がなくなっちゃう。
...でも、今キス、した。それって、もしかして...。

『...手作りやったよなぁ、?手作りで、俺だけ、...やから、ちょっと期待してもうた...って言うか...うん、』
「..............。」
『...何言うてんねやろ、俺、』

隆平が顔を真っ赤にして自嘲気味に笑った。
...期待って、言った?期待したの?私がチョコをあげたら、期待してくれるの?だからキスしたの?

隆平と目が合ったら、隆平の目が丸くなった。それからぎこちない笑顔を浮かべて俯く。

『...それは、そういうことで、...ええの?』
「......まだ、何にも言ってないよ、」
『...顔、真っ赤やん、』
「...............、」
『俺、好きやねん。...せやから、...付き合いたい、です、』

すぐに頷いていた。自分でもその早さに驚く。ぱっと明るくなった隆平の顔が私を見つめて笑った。
私も好き、という小さな声は届いたかわからないけれど、赤い頬を手で覆ってニヤニヤしている隆平が愛しくてたまらない。
...本当に、私のものになっちゃった。

呼吸のために吐き出した息が震えていた。それが恥ずかしくて口を手で覆うと、いきなりその手を掴まれたからびくりとして隆平を見上げた。

『...禁止やろ』
「溜息じゃないってば、」
『...ええやん、...キス、したい』

食むように触れた隆平の唇が弧を描いて何度も触れた。ふふっ、と堪え切れない幸せの笑みが零れて、隆平の息が唇を掠めた。


End.