シークレットエスケープ


握り締めた拳は口元に当てている。
涼しくなるどころか、寒い。

宅飲みで10人も集まった狭い部屋に、やけに古いエアコン。暑い暑いと言って始まったのが、怪談話。
すごく盛り上がっているから、言えなかったけど。こういうの...大っ嫌いなんですけど!
小さい頃から怖がりで、お化け屋敷で泣きわめいて非常口から出されたことがあるくらい苦手。

みんななんでそんな顔して聞いてられるの。なんでそんなに笑いながら『怖い!』って言ってられるの。
無理無理。逃げ出したい。

『...#name1#、大丈夫?』

さっきトイレに行くと言って部屋を出た章ちゃんが、急に耳元で声を掛けるからビクッと肩が揺れた。
私の怯えっぷりに逆に驚いたらしい章ちゃんが、目を丸くして私を見た後に笑う。

私の隣に来て腰を下ろし、右腕にぴったりとくっついた章ちゃんの左腕。章ちゃんは何も言わずに前を向いて、今話している友達の声に耳を傾けている。
今度は違う意味でドキドキしている。触れている腕が熱くて、さっきから章ちゃんの横顔ばかり見つめてしまう。私の視線に気付いた章ちゃんが、私に微笑んでまた視線を戻した。

キリのいいところで、お酒がもうなくなるから買い出しに行こうと友人が言い出した。

『俺、行ってくるわ』

手を挙げたのは章ちゃんで、すぐにその目が隣りの私に向けられた。

『密かに#name1#がさっきからむっっっちゃ怖がってるから、連れてくな』

みんなに笑われているけれど、そんなことはどうだってよかった。章ちゃんの気遣いが嬉しくて、緩みそうな口元を掌で覆った。
部屋の主に買い物リストを渡され外に出ると、章ちゃんが笑いながら振り返る。

『#name1#、俺が話し掛けた時めっちゃビビってたやろ!』
「...だって、急に居るからー」
『向かいで見てたら#name1#、ずっと固まってんねんもん!』
「...すっごい苦手なの」

コンビニで買い物を済ませて外に出ると、目指す方向が住宅街なだけに、行きよりも大分辺りが暗く感じて身震いした。
そわそわしながら必要以上に辺りを見回していると、少し前を歩く章ちゃんが振り返った。

『...もしかして、怖い?』

苦笑いした私を見て含み笑いした章ちゃんが『大丈夫やって!』と少し大きな声で言った。

「...ていうかさ、今からまたこんなに飲める?」
『めっちゃ買わされたもんなぁ。後で金くれるんかなぁ』

私の様子を伺うようにまた振り返った章ちゃんと目が合うと、すぐに前を向いて手が後ろへ差し出された。

...なに、この手。
手、繋いでくれるってこと?
私が怖がってるから?
ちょっと待って、...どうしよう!
手汗、気になるな...。

でも、こんなチャンス、きっと二度とない。だから躊躇いながらもゆっくりと手を伸ばして章ちゃんの手を遠慮がちに握った。
すると、章ちゃんが凄い勢いで振り返って、驚いたように見開かれた目が、じっと私を見つめた。

『...袋、...重いん、ちゃうかな、って...』

自分の勘違いに気付き、赤面して手を離した。恥ずかし過ぎる。どうしよう。バカみたい。ほんっと、バカ。

『...そんな怖い?ええよ。袋持ってくれるなら』

すぐにふふっと笑った章ちゃんが、離した私の手を取り握って歩き出した。
こんな恥ずかしいこと、人生できっと初めてだ。でも、恥ずかしさに負けないくらい嬉しい。
少し前にいた章ちゃんが今は隣に並んでいて、私の顔を一度覗き込んでから空を見上げ唇が弧を描いた。

『#name1#めっちゃかわいー!』
「...バカにしてるでしょ...」
『してへんてぇ!めっっちゃテンション上がった!』
「...何それ、」
『...なぁ、このままさ、戻らんと二人で居るとか、無し?』

悪戯っ子みたいに笑う章ちゃんを驚いて見つめた。さっきよりぎゅっと力を込めて握られた手を、強めに引かれる。

「...なんで、」
『...なんでやろうなぁ?』

完全に私の反応を楽しんでいるみたいな章ちゃんを睨んでから目を逸らした。

『あは、ごめんー!』

逸らした顔を覗き込むようにして目を合わせた章ちゃんが、優しく微笑んで唇を押し付けた。
俯いて笑う章ちゃんの照れ臭そうな顔を見ながら顔に熱が集まる。

『...ずっと、好きやったから、かな』


End.