「お見合い?」

 すれ違う誰もが振り返るであろう、白く透けるような髪に青い瞳。呪術界最強の男が目を丸くし驚く姿はそうそうお目にかかれないだろう。

「だから、何回言わせるんですか」

 しつこいです、と眉間の皺がグッと寄るのを隠しもせず表した。このやりとり、何回目だろうか。


「…え、ナマエお見合いすんの?」
「だから、」











 呪術師の世界は特殊だ。未だにカビが生えたような古臭い習慣や考えが染み付いていて、自分達の子供を家の為に無理矢理結婚させるなんて当たり前のようにある。
 きっと目の前の男なんて余計にそういった、本人達の意思などまるで無視した面倒な事が多そうなのに、「お見合い」というワードを私が出した途端、これでもかというほど目を見開いて驚いている様子だったので(サングラスをしていたけれど)、こちらがひっくり返りそうになった。

「別にこの世界、お見合いなんて珍しいものじゃないでしょう」
「え、まじでお見合いすんの」
「しつこっ、理解力どこかに落としてきたんですか」
「ナマエが…お見合い…」

 何度も繰り返されるお見合いという言葉と成立しない会話にいい加減うんざりして、先程入れたコーヒーを手に取った。無視だ、無視。


 別に私だって望んでお見合いなんてする訳じゃない。ただ、家のことを考えればどこかの呪術師の家と結婚して子供を産んだ方がいいというのは分かっている。
 でも私は今も昔も変わらず、目の前の男しか見ていないので、仮に別の人と結婚しても愛のある家庭は築けそうもない。生憎、呪術界最強の男は私の事などただの愛想の無い後輩としか思っていないので、このまま私の拗らせた長年の想いが実る事は1ミリも無いだろう。明るそうもない未来に溜息が出た。もう少し可愛げのある女だったら、何か変わっていただろうか。

 お気に入りのマグカップに入ったコーヒーはこの前、七海が出張先から買ってきてくれたものだ。「何かお土産を買ってこいと煩いので」と渡してきた七海は本当に愛想のあの字も無かった。私も一緒か。
 うーん、味はいまいちだな。苦すぎて私の好みじゃない。これまた可愛げの無い感想を頭の中で並べていると、ブツブツ何かを言っていた五条さんが少し大きな声を出した。


「駄目だ」
「…はい?」
「いやいや、駄目だって」

 …さっきから本当に会話が成立しないなこの人。

「何がですか」
「お見合い」
「まだその話ですか、何でですか」

 しつこいなあ、と文句を言いながらもう一口コーヒーを飲む。次はミルクを淹れてーーー

「ナマエは僕と結婚するから」
「…げほッ」

 今、なんて言った。思い切り咽せた私の背中を摩りながら「大丈夫ー?」と聞いてくるこの男は今、なんて言った?結婚?誰が、誰と。

「よし、今すぐナマエの家に行って挨拶してこよう。僕たちが結婚するって言ったら当然ナマエのお見合いはナシでしょ?」

 そうと決まったらはい、準備して〜と私の右手をとり、背中を摩っていた自身の手を私の腰に添えた五条さんに頭も身体もついていけない。
 待て待て、そもそも何で私と五条さんが結婚なんて…いや嬉しいけれども。違うそうじゃない、どうして五条さんは私を選ぶんだ?…まさか、いやいやそんな筈ない。"僕と結婚"という言葉を聞いて大パニックを起こしている私の頭にぽん、と大きな手を置いた五条さんは先程までの驚いた顔とは打って変わって、随分余裕な表情をしていた。立場が一気に逆転してしまった。

「僕との結婚、イヤ?」

 うわあ、狡い質問だ。もしかしてこの人、私が自分の事好きって分かってる?
 頭に置いた手をそのままに、優しく撫で始めた五条さんの口元は意地悪そうに上がっている。だけど瞳は真っ直ぐで、鋭く光っていた。

 ーーうそ、この人真剣だ。
 うるさく鳴り始めた心臓と、誤魔化せない震える手をぎゅっと握った。

「…そもそも、付き合っていません」

 あと結婚って普通は、想い合ってる人達がするものです。こんな状況でも可愛げのカケラもない私の言葉に吹き出した五条さんは、ゲラゲラと下品に笑いながら私の頬をその両手で挟んだ。顔、熱くなってるのバレてしまいそう。

 いつもより近い距離に焦る私を見ながら急に真面目な顔をした五条さんがにこりと嫌に綺麗に笑った。


「僕、ナマエの事好きだよ」


 ナマエだって、僕の事好きでしょ?そう言って私の額に唇を寄せた五条さんに、再びパニックを起こして笑われてしまった。










title by エナメル
形勢逆転。
Oyasumi
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