beloved
「あ!もうナマエ遅いよーー」
金曜日の夜、街が所謂"華金"とやらに浮き足立っている中、出張任務を終えて帰ってきた私の携帯に入ったメッセージは、同期の硝子からだった。そこには「七海と3人で」という言葉と店のURLが貼り付けられていて、おそらく此処へ来いという事なんだろう。気兼ねしない友人の端的すぎるメッセージに笑いながら、呼ばれた場所へと向かった。そして辿り着いた目的地の賑やかな居酒屋の暖簾を潜ると、呼ばれていない筈の男の声が響いた。
「…なんで五条がいんのよ、」
煙草と酒と油の匂いが染み付いた居酒屋に似合わない白髪の男の姿を目にした瞬間、2泊3日の出張で蓄積された疲労と精神的ストレスがフルスロットルで加速する。私が隠す事なく顔を思い切り歪めて舌打ちをしたにも関わらず、硝子は口の端を軽くあげて笑うだけだった。
「行くって聞かなかったんだよ」
そしたらこの有様だ、そう言った硝子の目の前には既に空になったジョッキがいくつも置いてあった。相変わらずの酒豪だな。
「これ、どっち」
はあ、と溜息をひとつした後、五条が手に持つグラスを指差しながら硝子にアルコールの有無を確認する。この男、酒が入っていようと無かろうと場酔いする為、この状態での判断は難しかった。
「入ってる」
アルコールさえ入っていなければ、居酒屋を出た時点である程度五条は落ち着くのを知っているので、追い出してしまえばこちらのものだと期待した。しかしそんな希望の光も直ぐに硝子の一言によって消えてしまう。ああ、頭痛がしてきた。
「なんでよ…」
「間違えて飲んだんだよ」
「とんだ迷惑野郎だな…」
ゴミを見るような視線を送られているにも関わらず、「あはは、これ美味しい」と枝豆をにんにくと鷹の爪で炒めたおつまみを口に運ぶ五条の目元は薄らと赤くなっていて、この場には不釣り合いな色気まで含んでいた。
「七海」
「なんですか」
「隣、空けてちょうだい。硝子と七海の真ん中に行く」
「えええだめだめ。ナマエは僕のとなり〜!」
「うっぜえ」
「ミョウジさん、出来れば離れて欲しいです。その隣の人が煩いので」
「やだ七海見捨てないで」
△▼△
結局べろべろに酔っ払った五条の隣に座らされた私は、自分がお酒を楽しむ暇もなく迷惑下戸野郎の介抱におわれた。はっきり言って呪霊を祓っている方がましである。
会がお開きになる頃、とっくに終電の時刻は過ぎていてタクシーで帰ることにした私は、家が近いからという理由で五条を送る羽目になってしまった。
「ほら、帰るよ馬鹿野郎」
机に突っ伏して今にも寝てしまいそうな五条の頭を容赦なく叩く。べしん、と良い音がなったが叩かれた男は「んんん…」と唸り声をあげるだけだった。
巻き込まれたくありませんと言い張る七海を無理矢理引き摺って、2メートル近くある大男をタクシーへと押し込む。「やだ強引〜」とへらへらしながら五条はその長い脚を窮屈そうに折り畳み、後部座席へと収まった。
「御武運を」
「いや戦地に行くんじゃないからな」
変なサングラスを外している為、涼しげな目元を暗くなった街に晒しながら場違いな健闘を祈られた。普通立場逆だからね、あんた送って行きなさいよこいつ。
嫌な事にとことん回避能力の高い後輩に悪態を吐きながら、五条の家の住所を運転手に伝える。なんで覚えてるかって、そりゃあ私が何回もこうなった五条を送り届けてるからです。
広々としたエントランスを抜けて、エレベーターに乗り込み行き先の階数ボタンを押す。その間も蛸のように力が入らない五条の腕を首に回し、腰を思い切り掴んでなんとか立位を保持させる。出張任務で疲れた所、酒も碌に飲めずに酔ってふにゃふにゃの巨人の世話。なんだか涙が出そうになってきた。
「五条、鍵どこ」
「…んーー、ぽっけ、」
部屋の前まで来て、鍵の在処を聞いた。腰を折り曲げて完全に私に凭れかかっているクソ男は半分寝ているらしい。ふざけんな、あと少し頑張れよ。
