両恋煩い


「...恋、わずらい...?」

5限、自習。
前の席の章ちゃんが窓枠に頬杖をついてぼーっと外を眺めている。私が発した言葉に、章ちゃんがゆっくりとこちらを見た。

『...あは、そうでぇーす』

自分で聞いたくせに、そうなんだ、と言っただけで言葉に詰まってしまった。
そうかもしれないとは思っていた。最近こうして外を眺めて物思いにふける姿をよく見ていたから。

はぁ、っと息を吐いてまた外を眺めだした章ちゃんの横顔を、一緒に外を見る振りをして盗み見た。
本当は聞く気なんてなかった。ただ、あまりにもその言葉がピッタリ過ぎて、思わず口から零れてしまっただけだったのに。
こんなに煩い教室のみんなの声なんか全然聞こえていないみたい。私が近くにいるのに、全然見えていないみたい。

『...#name1#はー?』

突然呼び掛けられたから慌てて視線を窓の外へ向けてから、ちらりと章ちゃんを見た。

『#name1#も、してるやろ?...恋』

たった今、行き詰まったかも。
心の中だけで呟いて、苦笑いで首を傾げた。
顔は見ていないからわからないけれど、章ちゃんが今度はぼーっと私を見ている気がするから、少し緊張しながら無駄にシャーペンを弄る。
すると聞こえてきたのは『ふーん』と何とも興味のなさそうな答えだったから、少し切なくなった。

「章ちゃんは、上手くいってそうだね」

言ってから章ちゃんを見れば、キョトンとした顔で私を見てから、ふにゃりと笑う。

『ぜぇーんぜんやで。めっちゃ片想い』
「そうなんだ、」
『あは、興味なさそ』
「...そんなことないよ」

でも、もういいかも。お腹いっぱい。
興味がないんじゃなくて、聞かなくていいかも。
...なーんだ、...章ちゃん、好きな人居たんだ。残念。...ちょっとだけ、残念。

窓に寄っていた章ちゃんが横向きのまま椅子を引いて私の前に来た。話す体勢、って感じかも。

『意外とさぁ、片想いも、悪くないで?』

そう言って私を見た章ちゃんは、キラキラの笑顔で幸せそうに笑っている。

『...なんかさ、恋してるとちょっとしたことで幸せ感じたりするやん?』
「うん。それはわかる」

わかるよ。わかる。
こうやって章ちゃんと話す時間がたまらなく好きだ。ちょっと手が触れただけでドキドキするし、章ちゃんの『一緒に帰らん?』だけで幸せ。

『もうね、毎日幸せやなぁ思う。見てるだけで幸せやし、ちょっとしたことで可愛いなぁ、とかさ』
「...うん」
『せやから、片想いも楽しいかも』
「...そっか」
『たまーに。たまーにな、...ちょっとだけ、痛くはなるけど』

顔を背けて照れたように『何言うてんねやろ』と言って章ちゃんがあははと笑った。

章ちゃんて、強い。...あ、でも今ちょっと悲しい気持ちを隠せてる私も、意外と強いのかもしれない。

『上手く行ってへんの?』

章ちゃんの言葉に曖昧に笑うしかない。本人に相談なんて、とてもじゃないけど無理。

『そういう顔』
「え?」
『好きな子のそういう顔見てまうと、痛くなんねん』

びっくりした。私のことかと思ってしまった。しかも、悲しい気持ち、全然隠せてなかったみたい。
恥ずかしさを誤魔化すように笑う私を、章ちゃんが首を傾けてニコニコしながら覗き込んだ。こんな時でもキュンとしてしまう自分がちょっとだけ可愛いとすら思う。

『...俺のこと、好きになってもええよ』

私から窓の外に視線を移し、章ちゃんがぼそっと言った。さっきまでと違って小さめの声だったから耳を疑った。
口元に少し笑みを浮かべて外を眺めるその横顔を目を丸くして見つめる。ちらりと私を見て、ふふっと照れくさそうに笑うと章ちゃんが言った。

『辛いなら、諦めてまえばええのに』
「.................、」
『俺は諦めへんけどー』

最悪やな、俺、と言って章ちゃんが笑っている。
椅子に後ろ向きに座り直して体ごと私に向けると、私の机の上のノートを章ちゃんが手にとった。

『キス、してみていい?』
「.......え、」
『好きになるかもしれんやん?』
「.............、」
『嫌って言わへんからしーちゃお』

机に肘をついて顔の高さまで上げられたノートで、二人の顔が隠された。身を乗り出して押し当てられた唇が離れると、章ちゃんが幸せそうに笑った。

『......好きに、なった?』
「.........なった」

照れくさそうに頬を染めてもう一度唇が触れた。優しく見つめるその瞳に、ちゃんと思いを伝えなければ。

「...じゃなくて、なってた、」
『えぇ?』
「...だから、諦めないよ」

目を丸くした章ちゃんがキョトンとして私を見ている。徐々にまた真っ赤に染まっていく章ちゃんの顔や耳を見ながら、二人で極上の照れ笑い。


End.