「犯人、他にも同様の手口で犯行に及んでいました。被害届もいくつかあったみたいです」

 教えてくれたのは夏油だった。白を基調とした薬品臭い病室に彼の柔らかく甘い声が広がる。
 全身の打撲と左腕にヒビが少々。入院して一週間、まだ退院は出来そうになかった私の元には毎日のように面会の人が来てくれた。ちなみに夏油さんは初めて来た。きっとこれだけ伝えるために態々足を運んでくれたんだろう。身体は痛むが、兎にも角にも犯人が捕まって良かったと思う事にしよう。

「夏油さん」
「はい」
「助けてくれて、ありがとうございました」

 頭を下げると夏油さんはぱち、と切長の目を一度閉じてからへにゃりと笑った。


「それは悟に言ってあげて下さい」










 五条は犯人のことに関して何も言わなかった。ただ、ほぼ毎日のように花を持って見舞いに来てくれた。白髪サングラスの高身長イケメンが花を片手に病室へと入ってくる姿は周りの患者を大層ざわつかせ、見舞われる側のこちらがかなりの辱めを受ける事態となっているが、暇な入院生活を送らなければならない身としては毎日のように顔を出してくれる五条の存在が素直に嬉しかった。




「ナマエさーん」

 がらりと病室の引き戸を開けた五条が顔を出す。今日も左手に小振りの花束を抱えていた。あれはなんだろう、

「それ、なんて花ですか」
「アガパンサスってやつだって。」

 へえ、なんだそれ。詳しくない私はピンと来ないまま、しかし純粋に花を貰えることが嬉しかったので有り難く受け取った。五条が買ってきた花瓶に似合いそうな、綺麗な色だった。
 すう、と花の匂いを肺に入れてから五条の方を向いた。聞きたいことがひとつ、あった。


「あの、ずっと気になってたことがあるんだけど」
「なんですか〜」

 それ僕がやるよ、と渡したばかりの花束を奪い取り、自分が買ってきた花を自分が買った花瓶に入れながら五条はどこか楽しそうに答えた。

「あの時、どうして私があそこにいるって、分かったんですか」
「…ああ、そんなこと」
「そんなことって、…私も自分がどこに居るか分からなかったのに」
「まあ僕、優秀な警察だし?これくらいね、僕にかかればお茶の子さいさいヨ」
「ちゃんと答えてください」
「ひみつ〜」
「…まさか追跡アプリとか入れてないですよね。GPSで場所が分かったとか」
「…まさか〜」
「…」

 がははと笑った五条にじとりと疑いの視線を向けた。でもまあ、変な間があったのはこの際気にしないことにしよう。彼のおかげで助かったことには違いないのだから。





△▼△




「ミョウジさん、この花は?」

 もうすぐ退院できそうですよ、と主治医から言われたその日、美味しい差し入れを手にした神倉さんが花瓶にさしてある花を見て言った。

「ああ、4機捜の五条さんが。見舞いに来てくれる時、必ず持ってきてくれるんです」

 いいって言ってるんですけどね、眉を下げながら神倉さんと同じように花瓶に飾られた花を見る。

「…毎回違う花を?」
「はい、そうですけど…それがどうかしました?」

 いま花瓶に生けてあるのは確かリナリアだ。その前はブーゲンビリアだと五条が言っていた。私は向日葵とかチューリップとか、そういった定番のものしか知らないから、毎回五条が持ってくる聞いたことのない花の名前を知るのが楽しかった。

「ミョウジさん、花言葉調べてみたらどうです」
「え?」
「彼は、貴女にとても似合ってると思います。真っ直ぐで、根っこの部分は誰よりも繊細で優しい」
「…え?」
「では、また来ますね。ゆっくり休んでください」


 そういえば今まで全く縁のない人生だったので気にしたことがなかったけれど、花言葉ってあるんだよな。一方的に話をして帰ってしまった神倉さんの後ろ姿をみてぼんやりと思った。
 彼の語った事を理解するためにも、とサイドテーブルに置いてあった携帯を手に取る。ロック画面を解除しながら彼が持ってきてくれた花の名前を順に思い出そうと頭を捻った。

 確か最初はリナリアだったか。次はブーゲンビリア、白いカーネーション、スターチス。思い出すままに検索をかけて1番上に出てきた言葉に絶句したのち、自分でも分かるくらいに顔が赤くなるのを感じた。
 どくんどくんと煩く動く心臓の音が直接頭に響く中で、次々に五条がもってきた花の持つ意味を調べていく。

「……嘘でしょう、」

 あの人ってこんないじらしい事するの、と驚く。それと同時にもし神倉さんが花言葉を知らなくて私にヒントをくれなかったら、と考えて冷や汗が出る。このまま彼の女子力高めなアピールに気付く事なく、アホ面をしてあのやたらと顔のいい男を出迎え続けたのだろうかと恐ろしくなった。というより、なぜうちの所長は花言葉なんて知ってたのだろうか。少し怖い。