とりあえず手の届く右ポケットから探った。中に入っているものの形を確かめるようにぺたぺたと触る。入ってるのは携帯だけで、鍵らしきものは無さそうだった。じゃあ左のポケットか、そう思い反対側へと手を伸ばした私に五条がくすくすと笑う。
「いやん、えっち」
「…おい、はっ倒すぞまじでこっちは大男抱えて今にも倒れそうなところを必死で立って鍵探してんだよ」
勘弁してよ、と舌打ちをしながら左ポケットに手を突っ込む。あった。手にした鍵を差し込む間中、五条はけらけらと笑っぱなしだった。
やたらと広い部屋に入ると、五条の匂いがふわりと香った。なんでこんな、良い匂いすんだこいつ。半分引き摺りながら廊下を歩き、大きなソファに五条を投げつけた。よかった、ここまで来れればもう私の役目は終わりだ。
「うー、…きもちわるい」
「吐かないでよ」
吐くならトイレ行って、そう言いながら冷蔵庫にあった500ミリのペットボトルに入った水を渡す。五条はそれを受け取ってすぐにローテーブルに置いた。いや、飲みなさいよ。うう、と唸りながら頭を抱えた五条が視線だけをこちらに向ける。酔ったせいで赤くなった目元と水気を含んだ青い瞳が、どうにも色気を含んでいた。
「ねえ、ナマエ」
「なに、私帰るからね。まじで今度何か奢れよ高いやつ」
ていうか水飲め、と言って中指を立てた反対の手を掴んできた。そのままゆるやかに手の甲をするすると撫でられて、背中にぞわりと震えるような感覚が走る。
「…おれナマエの事、」
そう言って私の手をぎゅ、と握った悟から紡がれた次の言葉に、酔いが急激に回るような感覚を覚えた。
「は、…って、ちょっと、」
すぐには理解出来ない言葉を吐き、私の手を握ったまま口を開けてすうすう寝てしまった五条に、胸から込み上げる何かをゆっくりと吐き出すように溜息をつく。心なしか息が震えているし、熱い。早鐘を撞くように高鳴る胸を思わずぐっと左手で抑えた。ていうか明日、どんな顔してあったらいいわけ。
すき、って、なに。
ーーー
次の日、全く覚えていない五条と意識してしまって顔が真っ赤になる女の子。
金曜日の夜、街が所謂"華金"とやらに浮き足立っている中、出張任務を終えて帰ってきた私の携帯に入ったメッセージは、同期の硝子からだった。そこには「七海と3人で」という言葉と店のURLが貼り付けられていて、おそらく此処へ来いという事なんだろう。気兼ねしない友人の端的すぎるメッセージに笑いながら、呼ばれた場所へと向かった。そして辿り着いた目的地の賑やかな居酒屋の暖簾を潜ると、呼ばれていない筈の男の声が響いた。
「…なんで五条がいんのよ、」
煙草と酒と油の匂いが染み付いた居酒屋に似合わない白髪の男の姿を目にした瞬間、2泊3日の出張で蓄積された疲労と精神的ストレスがフルスロットルで加速する。私が隠す事なく顔を思い切り歪めて舌打ちをしたにも関わらず、硝子は口の端を軽くあげて笑うだけだった。
「行くって聞かなかったんだよ」
そしたらこの有様だ、そう言った硝子の目の前には既に空になったジョッキがいくつも置いてあった。相変わらずの酒豪だな。
「これ、どっち」
はあ、と溜息をひとつした後、五条が手に持つグラスを指差しながら硝子にアルコールの有無を確認する。この男、酒が入っていようと無かろうと場酔いする為、この状態での判断は難しかった。
「入ってる」
アルコールさえ入っていなければ、居酒屋を出た時点である程度五条は落ち着くのを知っているので、追い出してしまえばこちらのものだと期待した。しかしそんな希望の光も直ぐに硝子の一言によって消えてしまう。ああ、頭痛がしてきた。
「なんでよ…」
「間違えて飲んだんだよ」
「とんだ迷惑野郎だな…」
ゴミを見るような視線を送られているにも関わらず、「あはは、これ美味しい」と枝豆をにんにくと鷹の爪で炒めたおつまみを口に運ぶ五条の目元は薄らと赤くなっていて、この場には不釣り合いな色気まで含んでいた。
「七海」
「なんですか」
「隣、空けてちょうだい。硝子と七海の真ん中に行く」
「えええだめだめ。ナマエは僕のとなり〜!」
