指先に絡む糸



忠義とは小学校からの腐れ縁だ。小5で近所に引っ越してきた忠義と、小5から高2の今まで、とにかくずーっと同じクラスで来ている。
もう、友達というより、親友の域で。

忠義に彼女が出来ると、ちょっとへこむ。一人で帰らなきゃいけなくなっちゃう。つまんないな、寂しい。
その感情が少しずつ変化してきたのに気付いたのは、もう2年も前。

昨日、忠義の彼女が忠義じゃない男と腕を組んで歩いているのを見た。自分が浮気されていたみたいに、ドキドキして、ショックで泣いた。

「...昨日、彼女と一緒じゃなかったんだね。帰り、...見掛けたから」

忠義は気付いているんだろうか。
探りを入れようと始めた会話は、忠義の鋭い視線で中断した。

『...で、何が言いたいん?』
「...別に。いつも一緒に帰ってたから、」
『...知ってるで。そんなビクビクしながら聞かんでも、知ってる。浮気のこと』

忠義は笑っていた。寂しい、とも違う。怒り、でもない。何とも言えない表情だった。

「...いいの?」
『いいわけないやん』
「...許すの?」
『...どうしたらええと思う?#name1#は』

相談に乗っているのは私なのに、私が話を聞いてもらっていると錯覚する程の、優しい微笑みだった。

「...好きなら、頑張るしかないよ」
『......んは、そらそやな』
「...忠義、」
『...んー...?』
「...幸せにね」
『......おん』

なんであんなことを言ってしまったんだろう。1時間程経った頃には、後悔でいっぱいになっていた。
別れちゃえば、なんて、言えなかった。だって、あんなに優しい顔をするんだもん。

『#name1#は?...好きな人、居るんやろ?』
「え、...なんで?」
『...わかるわ。いつも彼氏出来る前と同じ顔してるし』
「...何それ」
『俺にはわかるのー!』

恋人として言われるセリフだったら、どんなに良かっただろう。これだけ私のことを知ってくれているのに、私の本心だけは見せることが出来ない。


『...どうしても、諦められなくて、』

何だか自分を見てるみたいだな...なんて、他人事のように目の前の高橋くんを見ていた。

『...やっぱり、ダメ?』
「...あー、そ、」
『あ!あ、...じゃあ、今日!一回だけ、一緒に帰りませんか、』

...なんて健気なんだろう。
一年前にフった私を未だに好きでいてくれて、しかもお願いが“一緒に帰ろう”だなんて。
断るなんて出来なかった。思わせ振りはよくないから、帰るだけね、と念を押したけれど、それでも嬉しそうに笑っていたから苦笑いしてしまった。

『#name1#ー、今から買い物付き合うてや』
「...彼女は?」
『...あー、今日は、』
「...ごめん、もう約束しちゃった」
『えー、まじで』
「明日ならいいよ」

拗ねた顔をした忠義の背中をバシッと叩いてバイバイと言って教室を出た。
なんとなく、見られたくなかった。だから高橋くんの教室へわざわざ迎えに行って、急いで学校を後にした。

本当に一緒に帰っただけだ。というより、送ってもらっただけ。
申し訳ない気持ちもあったけれど、もう一度、念を押すように断りを入れた。
高橋くんの背中を見送っていると、忠義が角から曲がって来て高橋くんとすれ違う。

忠義の目が私を捉えて目を丸くした。
...あーあ、見られちゃった。

『...約束って、あれ?』
「...うん」
『...なんで?去年やったっけ?フったんちゃうの?』
「...まぁ、」

ちょっと不機嫌そうな顔をした忠義から目を逸らした。多分、ちゃんと理由を言わずに忠義の誘いを断ったせい。
「...隠してたんじゃないよ?」
『...肉まん食いたい。寄ってこ』

至って普通に忠義が言った。だから、頷いてコンビニに寄って近くの公園でブランコに座る。
無言なんて結構あるけれど、今この沈黙を気まずいと思うのは、私の心が乱れているからだ。

『また告られたん?』

大きな口で肉まんを頬張りながら聞いて来た忠義に、少し動揺しながら頷いた。

『なんて?』
「...諦められないって」
『...んふ、やっぱり。たまにな、見てたもんあいつ。#name1#のこと』
「...知らなかった」
『鈍感やもんなぁ』

バカにしたように豪快に笑う忠義を睨み付けると、笑いを堪えて聞いた。

『...んで、一緒に帰って、...どうするつもりなん?』

さっきから、ずっと考えていた。
私に彼氏が出来たら、忠義はどんな顔をするんだろう。笑っておめでとう、なんて言われるんだろうか。

「...付き合ってみても、いいかな、」
『...は、...ほんまに?』

どんな顔をするか見たかったのに、顔が上げられない。それっきり沈黙になってしまったから恐る恐るちらりと忠義を見た。
笑っていたらどうしようと思ったけれど、笑ってなかった。笑っておめでとうと言われるよりも、はるかに複雑な気持ちになった。苦しそうな顔をしていたから。

『...なんで?』
「...え、」
『好きな人って俺やろ?...俺ちゃうの?...なんでちゃうねん、...一番一緒に居るの、...断トツ俺やろ?』

意味を理解しようと、上手く働かない頭をフル稼働させていると、ブランコの鎖を握る私の手を忠義が掴んだ。
握り締められた手首が痛い。

『...なぁ、あいつと付き合うん?...俺は?...俺、どうすればええねん、』
「...痛いよ、忠義、」

手を掴んだまま立ち上がった忠義が、屈んで私に唇を押し付けた。驚いて肩を押すと、握られていた手首から手が離れた。

「...彼女いるくせに、そういうこと、しないでよ...」
『居れへんし』
「は?」
『とっくに別れたし』
「...なんで、言わないの、」
『...彼女出来ると寂しそうにするし、俺のこと好きなんちゃうか思うやん...。やのになんで頑張れとか言うねん!...どうしたらええねん、』

忠義が泣きそうだ。私を見つめた瞳は揺れていて、さっきより優しく私の手を握った忠義の手は震えている。

『あいつが好きなん?』
「...ううん、」
『...俺より好きなん?』
「...だから、違うって、」
『俺は好きやで。ずっと前から、』
「...彼女、いたくせに、」

思わず涙が零れ落ちた。
狡い。忠義、ずるいよ。
...なんて、私だって同じだった。ずっと忠義を見ながら、他の誰かと付き合っていたんだから。

『...やってさぁ、全然ヤキモチ妬いてくれへんやん、』
「...そっちこそ、妬いてくれないじゃない、」

驚いたように目を大きくして私を見た忠義がふにゃりと笑った。
恥ずかしくて俯いたら頭をポンポンと撫でられ、顔を上げると同時にブランコに座る私の腰に腕を回して忠義が抱き着いた。

「...膝、汚れるよ、」
『かまへん』
「...おっぱいに顔埋めないで」
『埋まるほどあれへん』
「...むかつく」

私の胸元で笑う忠義があまりに嬉しそうに笑うから、今までの想いを全て一緒に、忠義の背中をきつく抱き締めた。


End.