サッカー・パンチ!


「...きゃぁぁ!っ、...」
『そんな声出すんやったらこんな時間に一人で歩くなボケぇ!』

信ちゃんの家へ向かう途中、後ろから肩を掴まれたから思わず声を上げた。
口を塞がれ慌てた顔で私を覗き込んだ信ちゃんにふっと力が抜けると、信ちゃんが手を離して頭を下げる。

『すんません!ツレなんですわ!ほんますんません!ちょっと脅かしてもうて!』
「...あ、すみません、...大声出して、」

玄関から出て来てしまった近所の人に二人で深々と頭を下げた。ドアが閉まる音がして顔を上げると、同時に顔を上げた信ちゃんは鬼のような形相で私を見ていた。

「......ご、ごめんなさい、」
『あんな声出すんやったらこんな時間に一人で歩くなや!』
「...それ、さっきも聞いた、」
『あ?』

なんて言ったかわからないけど、小さく口を動かしてなんか暴言を吐いたようにも見えた。
...こわい!折角会いに来たのに。クリスマスに会えなかったし、『家に来て』とか言うのもなんか申し訳ないから自分から内緒で会いに来たのに。

突然、ちょっと乱暴に手を掴まれて引かれると、歩きながら指が絡んだ。びっくりして信ちゃんを見たら、少し顔は険しいものの鬼ではなくなっていた。

「ごめん、ね」
『おう』

低めの声でサラッと返事をしてマンションに入ると、エレベーターの中でちらりと横目で私を見る。けれど何も言わないままエレベーターを降りて、部屋に押し込まれた。

豪快に服を脱ぎ始めた信ちゃんをチラ見してキッチンへ向かう。コーヒーを淹れようとお湯を沸かし始めると、パンツ一枚で部屋から出て来た信ちゃんが私を指さした。

『10分!飲まんと待っとけ!』

聞き返す間もなくシャワーへ向かった信ちゃんを見送って首を傾げた。
手持ち無沙汰で何となく冷蔵庫を開けて目を丸くした。クリスマスカラーの袋に入ったシャンパンが入っていたから。
冷蔵庫を閉めて、誰が見ているわけではないけれど緩む口元を手で隠す。

多分10分も経っていない。バスルームのドアの音がした。
いつもシャワーは早い方だけれど、こんなに早いことはない。急いでくれている姿を想像して少し笑った。

『どや!10分やろ!なぁ?』
「見てなかったからわかんない」

舌打ちしてわざと睨むように私を見た信ちゃんに笑顔を向けると、私をじっと見たまま言った。

『...見やがったな?コラ 』
「見ちゃった。ごめん」
『ほんっまお前は、』

ブツブツ言いながら髪をわしゃわしゃとタオルで拭いて、ソファーにタオルを投げ棄てた信ちゃんが冷蔵庫からシャンパンを出して私に差し出した。

『...すまんな。俺が行ったったら良かったんやけどな』

予想外の言葉に驚いてシャンパンを受け取る前に止まった。

「...全然、大丈夫、」
『おかげで痴漢扱いやけどな』
「...ごめんって」

ふっと笑って私に差し出したシャンパンを引っ込めた信ちゃんが、シャンパンを開けた。
グラスに注がれていくそれを眺めていると、舌打ちが聞こえたから視線を上げた。

『...なんっや、もっと上手いことやらなあかんなぁ』

...何をだろう。シャンパンのこと?
それだったら「まずそれ、冷蔵庫に隠さないことだね」なんて言おうとしたその瞬間。私の膝に飛んで来て、転がり落ちかけた何かを慌てて手繰り寄せる。

「...なに、これ...」
『はぁ?今更なんやねん』

どっからどう見てもアクセサリーが入っていそうな黒い箱を、ただ呆然と見つめた。

『はよ持てや』

無理矢理グラスを握らされて、乾杯、と軽くグラスをぶつけられる。
中身がシャンパンとは思えない程豪快にグラスを傾けた信ちゃんを見て、持たされたグラスをテーブルに置いた。

「...ばか?」
『...はぁ?』
「...信ちゃん、」
『なんやねんな』
「...私が見たのは、シャンパンだよ、」

口を開けて目を丸くした信ちゃんが私を見たあと、乱暴に頭を掻き乱してグラスの中身を飲み干した。

『...それをはよ言うてくれよ、』

グラスを置いた信ちゃんにぶつかるように抱き着いた。胸に顔を押し付けて、感動で溢れそうな涙を必死で押し込める。

「......信ちゃん、」
『...なんや』
「................、」
『俺も好きやで』
「......まだなんも言ってない、」
『聞こえた』

やっぱり信ちゃんは大人だ。
言葉がなくてもわかってくれるとこも、サプライズを自分から台無しにしちゃうとこも、でも結局失敗してもサプライズになっちゃうとこも、全部大好き。

『...#name1#』
「...なに」
『来年もよろしく頼んますー』
「...信ちゃん、」
『んー』
「......ありがとう、」

私にくれたはずのプレゼントの包装を、ガサガサと乱暴に破り捨てて出て来たシルバーのネックレスは、信ちゃんから無理矢理引き剥がされた私の首元に光った。

またすぐに頭を引き寄せられて信ちゃんの胸にくっつくと、私の頭を撫でる大きな手の優しさに、耐えていた涙がいよいよ零れた。


End.