不器用リーベ
『...えっ、ちょ、...な、何、』
今までふざけていた亮が、私の顔を見て言った。
あー、ヤバイ。やっちゃった。我慢する間もなかった。
溢れた涙を指先で拭うと、これでもかというくらい驚いた顔をしたまま亮が私を見ている。
『...意味、わからん、』
首を横に振った。わかんなくていい。わかって欲しくなんかないし。
戸惑ったような顔の亮が、いつになくじっと私を見ている。
数日前の放課後の教室で、男の子たちが集まって話していた。そこで、亮に好きな人がいることを知った。その上、乗せられて告白宣言。
動けないくらい動揺して、心臓がバクバクして、飛び出した学校の帰り道で泣いた。
ずっと好きだった。
亮は口は悪いしいつも私をからかうけれど、ふとした時に優しくて、素っ気ないけれど実は気を遣っていて、そんなところに触れる度に、密かに幸せな気持ちになっていた。
さっきたまたま自販機の前で亮に会って、午後の授業をサボろうと誘われた。こんなこと、初めてだ。だから何度も頷きたいのを我慢して「ジュース奢ってくれるなら」なんて可愛くない事を言ってしまった。
『#name1#の好きな奴って、どんなん?』
誰もいない音楽室に二人並んで座ったら、急に聞かれて驚いた。一度でも言ったことがあっただろうか。本人を目の前にして、いくらなんでもそんなことは言わないはずだ。
そう考えたら、私に興味があるわけではなく、きっと自分の恋の話を切り出すきっかけに過ぎないのだという結論に達した。
「...いる前提?」
『...居るやろ』
「なんで」
『...や、居るやろなぁ、思て、』
「...なにそれ」
笑って亮の肩に拳をぶつけたら、亮も笑った。片方の口の端を吊り上げて、ちょっと意地悪な顔になった亮が言った。
『上手くいってないから言わへんねや?』
...ムカつく。人の気も知らないで。
でも当たってるっちゃ当たってる。亮には言われたくない言葉だけれど。
でも知られたくない。動揺しているなんて気付かれたら、取り返しが付かない。
「...そうかもね」
『誰?』
「...言うわけないし」
『なんで?教えてや』
「無理」
『どうせ告る気とかないやろ?そんな度胸ないもんなぁ?』
...ほんと、わかってないなぁ。
睨むように亮を見れば、馬鹿にしたように笑って私を見ていた。
「...ないよ」
『...やっぱな!』
「うるさい」
『そんなんやからいつまでも彼氏出来ひんのちゃう?...ま、告っても上手くいくとは限らへんけどな』
そんなのわかってる。だからここまでずっと言わずに来たんじゃない。偉そうに言わないで。誰のことだと思ってんの。
我慢なんてする暇もないほどすぐに涙が零れ落ちた。
暫く黙ってじっと私を見ていた亮が急にそわそわと動き出したからちらりと目をやると、ズボンのポケットに手を突っ込んで、今度はケツポケに手を突っ込んでまた私を見た。
『...今日に限って持ってへんわ、』
「......なにを、」
『...ティッシュ、...とか、ハンカチ、』
「いつもは持ってんの?...意外」
『...持ってへんな、』
「...バカじゃない、」
ボソッと『...せやな』と漏らした亮を見てちょっと笑った。
...ほら、こういうとこが優しい。だからずっと好き。他の人なんか目に入らないくらい、私は不器用な優しさに弱い。
『......ごめん』
「......別に」
謝られるなんて予想外。何だか妙に涙を見せてしまったことが恥ずかしくなって、素っ気なく返事をした。
俯いて落ち着きなく鼻を触る亮を盗み見ると、何か言いたそうに口を開いては閉じるを何度か繰り返す。
「......何、」
『え!...や、』
「...なんか言いたそう」
『......や、大丈夫、...なんも、』
私を過剰に気付かういつもと違い過ぎる空気に居心地の悪さを感じて立ち上がる。すると、何故か妙に眉を下げ、捨てられた子犬みたいな顔をした亮が私を見上げた。その反応に驚いて目を丸くすると、すごい力で手首を握られた。
『あの、さ、』
「.......なに、」
『愛されるのも悪くないんちゃうの、』
「.......は、?」
そんな顔で急にそんなことを言うから怪訝な顔で首を傾げる。ますます手首を掴む手に力が入って顔を歪めると、亮が立ち上がった。
『女の子は、愛するより愛された方が幸せになんねんて、......せやから、』
なんで亮が私にそんなこと言うの。
それじゃあ私のこと、好きみたいじゃない。
『...俺が、...愛したってもええで、』
私を見つめていた目を逸らして顔を真っ赤にして俯いた亮の手が、手首から離れて私の手を握る。
何その言い方。偉そう。けど、握られた手が大きくて男らしくて、ずっと欲しかったその温もりに包まれて、出掛かった言葉は飲み込んだ。
『...そんなん、嘘、...好きやった、ずっと』
End.