obtain you!!


『いらっしゃいませ』
「久しぶり」
『おう。久しぶりやな』

一人でカウンターに座ってカクテルを頼むと、シェイカーを振る亮を盗み見るように一瞬だけ目をやった。
やっと会えた、なんて思って口元が緩んだから手の甲をあて隠す。

『お待たせしました』
「ありがと」
『1ヶ月ぶりくらい?』
「...1ヶ月半くらい、かな」
『一人で来るって珍しない?』
「...そうかも」

ずっと会いたくて、でも頻繁に通う勇気もなくて、それでもどうしようもなく会いたくなったから来た。...なんて、言えるわけがない。
1ヶ月半前まで、彼とここに通っていたんだから。

偶然だった。彼とこの店に通っていたら、ある日突然、亮がここで働き初めて再会した。
学生時代、亮に恋をしていた。だから亮と再会して、少し会話するうちに次第に当時の想いが蘇ってきた。

『今日は一人で飲みたい気分なんや?』
「...別にそういうわけじゃないけど」
『...そ。ごゆっくり』

何だか、うまく話せない。緊張している。せっかく会えたのに、勿体無い。

『お兄さん。お仕事終わったらさ、飲みに行かない?』

店に来て暫く経ってから、あちら側のカウンターの女性が亮に話し掛ける声が聞こえて動揺した。
...そんな。嫌だ。断って。お願い。

『すんません。ここ、お客さんに手ぇ出すの禁止なんすよ。ホストみたいなこと言うでしょ』

冗談を付け加えて笑った亮は、多分誘われ慣れているんだと思う。
本当に禁止されているのかはわからないけれど、断ったのを見てとりあえず安心した。
そんな亮を見ていたら、目が合ってしまったからドキリとした。

『なんか飲む?』
「...あ、うん、...まかせる、」

かしこまりました、と言った亮に今度は視線を向けられなかった。
ずっと見てたの、バレてないかな。あの会話を聞いていたのも、なんとなく気まずい。

『お待たせしました』
「...これ、」
『サービス』
「...ありがとう、」

カクテルと一緒に目の前に置かれた野菜スティックを手に取りながら、さっき亮が言った言葉を思い返していた。

“ お客さんに手ぇ出すの禁止なんすよ ”

それはつまり、私も同じということで。何となく、こうやって話していることさえ気が引けてきた。

『何かあったん?』

顔を上げたら、グラスを拭いている亮の目が少しだけ私を見てまたグラスに戻った。

「...なんも」
『全然喋らんやん、今日』

そう言われると、返答に困る。
緊張しちゃって、とか、さっきの話聞こえたから、とか言えないし。

『彼氏と喧嘩でもした?』
「...してないよ。...ていうか、...別れた」
『...あ、そうなん、』

気まずそうに眉を下げて笑った亮が、しばらく間を置いてからふっと息を零して笑って言った。

『...自棄酒や?』
「違うし」

違う。だって、フったのは私の方だ。しかも、1ヶ月も前に。
もうとっくに気持ちが切り替わっている。別れる前から、亮に向いてしまっていたんだから。

店の奥からもう一人のバーテンが出て来て、亮と話している。頷いた亮が、私に『ごゆっくり』と言って奥に入って行った。
...もう少し、話したかったな。

『話してたのにすんませんねー』
「あ、大丈夫ですよ」
『今日はお一人なんすね』
「...みんなそこ突っ込むんだ、」
『んふふ、あいつも?...そうなんや』

この人もそうだけど、カッコイイ店員さんばっかりだな。
店内を見回していると、私を見てバーテンのお兄さんがニコニコしていたから首を傾げた。

『...失礼ですけど、...もしかして、彼氏さん、』
「あぁ、別れました!」
『...あ、そうなんやぁ』

言葉の割ににこやかにシェイカーを振っているから、何だか不思議。

アルコールが回ってきて、頬が熱を持っている気がしたから、メイクを直すためにトイレに向かった。
するとトイレの前の細い通路を、ビールのケースを持った亮が歩いて来た。

『酔うた?大丈夫?』
「うん。大丈夫」
『一人で帰れる?』
「うん。そこまで酔ってないし!」
『少し待っててくれたら送ってけるんやけど』

変な間を作ってしまった。
一緒に帰りたい。...けど、じゃあ送って、がなかなか言えない。
そんな私の口元で亮の視線が止まった。じっと見つめて、ちらっと目を合わせる。

「...なに、」
『ごめん。俺、今手ぇ塞がってんねん』
「え?」

亮の顔が近付いて来たと思ったら、私の口元を亮の舌が舐め上げた。驚いて後ろに下がると、亮が笑った。

『...グロス、ちょっとはみ出しててん』
「...あ、うん、」

何、今の。目が合わせられない。
あんな、キスみたいなこと。

亮が少し笑った気がしてちらりと目を向けると、亮がケースを置いてすぐそこの裏口の扉に手を掛け、私の手をいきなり引っ張り外へ出た。

壁に押し付けられて驚いて目を丸くする。心臓が煩い。

『...俺な、今日#name1#が一人で来た時から、...期待してんねんけど』
「......え、」
『しかもさぁ、別れたとか言うから、めっちゃ期待してもうてんねんけど』

その言葉に私が期待させられる。
私を見つめる亮の目が細められて顔が傾けられると、今度は本当にキスをした。

『...嫌?』

唇が触れる距離で亮が言ったから、首を横に振った。するとそのまま頭に手を添えられ、もう一度唇が重る。

『...よかった』

さっきとは別人みたいな情けない声を出すから、思わず笑った。

『なに笑ろてんねん』
「...や、」
『こっちはめっちゃ緊張しとんねん』
「...ごめん、」
『......今日、俺んち来るなら、許したってもええよ、』

弱い口調の割に有無を言わせない態度は、昔から変わってない。けれど、拗ねたみたいなその顔が愛しくて頷くと、子供のように嬉しそうに笑って私を抱きしめた。


End.