detailed plan


午前0時30分。
孤独だ。孤独過ぎる。

「...はい、もしもし、」
『...え、...どうしたん、...おめでとー!とか言う雰囲気ちゃうのはなんで...?』
「...ドタキャン、」
『は?』
「香織たちにドタキャンされたー!」
『...まじか、...んふっ、』
「ちょっと!何笑ってんのよ!」

今日は誕生日だ。友達二人が来てくれて、部屋でパーティー。...のはずだったのに。二人が持って来てくれるはずだったから、ケーキもお酒すらもない。今から酒を買いに行くなんて、なんか悔しいから嫌だ。

『今仕事帰りやねん。ちょっと寄るわ』
「...え、」
『車やから切るで』
「...あ、すばる、」

すぐにプツリと音がして通話が途切れた。
嘘。今から来てくれるなんて、...彼氏みたい。なんてバカなことを考えて、一人赤面した。
けれど、嬉しいものは嬉しい。ドタキャンで、よかったかも。

20分程でインターホンが鳴った。
ドアを開けるとすぐに隙間から差し出されたシャンパン。

『おめでとう。おばちゃん』
「...ありがとう。さようなら」
『痛っ!なにすんねん!』

余計な事を言うからドアを閉めて手を挟んでやった。唇を尖らせて怒って見せても、内心嬉しすぎてニヤけそうだ。

自分でドアを引いて玄関に入ったすばるが、伺うようにちらりと私を見た。

『...上がってええの?いや、来たからには上がるけども』
「あ、どうぞ、」
『......お邪魔、します』
「...すばる、」
『あ?』
「...ありがとう、」
『......おめでとう』

目を合わせず無言で差し出された袋。シャンパンならさっき受け取った。

『ケーキ』
「あは、ありがと」

再び私から袋を奪い取ったすばるが『グラスと皿!』と言うから、用意してテーブルに置いた。

栓を抜いて注がれたシャンパン。
そして、小さな箱から取り出された、小さいけれどちゃんと丸いショートケーキにすばるがロウソクを立ててライターで火を点けた。

『おばちゃんかんぱーい!』
「.......ありがとう、」

そんなことを言われても、嬉しいものは嬉しい。二人で私の部屋に居るなんて、初めてだ。...そう言えば。

「...車、で来たんじゃないんだ?」
『車やで』
「...どうやって帰るの?」
『はぁ?今から帰れ言うんか!呼んどいて!』
「...呼んではいないけど、」
『お前の為に来たったんやろ!』
「...ですね、」

てことは、泊まるってことなんだ。
どうしよう。無駄に緊張して来た。

すばるは何でもない顔で、空になったグラスにシャンパンを注いでいる。それを横から盗み見ていたら、すばるが急に笑った。

『...お前、めっちゃ可哀想な奴やな』
「え?」
『誕生日にドタキャンて!』
「うるさいなー、」

可哀想なんかじゃないよ。
むしろ、幸せ者だと思う。
だって今こうして、一番祝って欲しかった人に祝ってもらえてるんだから。





点けていたテレビのチャンネルが、砂嵐になった。もう、いい時間だ。
チャンネルを変えて、つまらんと言ったすばるがテレビを消した。

「...ねぇ、...プレゼントは?」
『...ケーキとシャンパンやろ』
「...えー...」

思いの外静かになった部屋に、酔っていても緊張してしまってこんな言葉しか出て来ない。

『...明日、仕事なん?』
「休み。土曜日だし。...すばるは?」
『仕事』
「大丈夫なの?」
『おん』
「...そっか、」

また無言になって、何だか落ち着かない。けれど、こんなにドキドキしているのが私だけかと思うと、妙に恥ずかしくなる。

『どないしたん』

すばるが横目でちらりと私を見ていたから驚いた。どうしたって、なんだろう。

『酔うてんの?...顔真っ赤やんか、今日』

...それは多分あなたのせいです、とは言えない。気付かれてしまったのが恥ずかしくて「うそ、赤い?」と誤魔化して手で顔を覆った。

空になったグラスを片付けようと手を伸ばしたら、その手を掴まれたからドキッとした。すばるを見ると、やんわりと手を引いて離し、グラスに手を伸ばした。

『酔うてんのやろ?俺がやるわ』
「...あ、ありがとう。...流しに置いといて、」

グラスやボトルを置いて戻って来たすばるに、ありがとうと言ったら、ソファーに座ったから問い掛けた。

「...もう3時過ぎたね。...寝よっか、」
『んー、』
「ベッド、使う?私ソファーでも、」
『一緒にベッドでええんちゃう』
「...そう?」

ちらりとすばるを見て目が合うと、すばるが少し笑っていた。

「...何?」
『...や、何でもあれへん』
「...笑ったじゃん」
『もう寝るん?』
「まだ寝ないの?」
『...ええ時間やで』
「...だから寝るんでしょ」
『ちゃうわ。...程良く酔うてるし、ええんちゃうの』

すばるの真っ黒な目が私を捉えて、理解するより先にフローリングに背中が当たった。すばるに見下ろされて状況を理解すると、笑ったすばるがキスをした。

『まだ寝かさへんで』

嘘、...ちょっと、何?
なんて思っている間も事は進んでいる。舌が絡んで胸はすばるの手に包まれてやんわりと刺激される。

断るべきか、このままヤっちゃうのか、...なんて、酔っている今の私は勢いに任せるしかない。



『...お前、早いわ、っ』

びくりと跳ねた体を崩れ落ちないように、必死に手をついて体を支えるのが精一杯だ。腰は後ろからすばるに捕まれ支えられて、容赦無くぶつけられる。

愛の言葉なんて何もない。
けれど、私に触れるすばるの手が優しくて、それだけで愛されているような感覚に陥ってしまう。

さっきまで酔いが回ってフワフワしていた頭はもう現実味を取り戻していて、少しの後悔よりも歓喜が勝っていた。最初からそのつもりで家に来たんだとしても、私をその対象としてくれたのはやっぱり嬉しい。

