カーマイン


柔らかく触れる唇が好き。
繊細な指先の動きが好き。
意地悪を言いながらも快感で時々掠れるその声が好き。
私を見つめる射抜くようなその瞳は、嫌い。
好きなとこも嫌いなとこも、私に向ける笑顔がたまらなく胸を締め付けることも、絶対に教えてあげないけれど。


『あ、間違ったっ、...ふふ、』
「...ちょっと、っ」

胸元に“間違って”付けた痕を見て、章大の口の端が上がっている。間違った、なんて言ったって、楽しそうに笑ってるくせに。
ちょっと、なんて言ったって、本当は嬉しいくせに。

『バレるかなぁ?』

何も言わずにただ睨み付けた。それを見てまた笑う章大は、私を一体どうしたいんだろう。

『バレたら別れるん?それとも、泣きながら、許してーって言うん?』

動きを止めて私に倒れ込んで、目の前でふざけたように笑う章大に「煩い」と零すと、ふっと笑って噛み付くようなキスを仕掛けられ、同時に奥を突き上げられた。
きつく抱きしめたまま頭を押さえられ深く舌を絡められて籠った声が漏れる。こんな抱き方をされると、愛されているんじゃないかと勘違いしてしまいそうになる。

息苦しさよりも胸の苦しさに耐えかねて訴えるように背中に爪を立て目を開けば、絡んだ舌が解けて章大が私を見つめた。

『...何、っ?もっとして、ってことっ?』

首を横に振るけれど漏れる声が抑えられない私を見て、章大が笑いながら体を起こした。するりと章大の背中から離れてしまった手は、寂しくてシーツをきつく握り締める。
体を這っていた手は腰を掴んで、激しい律動を再開させた。

快感を与えながら私を見つめるその瞳から逃げるように目をきつく閉じる。
章大の吐息に混じって時折聞こえる耐えるように微かに漏れる声が、私を高めると同時にいつも目の奥を熱くする。

『...おいっ、今抱いてんのは俺やねんで、っ?ちゃんとこっち見ろやっ、』

目を開けて章大を見れば、満足げに笑って腰を引き寄せ奥を抉る。
絶頂が近い。腰を掴む章大の手にも痛いくらいに力がこもっているから、章大も同じはずだ。

強い刺激ですぐに閉じてしまう目を必死で開いて章大に向ける。
快感に耐えて歪む章大の顔が、この関係に苦しんで歪む自分の顔と重なって見える気がして、章大も同じ感情なんじゃないかとこの瞬間は錯覚出来るから。

視線が絡んで章大が余裕なさげに笑うと、私を見つめたまま何度も奥へ打ち付けた。
波打つように跳ねた私の体を押さえ付けるように何度か腰を揺らして、章大が私の上に倒れ込んだ。

荒い吐息が唇に掛かる。目を細め、艶っぽい色気を纏ったその顔で見つめられて、震える章大の唇が私の下唇を食むようにキスをした。
首筋に顔を埋めて、章大の手が背中の下へ回される。私の頬に当たる章大の金色の髪と肩を視界に入れて荒い呼吸を聞きながら、必死で葛藤していた。今まで、何度この背中に腕を回すのを耐えたかわからない。

「......早く」
『...ちょ、待てや、』
「......待たない」
『そんなすぐ萎まんから大丈夫やて』

コンドームが外れないうちにと章大を急かすのもいつものこと。本当はもっと触れていたい。けど、無理。
怠そうに息をついて体を起こし私の中から章大が出て行った。

『...あぁっ!』
「..........何」
『ゴム付けるん忘れた!』
「え、」
『...なんちゃってー』
「......バカ」

仰向けのまま、目を閉じて腕で顔を隠した。
コンドームの心配なんか、本当はしていない。章大が私のものになるなら、本当はそれだって構わない。
...けれど、私はこの関係を続けるために、章大とはあくまでも遊びでいなければならない。もう何ヶ月も前に別れた、彼氏の存在を未だちらつかせてまで。

『びっくりした?』
「...別に」
『出来たりしたらどうするん?』
「...出来ないでしょ」
『わからんやん。破れてたりしたら』
「...そっちこそ、どうすんの」

自分の吐き出したそれをティッシュに包んでゴミ箱に放り込みながら、章大が眉間に皺を寄せ首を傾げる。

『...結婚、しとく?』

ニコニコしてベッドに乗り上げながら私に言った章大に、呆れたように視線を向けた。本当は『結婚』というワードに少なからず動揺している。

章大が私の体を跨いだから、腕の隙間からちらりと章大に目をやる。すると顔の上の腕を退けられて短いキスが落とされた。

『結構上手く行くんちゃう?俺等』
「...そういうのは彼女に言ってあげたら?」
『あは、冷た』

章大が私の顔の横に手をついて髪を撫でながら笑う。
...だから、彼女にするようなことをしないで欲しいのに。セフレならセフレらしく扱っていいのに。期待させるように優しく触れる章大は残酷だ。

優しく微笑みながら近付いた顔を拒めずに唇が重なった。愛撫するように舌で唇をなぞって、行為の時とはまた違う柔らかく絡む舌が快感を与える。
気持ちいいのに、終わった後は痛くて仕方ない。

「......シャワー、貸して」
『んーどうぞぉ』

いつもベッド脇に用意してくれるバスタオルを体に巻き付けると、ベッドで煙草をくわえた章大がひらひらと手を振る。

脱衣所で鏡に自分の姿を映して、胸元の紅い印を指でなぞった。これが間違いなんかじゃなくて、本当の愛の証になればいいのに。
いつもギリギリだ。油断すると目の奥が熱くなる。けれどどうしたって隠さなければ。


