ラブ・フレーズ


...遅れちゃう!
会社に、じゃなくて、電車に。
丸山くんと同じ電車に、間に合わない!

猛ダッシュで改札に駆け込んだ。
リサーチして、通勤の電車を丸山くんと合わせるようにしたのは一週間前だ。ここまで、一日も欠かさず毎朝会えていたのに。
駆け込み乗車はお止めください、のアナウンスに、ごめんなさいを心の中で繰り返してやっとの思いで電車に滑り込んだ。

いつも同じ車両の端に立っている丸山くんは、今日も同じ場所にいた。
違うドアから乗り込んでしまったから、何となく近付くのが恥ずかしい。丸山くんの横顔を見ながら一歩踏み出すと、難しい顔で携帯とにらめっこしていたから足を止めた。

本当はいつも、私と電車で会わなければこうやって過ごしているのかもしれない。私と話をすることで、誰かにメールしたいのに、それを躊躇っているんだとしたら、申し訳ない。

隣のドアから丸山くんを眺めていた。
携帯を眺めて窓の外に目をやって、また携帯に視線を戻して眉間に皺を寄せ、目を閉じる。
私といる時には見せない表情を見てしまったから近寄れずに一駅過ぎてしまった。

少し人が増えた車内で、相変わらず落ち着きなく頭を動かしている丸山くん。
今日は、諦めようか...。

深呼吸みたいに深く息を吐いて顔を上げた丸山くんは、何だか赤い顔をしていて、頬を手で覆って咳払いなんかしちゃって落ちつきなく動いている。
なんか、まるで...。

私のバッグの中の携帯が振動した。
携帯を握り締めて真剣に画面を見たまま目を離さない丸山くんを横目に携帯を取り出した。

携帯を確認してガバっと顔を上げた。
視線の先の丸山くんは、携帯片手にまた頬を手で包んで一点を見つめている。
...まるで恋する乙女みたいな、そんな顔。

停車してまた乗客が増えた。もう、丸山くんのところまで行くのは難しいくらいに混み合ってきてしまった。

もう一度携帯を凝視する。
心臓がドキドキして、妙に視界が狭く感じる。たった今丸山くんから届いたそのメールの、丸山くんが打ったその文字だけに集中するのには丁度いいけれど。

“ おはようございまーす!
 もしかして寝坊したんかな?
 #name1#ちゃんが居らん
 一人の電車は寂しいです。 ”

頬を染めて口元を手で覆った。
どうしよう。嬉しすぎる。丸山くんがこんなことを言ってくれるなんて。

電車に乗り込んだ時よりも大分見えにくくなってしまった丸山くんを探すように右へ左へ体を揺らす。
俯いて険しい顔をしてしている丸山くんは、何を考えているんだろう。
もしかして同じ気持ちかもしれない、なんて少し自惚れたけれど、あの表情を見る限り...違う気がする。

そうこうしているうちに、もうすぐ降車駅だ。とりあえず落ち着こうと、高鳴る胸に手を当てて減速する電車から外の景色を眺める。
ドア付近へ集まった人に埋もれてもう丸山くんは見えないけれど、降りたら声を掛けようと決意した。

外へ出ると、いつもより大分遅いペースで歩いている丸山くんを前方に発見して、深呼吸をした。
丸山くんに駆け寄って背中をぽんと叩く。

「おはよ!」
『はわっ、』

振り向くと同時に大袈裟な程のリアクションを取った丸山くんの手から、携帯が滑り落ちた。

「あ!...ごめんね!」

私を見て固まる丸山くんに代わって、すぐにしゃがんで慌てて携帯を拾い上げ、クルクルと回して壊れていないか確かめる。

『...あ!ちょ、ちょっと待って!』

慌てて私の手から携帯を奪い取った丸山くんが、ディスプレイを見て安堵の溜息をついた。

『...あぶな、』

待ち受け画面を見てそう漏らした丸山くんに、何だか申し訳ない気持ちになった。
落とした上に勝手に携帯を見るなんて、慌てていたけれど失礼なことをしてしまった。

「...ごめんね、勝手に触っちゃって、」
『...あ!ちゃうよ!全然平気!気にせんでええよ!』
「...あ、実は電車ね、駆け込んだんだけど、混んでて行けなくて、」
『そうなんや!今むっちゃびっくりした!』
「...メール、ありがとね」
『...おん!ほら、毎朝一緒やったしさ!.....うん、行こか!』

笑顔を見せてくれたことに少なからず安心した。
改札までの階段を丸山くんに続いて降りながら携帯を取り出す。さっきバッグの中で振動を感じたから。

「あれ?またメールくれた?」
『...え?』
「丸山くんからメー」
『え、...ちょっ、!』

私の声にかぶって聞こえた丸山くんの静止の声は間に合わずに、メールを開いた。
顔を真っ赤にして頬を手で覆う丸山くんと、固まる私。

「...続きは、...何、?」
『...や、...えーと、』
「...教えて」
『......“一緒に、居りたいなぁー、なんて。”......』

きっと、落としたと同時に送信された、未完成だけれど愛の篭ったメールに思わず笑みが溢れた。

“...なので、これから行くんも帰るんも
 一緒がええなぁー、なんて。
 ...というか、これからずっと、
 一緒に、(居りたいなぁー、なんて。 )”


End.