 そんな事よりもまず、彼になんと言おう。思わぬ出来事に私は深く息を吐いた。





△▼△


 結局、あれから五条は病室に顔を出す事なく、私の退院が決まった。おそらく事件が立て込んでいてお見舞いどころじゃ無くなっているのだろう。
 
 すっきりと晴れた午後、病院を後にした私はその足で五条が居る第四機捜隊の分駐所へと向かった。中に入るわけにもいかないと思ったので、正面の入り口前で五条を待つ事にしたが、先程から出入りする人達の視線が痛い。小さいとはいえ、花束を後ろ手に持ち腕に包帯を巻いた女は不審者扱いされるだろうか。

 ふう、と息を吐いて彼を待つ。視線から逃れたいので早く来て欲しいという気持ちと、そうでない気持ちと半々だ。下に向けた視線の先、スカートの裾が風に吹かれて頼りなさげに揺れていた。

 それから5分ほど経った頃、騒がしい声が聞こえて顔を上げると目当ての人物が長い脚を持て余す様に歩いてくる。陽の光に当たった彼の白い髪はキラキラと透けていて、綺麗だと思った。私に気付いた五条が少しだけ驚いた表情を見せた後、すぐに笑顔になる。ひとつ、深呼吸をして私は覚悟を決めた。
 
「ナマエさん!」

 駆け寄る五条にどうも、と挨拶をする。大きな図体がちょこまかと私の前を動く姿は何度見ても奇妙である。落ち着きがまるで無い子犬みたいだ。

「退院したの?」
「はい、今日」
「何で言ってくれなかったの」
「ごめんね。…あの、ちょっと話せますか」

 迎えに行ったのに、そう言ってぶすくれた五条に苦笑いしながら、少し後ろに立っていた夏油に目をやる。聡明で敏感な彼はすぐに私の意図に気付いたらしく、「退院おめでとうございます」と笑って分駐所の中へと入っていった。

 お世話になりました、と笑い返した私に「あいつに愛想良くしなくていいよ」と眉を顰めた後、五条は「でもホント、良かったよ無事に退院できて」と柔らかい笑みを浮かべた。

「お見舞い、ありがとうございました」

 今一度、彼の方を向いてずいぶん上にある整った顔を見つめる。五条は頭を下げた私に畏まらないでよ、と笑った。

「やりたくてやってた事だからいいのいいの」
「お陰で退屈な入院生活を送らずに済みました」
「それなら良かった」
「ただ、五条さん目立つし声大きいから、恥ずかしかったですけど」

 正直に思った事を述べると「ちょっとなんでよ」と薄い唇が心外だとばかりに歪められた。


「その通りじゃないですか…見た目が派手だから…最初はね、なんだこのチャラついた男はって思ってたんです。……断ったのに連絡してくるし、しつこく誘ってくるし、軽薄が服を着て歩いてるって思ってました。でも、それが…変わっていって…美味しいスイーツ食べた時に、五条さんこれ知ってるかなとか、五条さんこれ食べたらどんな風に笑うんだろうとか、そんな事ばっかり考える様になって…頭の中にいつも五条さんがいるようになっちゃったんです」


 ここまで言ったあと目の前に視線を移すと、口を半分開いた大層間抜けな顔があった。それが可笑しくて思わず笑ってしまう。いい顔が台無しだ。


「花言葉、調べました」

 そう続けた私を見た五条は間抜けな表情から一変、目を瞬かせたあと決まり悪そうに目を逸らし、あーと低い声を出した。悪戯が見つかった子供みたいな仕草だった。

「気付いた?」

 そっぽを向いたままの彼に後ろ手に隠していた花を出す。病院帰りに寄った花屋さんで買ったものだ。

「これ、私から」

 赤やオレンジ、白、黄色の丸くて可愛い小さな花束に、下げていた視線を私と、私の手にあるそれに交互に向けていた五条は、らしくなく少し混乱しているように見えた。

「……何ていう花?」
「ポピーです」
「…花言葉、調べる」

 そう言って携帯を取り出した五条に、やっぱり花言葉なんてこの人は知らなくて、私に送ってきた花は全て調べて買ってきていたんだな、とむず痒くなる。
 暫く無言で食い入るように携帯を見ていた五条が視線を上げ、底無しに綺麗な青い瞳で私を捉える。どう足掻いても、私はこの瞳から逃げる事なんてできないのだ。初めから。






△▼△



 調べ終わった僕は携帯をポケットへと仕舞い、目の前のナマエさんを見つめた。

「…抱きしめてもいい?」
「いやです」


 言葉とは裏腹に、僕の方へ手を伸ばしてきたナマエさんを腕の中に閉じ込めた。あたたかくて、陽だまりみたいな匂いを胸いっぱいに吸い込んで、愛しいと叫ぶ心を鎮めるように、ゆっくり息を吐く。
 僕らはどうやったってふたつにしかなれないけれど、隙間がなくなるくらいに抱きしめて体温を分け合うことなら出来る。そうしたらナマエさんは、自分ひとりで悲しむことは無いだろうか。

「ナマエさん」
「はい」
「すきだよ」

 僕の言葉に「うん」と答えた彼女の小さな背中を守るように包み込んだ。もう、僕の全部をあげるから、だからナマエさんの全部を、僕にちょうだい。



title by alkalism


・リナリア この恋に気付いて
・ブーゲンビリア あなたしか見えない
・カーネーション白 純粋な愛
・スターチス 変わらぬ心
・アガパンサス 恋の訪れ、ラブレター

・ポピー 恋の予感
Oyasumi
eyes