シャワーを浴びてベッドルームを覗くと、章大がベッドに俯せに倒れて目を閉じていた。ピクリとも瞼が動かないから寝ているのかもしれない。
それを横目に見ながら、落ちた掛布団を拾い上げて下敷きになった下着を探す。章大が寝ているうちに帰りたいから、急いで。

ベッドの脇にしゃがみ込んでいると、急に影ができて驚いた。ベッドの上から章大が私を見ている。

『探してるの、コレー?』

私の下着を指に引っ掛けて微笑む章大に手を伸ばすと、下着を反対側へ投げ捨て私の手を掴んでベッドに引き上げた。
横から抱き締められて甘えるみたいに章大が首筋に鼻先を擦り付ける。
ちょっとした章大の行動にいちいちドキドキしてしまう癖をどうにかしたい。もう何ヶ月も続いているのに、慣れる気がしない。章大はきっと、いつも私で遊んで楽しんでいるだけなのに。

『帰んのぉ?』
「帰る」
『たまには泊まったらぁ?』

そんな言い方は狡い。
いつもそうだ。いつも他の女の匂いをさせながら、私にそんな甘えた口調でそんなことを言うんだから。

「...無理、」
『なんで!』
「なんでって、」
『寂しいー』
「...彼女、呼んだら」
『...えー、...#name1#がいい』

またとんでもないことを口にする。
こんな殺し文句もいつものことだ。
...なんではこっちのセリフ。...なんでそんなこと言えるの。
思わず睨むような視線を向けてしまった。章大は少し驚いたような顔をした後、ただじっと私を見つめた。

感情的になると、すぐこうだ。
目の奥が熱い。どうしよう。絶対に泣くわけにはいかないのに。

「...本気じゃないくせに、」

思わず漏れた言葉に、章大の手がするりと離れて俯いた私と少し距離を取る。
少しの沈黙の後、ふっと笑った声が聞こえて章大が微笑んだまま私を見つめる。

『ほんなら、#name1#は本気なん?』

逸した目を合わせることすら出来ないまま、精一杯の強がりをセリフにした。

「...そんなわけないでしょ、」
『あは、...せやんなぁ?』

章大が笑っているから、バレなかったはずだ。このまま帰ってしまえばいい。そうしたらきっと、また次があるはずだ。

立ち上がって下着を拾い上げ身に着けていると、視線を感じて章大をちらりと見た。

「...着替えてるんだからあんまり見ないでよ、」
『例えばさ、#name1#は俺が本気なったら、もう要らんやろ?』
「...お互い様でしょ」
『俺は#name1#がいい』
「......だから、」
『本気じゃないくせに?』

なんでそんなに優しい顔で笑うの。
私をからかって楽しんでるの?
全然わからない。

背を向けて急いで服を着る。ボロが出ないうちに、早く。
章大が立ち上がった気配がして一瞬身構えた。私の後ろの引き出しから何か手に取って差し出すのを、横を向いて視界に入れた。

「なに」
『やる。もう使わへんし』

少し視線を動かすと目に入ったのは紫色の小瓶だ。章大を見たら私にそれを押し付けて、私が手に取るとニッコリと笑ってベッドへ戻った。
蓋を開けたと同時に、章大が言った。

『もう、来んでええよ』

その言葉を聞きながら香水の香りが鼻を霞めた。言葉が出ずにぼんやりとして視界が狭い。その狭い世界に映した章大を、ただじっと見つめていた。

『したいだけなら#name1#やなくてええねん。そうやろ?』

俯いて笑う章大は、優しい顔をして何を考えているんだろう。
聞いてもいいんだろうか。ずっと大嫌いだったこの香りを、章大が何故私にくれるのか。

『けど、俺は#name1#がええねん』

笑顔で私を見つめる章大の目が、少し揺れて見えるのは、私の都合のいい目の錯覚なんだろうか。

「...なに、これ、」
『小道具やで?俺の架空の彼女の香水』
「...小道具って、なに、」
『本気になったら終わりやろ?...せやから、彼女居るって言うた。俺、意外と女々しいねん』

つまりそれは、私と同じだということで。つまり私達は、お互いに恋人がいるフリをして会っていて、さっきの章大の言葉は。

『...別れたんちゃうのぉ、?』
「...なんで知ってんの、」
『亮に聞いたし。...どっちなん、』
「.............、」
『本気は無理やから言わなかったん?...それとも、俺と同じ?』

もう言っても大丈夫なの?
今更嘘とか言わない?
今、嘘だなんて言われても、もう遅いよ。涙、零れそう。

章大が立ち上がって私に歩み寄る。
顔を覗き込まれたけれど、視界がぼやけて顔が見えない。すぐに目から雫が落ちて飛び込んで来たのは、章大の笑顔。

『あは、泣かしてもうた』

抱き締められて章大の肩に顔を押し付けられた。とめどなく溢れる涙のせいで言葉が出ないけれど、代わりに嗚咽ばかりが漏れて恥ずかしい。
優しく髪を撫でた章大が片手で力を込めて抱き締める。

『帰ってまうの?』
「.................、」
『付き合うてくれるなら、帰したってもええよ』
「......ん、っ」

何度も頷けば、弧を描いた章大の唇が私の唇へ押し付けられた。そのまま腰と頭を支えられ、体重を掛けてベッドに押し付ける。

『...嘘。』
「......えっ、」
『絶っ対帰したらへん』

顔を上げた章大は、たった今耳元で悪戯っぽく囁いたその声とは対照的に優しい顔で私を見つめた。
章大の人差し指が私の目尻の涙を掬い上げながら、胸元についた赤に唇を寄せて鮮やかに染め上げた。


End.