「みかんむいてちょうだい」

 炬燵布団から足をはみ出した大男は背中を丸めて机の上に顎を乗せ、至極当然のように言ってきた。

「自分で剥いてよ」
 悟、白い所も剥けって言うじゃん。あれすごく面倒なんだからね。ふたりの視線の先は、私がちょっと奮発して購入した大きいテレビに映る年末恒例の番組だ。今年も観ているこちらのお尻が痛くなりそうなくらい、芸人達がアウトとなっている。
 一人暮らしに丁度良いこの部屋に不釣り合いなサイズの男は、時々ゲラゲラと下品に笑いながら炬燵に収まっていた(否、足ははみ出している)。

「えー、ケチー。可愛い恋人の為に一個くらいいいでしょ」
「もう既に三個剥いてるんですけど」
 何が一個くらいだ、と思いつつまだ皮の剥かれていないみかんに手を伸ばした。文句を言いつつも、何だかんだで悟の言う通りにしてしまう私は相当彼に甘いと思う。

「こうやって駄目人間が生産されるんだわ」
「ナマエになら駄目にされてもいいや」
「ばかだねえ」

 そう言いながら白く毛羽立った所に手を付けた瞬間、悟が大きな声で笑った。また誰かが笑いを堪えられなかったらしい。もう少しその笑い方どうにかならないかなあ、と呆れつつ、そういえば年末にふたりでゆっくりした事あまり無いな、と思った。
 呪霊が発生するのに盆暮れ正月もクソもないので、どちらかが休みでもどちらかは任務で居なかった事が多かった気がする。これも貴重な時間か、と噛み締めながら白い部分が綺麗に無くなったみかんをはい、と渡した。

「ありがとー」
「・・・なに」
「あーん」
「せめて自分で食べなさいよ」
「あーーん」
「・・・・」
「んふふ、ありがとう」

 悟は私が押しに弱い事をよく分かっているので、こう言った時完全に掌で転がされている気分になる。実際そうなので否定は出来ないけれど。


「初詣行く?」
「んー寒いから嫌だなあ」
「だよね、良かった」

 せっかくふたり揃っての休み、どこまでものんびりしたい。悟も同じ考えだったのか、一応誘ってはくれたが私が断ると炬燵の布団をぐっと引き寄せ、僕はもうどこにも行きません状態になった。

 ででーんという独特の効果音が響く。毎年似た様なことをやっているのに見てしまうのはなんでだろうか。笑いながら、今度は自分の為にみかんを剥こうと手を伸ばしたところで隣から視線を感じ、手を止める。

「なに?」

 もうテレビに飽きたのだろうか。年明けにはまだ一時間ほど時間がある、歌番組にでも替えようかな。「最後まで観る?」主語のない質問だが、付き合いの長い私には何を言おうとしているのか、これからナニをしたいのか分かってしまった。

「・・・」
「えー、そんな顔しないでよ」
「もうちょっと観ようよ」あと、少しじゃないか。
「じゃあ年明けたらセックスしよう」
「煩悩まみれだな」
「煩悩払えてないねえ」

 いいじゃんいいじゃん、と笑う悟の眼にはしっかりと熱が籠っていて、思わず数秒前までの決意が崩れてしまいそうになった。

「ねえ、さわっていい?」

 そんな揺らいだ心もお見通しなのか、先程まで頑なに炬燵から出そうとしなかった手を顎の下に置き、首をこてんと傾げながら此方に視線を向けてきた悟は、凄く意地の悪い顔をしている。

「・・・だめ」
「えーケチー」

 ふふふと笑う悟はちっとも残念そうではない。当たり前だ、こいつは自分がしたいと思った事をしたいときにする。触っていいかなんて聞いておいて、ほら、否定した筈の私の服の中に手を入れてきた。私の意志なんてお構いなしだ。するすると上に上がってきた手は、炬燵に入れていたからだろうか、温かかった。

「だめって言った」
「聞こえなかった」

 嘘つけ、ケチって文句言ったじゃん。
 私の最後の抗議はふたりの口の中に消えていった。あーあ、あと少しだったのに。大きな画面の中ではまた誰かが笑っている。もういいか、どうせ抵抗しても無駄だし、どうせテレビも最後まで観れないし。悟の腕の中で年越しするのも悪くないだろう。そう思い諦めた私は悟の背中に手をまわした。耳元で悟がふっと笑ったのがくすぐったい。どうせ、思い通りになってさぞかし満足でしょうよ。
Oyasumi
eyes