任務終わりに立ち寄ったコンビニで購入した300円もするアイスの蓋を開ける。期間限定の味だというそれを口に含むと、お風呂上がりの火照った身体に染み込むように溶けていった。

 少しずつスプーンにとって大事に食べながら、ふとカップの後ろ側に記載されているアイスクリームという表記を目にする。確か、乳固形分が何%以上でそのうち何%以上が乳脂肪分だとアイスクリームに分類されるとかなんとか、誰かが言っていたような気がする。何%なのかは忘れてしまったけれど。


 付けっぱなしのテレビをぼんやり眺めながら、私と交代でお風呂に入った悟を待った。今日の彼は何処となく、上の空だった。帰ってきた時も、私の作った夕飯を食べている時も、デザートにと買ってきたプリンを渡した時も。
 私がそんな状態にでもなっていれば口を割るまでしつこく聞いてくるのに、自分はどうしたのと聞いても絶対に答えてくれないし、はぐらかされてしまう。だから敢えて何も言わずいつも通りに振る舞っていた。全く、手のかかる面倒な男である。

 それにしても一体どうしたものかとお風呂場のある方に視線を向けた後、カレンダーを見てから気が付いた。今日は、彼がいなくなった日だ。
 そういえば、と思いながらもうひとつ思い出す。そうだ、アイスの乳固形分云々と言っていたのは、夏油だった。

 なんでこんな事、今思い出すかなあと眉を下げながらもう一度「アイスクリーム」という文字を見つめた。こういう下らない、何の役に立つか分からないような事を彼はよく教えてくれたような気がする。








 少し溶け始めたアイスを、今度は少し多めにスプーンにとった。期間限定という言葉に弱くて思わず買ってしまったけど、これはリピートしないな。
 最後の一口を掬った時、ガチャリと音がしてタオルを首にかけた悟が中へと入ってきた。がしがしと髪の毛を拭きながらテレビの前に座っていた私の後ろに回った悟は、無言でスプーンに乗ったアイスを私の手ごと口へと運ぶ。ああ、終わっちゃった。

 美味しいだの美味しくないだの、特に感想も言わなかった悟は、黙ったまま私を後ろから抱きしめた。今日は本当に、様子がおかしくてこちらの調子も狂ってしまう。


「なあに」 
「ん」

 肩口に頭を乗せた悟のフワフワの髪の毛から柑橘系の香りが漂ってきた。ちょっと待って、このシャンプーの匂い。

「ねえ、また私の高いやつ使ったでしょ」
「んー、だって」

 だってじゃないよ、そんな言葉使っても可愛くないからな。ぐりぐりと擦り付けるように私の肩に額を押し付ける悟は駄々っ子のようで、その行動に関しては可愛いと感じた。

「髪、乾かさないと」
「んん」
「さっきからそればっかり…」

 ほら、と立ち上がるよう促すが、全く動く気配は無い。これは駄目なパターンだな。

「悟、私ドライヤー持ってくるから」

 手、どけて。そう言っても悟はもぞもぞと頭を動かすばかりだ。さっきから擽ったいし、悟の息が当たって凄くむず痒い。

「もう、」

 風邪ひいても知らないからねと首を悟の方へ向けた瞬間、顔を上げた彼の唇が私のそれにふに、と当たった。なんなの、と視線を向けると悟は目を閉じていて、白く透けるような睫毛がこれでもかという程下に向かって伸びていた。これ、まつ毛美容液なんて使ってないんだよな。神様はとことん不公平である。
 梃子でも動かなかった手はいつの間にか私の頭を押さえるように添えられていて、位置を固定されてしまった私は悟の御尊顔を見つめるしか出来なくなった。


「悟」
「ねえ、首痛いんだけど」
「…ちょっと、」


 頭を固定している反対の手が、私のTシャツの中に侵入してくる。おい、そんな元気があるなら髪の毛乾かしてこい。

「ナマエ」
「なに」

 やっと口を開いた悟はゆっくりと瞼を上に持ち上げた。深くて青い瞳が私を捉える。

「…何でもない。ムラムラしてきたからやらせて」
「最低だよほんとに」

 悟が何に負い目を感じて、何に後悔しているのか、把握することは出来ても深い所で理解することは出来ないし、本当の意味で共感することも出来ない。ーーだけど私は、側にいることが出来る。こうやって食事を共にして、テレビを観て、一緒に布団に入って眠って、朝を迎える。私に出来ることは、こんなにもある。




 ゆるゆると身体を意味ありげに撫で始めた手に苦笑いする。でも、私で癒されてくれるならそれでいいか。出来れば身体を使わない方法で癒されて欲しいところだけど。



「悟」
「ん、ばんざいして」
「ベットいきたい」

 私の言葉に少し目を丸くした後、「仰せのままに」と笑った悟のまだ少し濡れた髪に触れた。どうか、彼が優しくて、真っ直ぐで、軽薄なままでいられますように。そう願いを込めて。











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貴方があなたでいるために
Oyasumi
eyes