急にすばるが私から出て行って、体を倒された。仰向けにされて何の躊躇いもなくすぐに挿し込まれ、初めからスピードを上げる。

『随分、余裕やなっ、』

首を横に振るけれど、ますます奥にぶつけられて言葉に出来ない。
余裕なんかじゃない。今はすばるを感じるのに精一杯で、後のことなんて何も考えられない。

また絶頂が近付いた体に手を這わされ高められる。乱暴に塞がれた唇は噛み付くように何度も角度を変えて、舌を絡められ息をする間も与えられない。
ふと唇が離れると、私を見つめたすばるが優しく髪を撫でた。今の行為に似つかわしくないその優しい手に違和感を覚えながら、お腹の奥から甘い痺れに襲われた。

律動を止めることなく奥を突かれて、無意識に逃げようとする体は押え付けられた。

『...ごめんな、っ...止まらんっ、』

顔を歪めながら私の腰を掴んだすばるが、荒い呼吸を繰り返し奥を貫く。意識を手放しそうな程強い快感に、すばるの両手を上から握った。片方の手が離れて逆に上から強く握り返されると、小さく声を漏らしたすばるに押し付けるように強く奥を突き上げられて、身体が波打つように跳ねた。

私の上に倒れ込んだすばるが、首元に顔を埋め荒い呼吸を繰り返しながら喉を鳴らして唾を飲む。
背中に回された腕の意味は、なんだろう。
何も言わないすばるに、何も聞くことが出来ないまま、逃げるように目を閉じた。



ガチャリと玄関のドアが閉まる音で薄く目を開けた。時間はわからない。けれど窓の外は薄暗いから、まだ明け方なんだろう。
隣を確認しなくたって、すばるがいないことくらいわかる。

“ 愛してんで ”

胸が締め付けられるようにきゅっと痛んだから、たった今見ていた幸せな夢から一気に現実に引き戻された。
抱き締められて愛を囁かれたその夢の続きを、もう一度見させてと願って目を閉じた。








パチリと目を覚まして部屋を見回した。時間はもう既に午後0時だ。
一度目を覚ました時と変わらない薄暗さに違和感を覚えたけれど、雨音が聞こえてすぐに納得した。

視界に入った携帯のランプが点滅している。手に取ってメール画面を開くと、すばるの名前が表示されていたからドキッとした。

“勢いだった”
“酔ってたから”
そんな決定的な言葉がここに書かれているかもしれないと思うと、開くのを躊躇った。
恐る恐る画面に触れると、予想外の言葉が並んでいた。

“ 仕事なので出ます。
 鍵借りました。俺が持ってます。
 今日は外出られへんな。
 起きたら電話ください。”

肩の力が抜けて息をついた。
メールの受信時刻は9時で、行為が終わってすぐに出て行ったわけではなかったことに、少しだけ安心していた。
けれど、このメールにどんな意味があるのか。仕事が終わってから家に来るんだろうか。...何をしに?またセックスすることになるのか、それともやっぱり言い訳をしに来るんだろうか。

突然鳴った着信音にびくりと肩が揺れた。表示された名前を見て震える手で通話ボタンを押す。

『電話しろ言うたやろ』
「...ごめん、...今起きた、」
『...そうなん、』
「...うん、」

沈黙が流れて妙に手持ち無沙汰になって、シーツの中で膝を抱えた。すばるが息を吸い込む音に、鼓動が早くなる。

『... あのー、...』
「...なに、」
『...忘れてきてんけど』
「...なにを、」
『指輪、置きっぱなしやった。...テーブルに』

ベッドから出てリビングへ向かった。テーブルのど真ん中に置かれたそれを見つけて、すばるに「あった」と返す。
けれど、違和感を感じてそれに手を伸ばした。

『ほんなら、預かっといて』
「......すばる」
『終わったら、寄るわ』
「...すばるの指輪、...じゃないよね、?」
『俺のやで。当たり前やろ』
「...こんな細いの、入るの、?」
『意外と入るんちゃう?...無理やったら、...やるわ。#name1#に』

一週間程前に香織に会ったあの時に
『これ可愛くない?つけてみて!』
と、無理矢理いくつかの指輪を薬指に嵌めさせられたことを思い出しながら、指を通した。
勿論、あの時と同じ、その指に。

「...ぴったり、だよ」
『...ほんなら、やる』
「......すばる」
『付けて待っとって。引き取り、行くわ』

もう一度名前を呼んだけれど、ぷつりと通話が途切れた。

聞きたいことがいっぱいあったのに、何も聞けなかった。
香織たちが来なかったの、なんで?
なんでタイミングよく電話掛けてきたの?
あんな深夜にどこでケーキ買って来たの?
...私のこと、好きなの?

聞けなかったのは、電話を切られたからじゃない。胸がいっぱいで、言葉なんて出て来なかった。
夢の中で聞いた、幸せすぎるの言葉を現実に聞くことになるのは、あと数時間後のこと。そしてその言葉が2度目であることを知るのも、もう少し先の話。


End .