「また駄目だったの?」

 二十歳を超えた頃から、酒好きが功を奏し数年前に発見したバーで飲んでいる硝子が呆れた様子で此方を見た。通い詰めているだけあって、マスターは私達が入店したのを確認するや否や、ビールをふたつとピスタチオを透明なガラスの器に山盛りにして出してくれる。

「また、って言い方」

 私のビールはすでに空で、隣の硝子は炭酸でお腹がいっぱいになっちゃうから、と違うものを飲み始めている。全く効果のない反論に、だってと硝子も口を開く。

「確かにまた、だけどさあ…あ、私これ食べたい」
「はいよ、マスターこれお願いね。で、今度はどんな男だったわけ」
「どんなって。別に、特に…あれ、どんな顔してたっけ」
「おい、ナマエまでクズみたいな事言うなよ」

 しゅぼ、とライターの音がして煙草の香りが鼻を突いた。苦手だなあ、いくら硝子が吸ってても。あ、そうだ。昨日までお付き合いしてた人も、煙草を吸っていたっけ。

「好きになれると思ったんだよ」
「出た、ナマエの十八番」

 何時もそうだ。告白されて、何となく付き合って、何となく別れて。全く満たされたことがない。寧ろ毎度毎度不快な気分で終わることが殆どだ。
 適当な恋愛経験から自分自身を分析すると、私はスイッチが突然切れることが多い。例えば、ちょっと良いホテルでディナーなんかして、良い雰囲気になってキスをされそうになり相手の顔をまじまじと見た瞬間とか。任務が終わらなくて待ち合わせの時間に遅れてしまうという連絡をしようと携帯を開いた時、なんで返事出来ないのというメッセージを目にした瞬間とか。「あ、違う」と感じた途端に私のスイッチは切れる。ていうか、なんで返事出来ないのじゃねえんだよ。あんた達の負の感情から生まれたバケモノを祓うのに忙しいんだっつーの。
 私のこの「なんか違う」スイッチは非常に厄介だ。切れた時、私は相手に対して「気持ち悪い」しか感じなくなってしまう。否、スイッチのせいにしているがこれは完全に私が悪い。私が全面的におかしい・・・と思うことにする。
 学習しない私はこれを何度も繰り返す。次こそは、次こそは好きになれる筈、と。

「うわ無理、って思ったらもうどこまで行っても無理なんだよね。なんでだろう、A型だからかな」
「もっと適当に出来ないもんか?」
「適当にとは」
「適当に相手の行きたい所行って、ご飯食べて話して、セックスして。適当に相手のニーズに応えれば」
「それが出来ないからこうなってるんだろうね」
「まああんたには無理だろうね」

 きっとこの人の事を好きになれるだろうなって思って、相手に大した感情を抱かないまま付き合う事。ナマエは不器用だからなあ、色々と。硝子は短くなった煙草を灰皿の上に押し付けた。このバーでひとつだけ気に入らない所があるとしたら、灰皿が全く可愛くない所だ。銀色の、よくある平べったい灰皿。正直ここの雰囲気に合っていない。これだけ、浮いていて来る度違和感を感じるのだ。

「諦めたら?いい加減」
「・・・なにを」
「五条を忘れようとする事」
「・・・それが出来ないからこうなってるんだろうね」
「忘れようとして適当な男作って最後は拒絶して、これ以上被害者出すなよ」
「そんな他人を気遣う感情があったんだね硝子にも」
「まあ正直、相手の男たちはどうでもいい。ただこうやって何度も呼び出されて酒を付き合う女の気持ちにもなって欲しいとは思うよ」

 私にだって、この人だと思う男が居る。だけど相手の男は私の事なんて唯の同級生くらいにしか思ってないだろう。喧嘩しかしていないし。でもその立ち位置でいつまでもいられるなら私は望んで“唯の同級生”でいたい。
 結局私は拒絶されるのが怖くて行動が出来ない、そのくせ自分は好意を伝えてくれた相手に対して拒絶をする、臆病で狡くて面倒な女なのだ。

「面倒な女が好きになる男も大概面倒だけどな」

 そう言って私の少し後ろを見て溜息を吐いた硝子が立ち上がり、去っていった。金はそいつに払ってもらいな、と言い残して。

「・・・は?」

 硝子を目で追っていった私の視界に、見慣れた姿が映った。なんでここに居る、いや違う硝子だ。あの女、ベストフレンドを売りやがった。


「や、ナマエ」

 いつものバーに白髪の大男が手を挙げながら歩いてくる。違和感しかない。なんで、お前、居るんだよ。今の今まで硝子が座っていた私の隣にごく自然に座った五条はオレンジジュースを注文した。だから、違和感しかない。


「で?どうして僕を忘れようとしているのか、教えてよ」
「っ、どこから聞いて、」
「『諦めたら?いい加減』」
「待って全然似てない」
「ツッコミありがとう。で?どうしてナマエは僕の事が好きなのに他の男と付き合ったりするわけ?」
「・・・質問、変わってる」
「答えろよ、」

 言うまで絶対帰さないから、とサングラス越しに鋭く光る眼が私を余計に混乱させた。
どうやら逃げ場はないらしい。








ずっと想い合ってるのに遠回りする大人ふたり
Oyasumi
eyes