Fever Love Potion


頭が重い。腰が痛い。
寒い。なのに、顔が熱い。
久しぶりの感覚だ。

いつもより少し早く帰宅した。
本当は、残った仕事はその日に終わらせる主義だけれど、今日はどうしても体が言う事を聞いてくれないから。
足が地についていない感じで、やっとのことで部屋の前に辿り着いた。

『...おかえり』

電気消し忘れたかな、なんて思ったら、部屋の奥から聞こえて来た声にほんの少しだけ足が軽くなった気がした。

「ただいま。びっくりした」
『早いやん』
「うん、」

ゲーム機に目を向けたまま言った侯隆に、なんとなく気付かれたくなくてすぐに寝室に向かった。着替えをしてお風呂、と思ったけれど、入っている余裕はなさそうだから困った。
とりあえず顔は洗おう。もう若くないし肌に良くない。なんて、何だかどうでもいいことばかり頭に浮かんでくる。熱で思考回路がおかしくなっているのかもしれない。

メイクを落として顔を上げると、鏡越しに侯隆が見えたからびくっとして振り返った。

「...び、っくりした、...」
『風邪引いたんちゃうの』
「...え?」
『ふらっふらやん』
「...そう?」
『とりあえずはよ座れや』

苛ついたように言われて背を向けた侯隆に続いてリビングのソファーに腰を下ろした。ちらりと横目で私を見て、少しひんやりとした手でオデコをべしっと叩かれる。

『何隠そうとしてんねん』
「...そういうわけじゃないけど、」
『しとったやん!そんぐらいわかるわ!』
「...だって、」
『...ええわ、...はよ寝よ』

珍しく手を引かれて立たされると、体を支えるように隣に並んだ。
そんなことしてくれなくたって大丈夫なのに。けど、こんなに心配してるみたいな侯隆はなかなか貴重だからされるがままにしておく。

「久し振りなのに、できなくてごめんね」
『...な、何言うとんねん』

ベッドに転がって、シたかったかなーと思って謝ったら顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。

『俺、明日昼過ぎに出掛けるで』
「うん。また来る?」
『...わからん』

顔を見られないまま抱き寄せられて、その腕の中の心地良さにすぐに眠りに落ちた。


カーテンから漏れる光に目を覚ますと、隣の侯隆はいない。今が何時かはわからないけれど、そう言えば出掛けると言っていたな、と思い出した。
目を開けただけでわかる。熱は下がっていないみたいだ。今日は休みだしもう少し寝ていよう。
瞼が自然と落ちて、すぐに眠りに引き戻された。


寝返りを打つと、何かにぶつかった。ゆっくり目を開ければ、隣に侯隆が座っていた。時計を確認したら昼前だ。

『起きたん?』
「...あれ、まだ準備しなくていいの?」
『...とりあえず、飲んどき。食ってから』

薬局の名前が入ったビニールの中に、薬とゼリー。ありがとう、と呟やいたけれど、返事は返ってこなかった。

「けどね、眠いから起きてからにする」

そう言ったら隣に座ったまま、ポンポンと頭に手を置いて、またゲーム機に目を戻した。いつもより優しいから笑いながら侯隆の足をぎゅっと抱き締め顔を埋めると、やめろや、と少し笑った。



「...あ、...え?」

次に目が覚めたときは、隣で座ったまま侯隆が眠っていた。抱いていたはずの侯隆の足から手は離れ、その手を侯隆が握っている。
時計を確認すると、もう夕方だ。

「...起きて」
『......なん、』
「もう夕方だよ!」
『...おん、...はよ薬飲んどき』
「出掛けるんじゃなかったの?」

一度目を開けた侯隆が、またゆっくりと目を閉じてもぞもぞと布団の中に入って来る。そのまま私の腰に手を回すと、いつもよりゆったりとした眠たそうな口調で言った。

『...そんな大事な用ちゃうもん』
「...え、」
『わざわざ一人にする理由、ないやろ』

目を閉じている侯隆を見つめた。
いつもなら照れるような台詞を、頬を染めることなく言ってのけた侯隆は、もう既に夢の中に戻っていったみたいだ。

今まで知らなかった優しさをまたひとつ知って、どうしようもなく胸が熱くなる。

「...薬、飲みに行けないよ、」

しっかりと腰に回された腕で固定されているから、薬は諦めた。
もう節々は痛くない。多分熱は下がっているはず。
けれどこのままもう少し病人扱いも悪くないな、なんて思いながら侯隆の背中に腕を回して抱き着いた。

『......心配やもん、...行かせへん、...』
「...何言ってんの、」

ますます腰に回された手が私をぎゅっと締め付け、また熱が上がってしまいそう。
寝ぼけてるのか夢を見ているのか。
夢の中ではとても素直らしい彼の寝言に笑いながら、風邪がうつらないように軽く触れるだけのキスをした。


End.