Wait for it!!


心臓、口から出そう。
ドキドキっていうより、バクバク。
手に携帯を握り締めて、23時30分から時計を凝視して待機している。
もうすぐ、5月9日。ヨコの誕生日だ。

ずっと普通の友達だった。仲が良いわけじゃない、普通の、ただの友達。
何げに歩いて10分足らずの近所のアパートに住んでいるにも関わらず、休みの日に遊ぶわけでもないし、学校の帰りに「今日飲みに行く?」ってその場のノリで誘ったり誘われたりしていただけ。

電話番号を知ったのも、つい一週間前だ。
「あれ?そういえばさ、連絡先、知らなくない?」
これだけを言うのに台本を書いた。馬鹿みたいだと思うけど、それくらいヨコへの気持ちが膨れ上がって、緊張せずにはいられないから。

連絡先をGETしたのも、この日のためだ。
“ 誕生日おめでとー!”
“ え、知っててくれたん?”
“ うん!実は好きだから!”
......みたいな。そんなノリで告白する決意をしたから、さっきから震えてる。まだ電話を掛けてもいないのに、先が思いやられる。

ああああと2分...!ちょっと待って。
ど、どうしよう、大丈夫かな。落ち着け私...!
思ってるだけのつもりが全部口から出ていることに気付いて、それにもさらに動揺する。

そろそろ?もう掛けないと、誰かに先越されちゃうかも。あ、待って、画面消えちゃった...!は、早く!間に合わない!急がなきゃ...!

『......もしもし』
「...........。」

あ、やばい。声、出ない。

『...は?#name1#、ちゃうの?』
「.......よ、」
『......どうしてん』
「...誕生日、おめでとう!」
『................。』

通話口を塞いで荒い鼻息を吐き出した。携帯がミシ、と音がするくらいに握り締めている。
.........あれ?ヨコ、黙っちゃった...。

「......よ、こ、?」
『......ありがとう、...』

...え!それだけ?なんで知ってるの?とか、そういうの聞かないの?それじゃあ私の台本、もう意味なくない?軽いノリで言うはずが、こんなに間を空けちゃった時点でもう既に重い...!

「...あ、う、うん、」
『一番乗りやな』
「あ、...でしょ?どうせなら、と思って!」
『おん。ありがとう』

やばい。どうしよう。
切るしかない?けど、折角掛けたんだし、でも、電話ではもう、無理。...けど、折角の決意が...。

「サプライズパーティーとか、すればよかったね、!」
『ええよ、そんなん』
「...あ、あのさ!今からパーティーでもする、?」
『...はぁ?今から?』
「ケーキとかないけど!ビール買ってさ!」
『え、ちょ、』
「今から、行っちゃおっかなー、...」

ゴクリと唾を飲んだ音が、聞こえていたらどうしよう。
バクバクと飛び出しそうな程胸を叩く心臓に息苦しさすら覚える。

『...明日で、ええやろぉ、』

一瞬真っ白になりかけた頭を何とか動かして、精一杯の強がりの言葉を返した。

「...なんて、ね、」
『え?』
「じゃあ、またね、!」

撃沈。
すぐに終話ボタンを連打して項垂れた。強がりにもなっていなかった。ただ、逃げただけ。
ちょっと、調子に乗り過ぎたかも。
正確には調子に乗ったわけじゃないけど、どうしても今じゃなきゃと、意気込み過ぎた。
これがサプライズだったら良かったと思うくらい、ヨコ、一瞬慌ててた。けど、呆れた感じだった。

何度溜息をついたかわからない。
ベッドにダイブして顔を埋めて、明日どんな顔でヨコに会おうかとひたすら考えていた。
これならいっそ、告白してフラれた方がよかったのかもしれない。
こんな中途半端な断わられ方、逆に気まずい。

床に放置した携帯が鳴り出して飛び起きた。恐る恐る覗き込んだ携帯にはヨコの名前が表示されていて、出るのを躊躇った。今、電話で何を言われるんだろう。さっきので気付いてフラれる、とか?
いっそ寝たことにしてしまおうか。

そんなことを考えているうちに着信音は鳴り止んで、小さく息を吐き出した。
するとまたすぐに鳴り響いた着信音にびくりと大袈裟に肩が揺れる。
何度も掛けてくるんだから何か別の用事かもしれない。そんなのは気休めだとわかっているけれど、考えずにはいられない。手を伸ばしてゆっくりと携帯を掴み、通話ボタンを押した。

『...もしもし、』
「...どうしたの、?」
『どうしたのやあれへんわ!』
「...え?」
『...心配するやんけ、』
「......え、」

何を心配しているというのだろう。
明日でいいと言ったこと以外に思い当たらないから、もしかして傷付けたとか思われたんだろうか。それはそれで何となく恥ずかしい。

『今どこなん』
「...え、......家?」
『...はぁ?え、待って!...俺んち?』
「え?...何言ってんの、違うよ、...自分の家に決まってるじゃん...」

暫しの沈黙で静かすぎる空間に耳も胸も痛い。手にはまた力が篭って、携帯を握り締めると耳に当たるそれがやたらと震えて感じる。

『...なんやねん!サプライズのくだりあったから来る思うやんけ!』
「...え、...冗談、だったのに、」
『...............。』
「...心配、してくれたんだ、」
『当たり前やろ!10分も掛からん距離を20分経ってんから!』

どうしよう。ヨコが優しい。
しかも、待っていてくれたなんて。
電話越しに聞こえた、安堵したみたいな溜息すら愛しい。

『...なんやねん、...恥ず、俺...』
「...恥ずかしくないよ、」
『そんなフォローいらんわ』
「じゃあ、本当に行こうかな、」
『来んでええ』

そうだ。贅沢なんて言えない。今の現実が嬉し過ぎて、今日はこれで満足。
焦ることはないのかもしれない。

『来んでええから、...開けてくれへん、?』

時が止まったみたいな沈黙が流れて、ヨコが私を呼んだ。はっとして玄関に走ってドアを開けると、ちらりとバツが悪そうに目を逸らしたヨコが顔を背けたまま突っ立っている。

「...逆サプライズじゃん」
『ついでやし。家出てもうたから』
「...上が、る?」
『...や、ええよ。遅いし。...手ぶらやし』
「そんなの、いいよ」

今まで目も合わせなかったヨコの瞳が黙ってただ私を見つめるから、心臓がますます煩く響く。
それに耐え切れずに今度は私の方が目を逸らし僅かに俯く。

『俺、男やん』
「...うん」
『...わかってて言うてるん?』

わかってるよ。当たり前じゃない。
ヨコが来てくれた時から、もう既に期待してしまっている。

「...うん、...わかってる」

体をずらして道を開けると、ヨコが黙って玄関に足を踏み入れた。ドアが締まったと同時に振り返ったヨコに壁に押し付けられて、荒々しく唇が触れた。彼の胸に触れた手から伝わる驚く程早い鼓動に、まるで告白を急かされているようにすら感じる。

唇が離れて見えた真っ赤に染まったその顔を見つめて口を開けば、またキスで塞がれた。

『俺のセリフやろ』

そんなことを言うくせにまた封じられた唇は、何度も何度も求めるように甘く触れるばかりで。
それでもこの幸せなキスに心も体も甘く縛られて、大事な言葉はもう少しお預け。


Happy birthday!!  2014.5.9