遣らずの雪


次第に耳に入ってきた音で、徐々に覚醒されていく。重い瞼を上げ周りを見渡すと、音の正体は隆平の携帯のアラームであることがわかった。

起き上がって隆平の向こう側にある携帯に手を伸ばすと、素肌の腕と腕が触れた。
んー、と唸った隆平は、私が抱き着いたと勘違いしたのか私の首に腕を回してベッドに戻された。

とりあえずアラームを、と抵抗を試みるも、何だかすごく穏やかな顔をしたまま隆平が抱き締めて阻止する。
そんな格闘をしているうちにアラーム音が止んだ。

抱き締められたまま体を揺すって呼び掛けるけれど、どんな夢を見ているのか、ちょっと笑ったまままだ目を覚まさない。
顔だけを動かして時計を確認すると、午前一時を回っていた。

久し振りに会ってまだ数時間。
セックスをする前に
『明日朝早いねん。#name1#が寝たら帰るから、ゆっくり寝ててな』
と言ってくれていたけれど。
12月になってから年末に向けて本当に忙しそうだったし、ここに来る数時間も家に居ればもっとゆっくり出来たんだろうと思うと、何だか申し訳ない。

「...隆平、アラームなってたよ。起きて」
『...ん、』
「隆平」
『んー、...え、』
「アラーム。鳴ってたよ」
『...あぁ、...ごめん、...』

なかなか這い上がって来れない隆平が、いつもより掠れた声で目も開けず私に言う。
そうしているうちにスヌーズ機能で再びアラームが鳴り出した。

『...#name1#、...止めて、』
「そっちだよ」
『...えぇ?...なん、...どこ、?』
「そっち!」

隆平の腕の中から抜け出して、隆平の上からやっとの思いで携帯を掴むと、むふふ、と笑っている。

『...めっちゃおっぱい当たってる...』

呑気に笑っている隆平に携帯を渡すと、薄く目を開けて時間を確認した。

『...え、...夜や...』
「...帰るんでしょ?」
『...あー...そうやった...、あー#name1#、ごめんなぁ、...起こしてもうた、』
「...それは大丈夫、」

また目を閉じて俯せになり、枕に顔を埋めて唸っている隆平を見たら、何だか切なくなった。
もぞもぞと布団の中で動いてちらりと私を見ると、引き寄せて抱き締める。

『...寒いなぁ。...帰りたくないわぁ、』
「...でも早いしさ。ね 」
『...んー...』

諦めたように目を開けた隆平が啄むようにキスを落としながら、徐々に腕に力を込めた。

『...しゃあない。帰るわ』

私が頷くと、もう一度軽くキスを落とし頭を撫でて隆平が起き上がった。
ベッドの下に落ちた服を拾い上げて袖を通しながら振り返る。

『次は来年...やなぁ、』
「そだね。頑張ってね」
『...ん。#name1#は風邪引かんようにな?』
「うん」

寂しい。寂しいけれど、活躍するのは勿論嬉しい。鼻が高い。誰にも言えないけれど、それでも誇らしいことに変わりはないんだ。

ベッドから出て部屋着に着替える。せめて玄関まで。もう少し一緒に。

『寝たらええのに。...起こしたん俺やねんけど、』
「大丈夫ー。玄関まで」
『ふふっ』

嬉しそうに笑いながら私の手を取った隆平は、指を絡めたまま手を引いて玄関へ向かった。
するりと手が離れて靴を履く隆平の後ろ姿を眺めていたら、息苦しいような何とも言えない感情に支配されていた。
立ち上がった隆平が振り返って頭を撫でられると、ゆっくりと引き寄せられ唇を合わせた。

『2013年、キス納め、やな』

隆平が笑ってもう一度頭を撫でる。
その手が離れて手を振るとドアノブを掴んだ。笑顔を向けて手を振り返すと、ドアの外を見た隆平が目を丸くする。

『...雪、...むっちゃ雪や、』
「え、」
『...うわー、』

玄関の中から暫く外を見つめたままでいた隆平がふっと笑う。

『遣らずの雨、みたいやな。遣らずの雪』
「...うん」
『きっとさ、アレちゃう?神様がさ、帰らんでええよー、...言うてるんちゃうかな』

少し期待をしながら隆平を見た。
外に向いていた目は私を写して、ドアがパタンと音を立てた。

『キス納め、もうちょい先でもええやんな?』
「...勿論、いいよ」

慌てるように靴を脱いで、隆平が私に抱き着く。絡み付くようなキスをしながら壁に押し付けられて、思いも寄らず朝まで延長された二人の時間に、今年一番の幸せを噛み締めた。


End.