One more kiss


外の非常階段に連れ出され、頭が壁にぶつかったと思ったら、今度はすぐにすばるがぶつかって来た。私の唇に。
目測を誤ったのか、強めにぶつかった衝撃で鉄のような味が微かに二人の間に広がって、すばるが私から離れた。

顔の脇に付かれた手で逃げ道を封じられているけれど、別に逃げる気はない。
すばるが私の唇から目に視線を移して見下すような態度で私を見つめるから、何だか怖くなって思わず口から出た。

「...へたくそ、...痛い、」

その言葉に、口の端を上げたすばるが顔を近づけ距離を詰めるから、何でもない振りをしていても心臓がますます煩くなる。

『...ふーん。あいつのは良かったんや?』


30分程前に、カラオケボックスの部屋から出てトイレに向かう途中の廊下で、トイレから戻って来た凌介に会った。いつもより大分酔っているみたいだったから大丈夫?と声を掛けたら、ヘラヘラ笑いながら壁に押し付けられていきなりキスをされた。放心する私を、凌介の背中越しに口の端を上げてすばるが笑った。そのまま、何も言わずにすばるは通り過ぎて行った。

自惚れていた。最近目が合うから。何をしていても目が合うから。さっきも、ラブソングを歌いながら私をちらりと見たりなんてするから、完全に自惚れてしまった。
けれどきっとそれは、私が見つめていたからだったんだろう。

落胆しなが部屋に戻ったけれど、すばるが全然戻って来ない。気になって気になって30分経った頃部屋を出たら、非常階段の前で壁に背をあずけしゃがみ込んでいるすばるが目に入った。私に気付いたすばるは立ち上がると歩み寄り、物凄い力で私の腕を掴んで引いた。その威圧感たっぷりの表情に言葉を失っているうちに非常階段の扉が開かれた。


『もっかい、してみたろか?』
「...いらない」

すばるは、私を蔑んでいるんだろうか。さっきのただの不可抗力のキスを見て、お手軽な女だと思われたんだろうか。
たった一回で。自分の意思ではなかったのに。

『下手くそなんやろ』
「...は?」
『下手くそやから、練習させろや』
「...なに言ってんの、」

本当に何を言ってるんだろう。
私の気持ちを知っていて、こんなことを言っているんだろうか。だったら本当に質が悪い。
見た目で誤解されることが多い人だというのは知っていた。私自身、すばると友人をやってきて、そこから発展した想いのはずなのに、私が見て来たすばるという人の性質を恋心故に過大評価し過ぎてしまっていたんだろうか。

「なんで私で練習するの」
『お前が下手くそ言うたんちゃうんか』
「...そうじゃないでしょ、」
『なんでもええねん』
「...こんなことして、楽しい?」
『楽しいことあるかボケ』

急にトーンが落とされて、怒りを含んだようなすばるの声に胸がざわつく。
壁についていた片方の手が私の後頭部に触れて、髪をくしゃりと掴まれる。

『...好きなんちゃうんか』
「.............、」
『俺のこと、...好きなんちゃうんか』

心臓の音がやけに耳に響いた。
今の言葉は、どっちの意味だろう。
好きならキスさせろ、なのか、俺を好きなのになんであいつと、なのか。
頭を働かせている間にすばるの顔が更に近付いて、視線が私の唇に落ちた。

そのままゆっくりと唇が重なって、傷跡を探すように唇や口内にすばるの舌が動く。下唇の裏側がチクリと痛みピク、と体が揺れた。するとすばるが私の下唇を柔らかく食み、労わるように舌が傷口を這う。

頭の後ろの手に引き寄せられながら何度も食んで啄むキスに戸惑う。離れる度に漏れる怒りを含んだみたいなすばるの震えるような吐息で、確信し始めていた。

『...お前が好きなんは、俺やろ、』

囁くみたいな掠れた低い声に、ドクリと心臓が脈打つ。私を見つめるその瞳は睨むように鋭いけれど、懇願にも似ている気がする。

「...ん、」
『ほんなら俺だけにしとけや』

またぶつかるように触れた唇のせいで傷口が痛んだけれど、手繰り寄せるように引き寄せ抱き締めるすばるの腕の感触ですぐに忘れた。
自分からゆっくりとすばるの背中に腕を回せば、僅かに唇が触れたまますばるが私を見つめる。

『練習は、もうええやろ』

髪を掴む手に力が込められ、唇を割って入ってきた舌が深く絡み付いた。愛撫されているようなキスに朦朧として腕を回し縋りつくように抱き着けば、いやらしい音を立てる二人の口元から熱い吐息が漏れた。


End.