「うっぜえ」
「ミョウジさん、出来れば離れて欲しいです。その隣の人が煩いので」
「やだ七海見捨てないで」
△▼△
結局べろべろに酔っ払った五条の隣に座らされた私は、自分がお酒を楽しむ暇もなく迷惑下戸野郎の介抱におわれた。はっきり言って呪霊を祓っている方がましである。
会がお開きになる頃、とっくに終電の時刻は過ぎていてタクシーで帰ることにした私は、家が近いからという理由で五条を送る羽目になってしまった。
「ほら、帰るよ馬鹿野郎」
机に突っ伏して今にも寝てしまいそうな五条の頭を容赦なく叩く。べしん、と良い音がなったが叩かれた男は「んんん…」と唸り声をあげるだけだった。
巻き込まれたくありませんと言い張る七海を無理矢理引き摺って、2メートル近くある大男をタクシーへと押し込む。「やだ強引〜」とへらへらしながら五条はその長い脚を窮屈そうに折り畳み、後部座席へと収まった。
「御武運を」
「いや戦地に行くんじゃないからな」
変なサングラスを外している為、涼しげな目元を暗くなった街に晒しながら場違いな健闘を祈られた。普通立場逆だからね、あんた送って行きなさいよこいつ。
嫌な事にとことん回避能力の高い後輩に悪態を吐きながら、五条の家の住所を運転手に伝える。なんで覚えてるかって、そりゃあ私が何回もこうなった五条を送り届けてるからです。
広々としたエントランスを抜けて、エレベーターに乗り込み行き先の階数ボタンを押す。その間も蛸のように力が入らない五条の腕を首に回し、腰を思い切り掴んでなんとか立位を保持させる。出張任務で疲れた所、酒も碌に飲めずに酔ってふにゃふにゃの巨人の世話。なんだか涙が出そうになってきた。
「五条、鍵どこ」
「…んーー、ぽっけ、」
部屋の前まで来て、鍵の在処を聞いた。腰を折り曲げて完全に私に凭れかかっているクソ男は半分寝ているらしい。ふざけんな、あと少し頑張れよ。
とりあえず手の届く右ポケットから探った。中に入っているものの形を確かめるようにぺたぺたと触る。入ってるのは携帯だけで、鍵らしきものは無さそうだった。じゃあ左のポケットか、そう思い反対側へと手を伸ばした私に五条がくすくすと笑う。
「いやん、えっち」
「…おい、はっ倒すぞまじでこっちは大男抱えて今にも倒れそうなところを必死で立って鍵探してんだよ」
勘弁してよ、と舌打ちをしながら左ポケットに手を突っ込む。あった。手にした鍵を差し込む間中、五条はけらけらと笑っぱなしだった。
やたらと広い部屋に入ると、五条の匂いがふわりと香った。なんでこんな、良い匂いすんだこいつ。半分引き摺りながら廊下を歩き、大きなソファに五条を投げつけた。よかった、ここまで来れればもう私の役目は終わりだ。
「うー、…きもちわるい」
「吐かないでよ」
吐くならトイレ行って、そう言いながら冷蔵庫にあった500ミリのペットボトルに入った水を渡す。五条はそれを受け取ってすぐにローテーブルに置いた。いや、飲みなさいよ。うう、と唸りながら頭を抱えた五条が視線だけをこちらに向ける。酔ったせいで赤くなった目元と水気を含んだ青い瞳が、どうにも色気を含んでいた。
「ねえ、ナマエ」
「なに、私帰るからね。まじで今度何か奢れよ高いやつ」
ていうか水飲め、と言って中指を立てた反対の手を掴んできた。そのままゆるやかに手の甲をするすると撫でられて、背中にぞわりと震えるような感覚が走る。
「…おれナマエの事、」
そう言って私の手をぎゅ、と握った悟から紡がれた次の言葉に、酔いが急激に回るような感覚を覚えた。
「は、…って、ちょっと、」
すぐには理解出来ない言葉を吐き、私の手を握ったまま口を開けてすうすう寝てしまった五条に、胸から込み上げる何かをゆっくりと吐き出すように溜息をつく。心なしか息が震えているし、熱い。早鐘を撞くように高鳴る胸を思わずぐっと左手で抑えた。ていうか明日、どんな顔してあったらいいわけ。
すき、って、なに。
ーーー
次の日、全く覚えていない五条と意識してしまって顔が真っ赤になる女の子。