ゆっくりと浮上していく意識の中で、ぼんやりと重たい瞼を開いた。外はまだ朝には程遠い時間なのか薄暗く、いま何時だとヘッドボードに置いてある時計に視線だけを向けた。デジタルのそれは06:07を示している。もう朝だ。しかし、いつもよりもずっと暗い部屋におかしいなと瞬きを何度かした後、外から微かに聞こえる屋根やアスファルトを叩く音に、成る程と納得する。

「…あめ」

 静かに降り注ぐ雨音にまた意識がぼんやりと沈み始める。今日は休みだ、ゆっくり寝ていよう。やっとの思いで開けていた瞼を眠気に逆らう事なく閉じようとした時、んん、とくぐもった声と衣擦れの音が背中側から聞こえてきた。え、と思いながら首だけを後ろに向けると真っ白な髪の毛が目にうつる。
 …いつの間に来てたんだろう。ていうか気付かなかった私、呪術師として不味くないか。

 今度は身体ごと反対側へと向きを変える。狭いと文句を言う私の家のシングルベッドで、窮屈そうに身を縮こめた男は、髪と同じ色の睫毛を緩やかに閉じて寝息を立てていた。
 薄暗い部屋の中で、彼の髪と顔が白くぼんやりと他の空間との境界を曖昧にしている。何度も見ているのに毎回その美しい造形に息を飲んでしまう。


 殆ど無意識に近い状態で、その頬に手を伸ばす。馴染むように吸い付いた頬はあたたかくて、やわらかい。ん、とまた小さく声を上げた後、白い睫毛に覆われた瞼をふるりと震わせて目を覚ました悟は、青く澄んだ瞳をこちらへ向けた。

「いつきたの」

 掠れた声で小さく尋ねると、くあ、とひとつ欠伸をしてから「2時くらい」と答えた。また急な任務でも入ったのだろうか。そう、とだけ返すと緩慢な動きで私を自身の腕の中に閉じ込めた悟は「いまなんじ」と聞いてきた。

「ろくじ」
「ん…雨ふってる?」
「うん、そうみたい」
「暗い」
「うん」

 ふたりとも覚醒していない中でお互いの体温を感じながら短い会話を繋いでいく。後には何にも残らないような、なんてことない会話。
 でもそれがどうにも幸せで、心の内側からじわじわと滲み広がっていくような幸福感と安心感を微睡みながら噛み締めた。

「さとる」
「うん」
「きょう、やすみ?」
「うん」
「そう」

 じゃあ、まだ寝ていられるね。そう言って身体を悟の方へと擦り寄せる。それに応えるようにぎゅ、と背中に回っている手に力が込められて、更に悟との距離が近くなった。

「…ナマエ」
「なあに、」
「おやすみ」
「ふふ、うん。おやすみ」

 すぐに聞こえてくる寝息に頬が緩む。呪術界最強と言われる男がこんなにも可愛い寝顔を見せるなんて、きっと私しか知らない。


 外から微かに聞こえる雨音に耳をすませながら、時計を再び確認する。06:13。まだまだゆっくりしていられそうだ。そう思いながら起きた後の予定を頭に浮かべた。

 そうだなあ、雨が降っているから家でゆっくりしよう。このまま気の済むまで寝て、起きたら遅めの朝食と、二人でコーヒーを飲もう。砂糖を嘘みたいに入れる悟に苦笑いして、私は牛乳だけを入れて。
 その後はソファに座って映画を観るのもいいかもしれない。いつもクライマックスになる前に寝てしまう私を悟はまた?と言って笑うんだ。
 二人で作った夕飯を食べて、たまには一緒にお風呂に入ってあげよう。いつも断って拗ねているから。そうしたらまた、狭いベッドに入って抱きしめ合いながら眠りにつくのだ。ああなんて、しあわせなんだろうか。

 小さな喜びや感動をひとつずつ集めていって、生きていく。隣にこうやって彼が居るだけで、その価値がある。
 薄暗い部屋の中、ふたりだけの空間で微睡む幸せを感じながら、私はまた瞼をゆっくりと下ろした。

 



Oyasumi
eyes