ミニ小説・その他メモ
▽2018/05/22(Tue)
合鍵
付き合う事になった後のバレルとローラのお話。
読んでもいい方は追記からどうぞ。
夜の10時。
新しく始まったデリバリー制度が予想以上に高評価で、ファミリーレストラン「ジョイント」の売上は順調に伸び、サービスは大成功を収めていた。
収めてはいた…が…
その分仕事は各段に増えた。
シフトは増やされて帰りがこのような時間になる事も多く、バレルはどことなく疲れている表情でホールを出た。
おまけに外は雨も降り出している。
これはもう疲れを通り越して怒りが込み上げてくるレベルだ。
しかし、さすがに空に向かってひとり怒鳴っている姿を見られるわけにはいかないので、出てしまうのはいつもの舌打ち。
仕事を終えてロッカーに戻り、何気なく携帯を開くと
From:R0_0331jr@…
件名:こんにちは
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今日アメリカに帰ります。
夕方になると思いますが、時間があればお家に寄りますね。
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お昼過ぎにローラからメールが届いていた。
今日は午後から団体の客が押し寄せ、忙しさのあまり携帯を開く事が出来なかった。
こんな時間にこの雨だ。
アイツも諦めてとっくに兄貴の所にでも行っているだろう。
返事を送る事なく携帯を閉じ、少ない持ち物をまとめて裏口へ向かう。
「バレルさん、お疲れさまです」
「…あぁ」
馬鹿丁寧に挨拶をする後輩に小さく返事をし、外へ向かって透明な傘をさした。
酷い雨だ。
これでは靴も服も濡れる。
ファミレスから貰った残飯パックの袋を持ち、自宅へ向かって歩き始める。
こんなに雨が降っていると、普段絡んでくる不良どころか自分を避ける普通の人間さえいない。
歩きにくい状況ではあるが、ある意味一番すんなり自宅へ帰れるシチュエーションなのかもしれない。
独り言も漏らさず道を進み続け、あっという間に住んでいるアパートが見えてきた。
何度見ても相変わらずのボロアパート。
この酷い雨で部屋が雨漏りでもしている気がする。
錆びついた階段を登り、雨が直接当たらなくなった所でようやく傘を閉じたが…
「…っ」
思わず一瞬固まった彼。
その目線の先。
自室の扉の前に人がしゃがみ込んでいたのだ。
「あっ!バレルさんお帰りなさい。随分遅かったですね」
俺の顔を見て嬉しそうに笑う女。
ローラが立ち上がり、バレルは閉じた傘を持ったまま彼女に近づいた。
「何してんだ…」
「何してんだって…バレルさんが帰って来るのを待ってたんです」
「馬鹿じゃねーのか。今、何時だと思ってる?」
「そんなに待ってませんよ」
よく見ると彼女の服や足元も結構濡れている。
雨が軽くしか当たらないこの場所で、そんな姿じゃあまり説得力がない。
「普通、こんなに遅けりゃ諦めて帰ん…あぁ……まぁ俺も返事しなかったから…」
珍しく自分の非を認めたのか、罪悪感からなんとなく視線を逸らすバレル。
こうやって素直に謝ってくる姿は、付き合い始めてからでもそうそう見られるものではない。
まぁ…ここまで長く待ってる奴は、コイツじゃなけりゃストーカーとして警察に通報している。
悪気なくローラはニコリと微笑んだ。
「いいですよ。お仕事、忙しかったんでしょう?」
「…………。」
「バレルさん、職場でモテモテですしね(笑)」
「黙…」
グゥゥゥ…
こんな豪雨の中でも聞こえきた腹の音。
それはローラではなくバレルの腹の虫だ。
「ふふ。前に言いましたよね?
私はバレルさんがお腹を空かせて帰ってくるなら、美味しいご飯を作ってその帰りをずっと待っていたいって」
「………。」
「って…今はまだ何も作ってないんですけどね。簡単なものでいいのであれば是非」
その言葉に舌打ちをするバレル。
この舌打ちは腹が立っているのではなくただの照れ隠しなんだって、今の彼女にはすぐにわかった。
ガチャン。
部屋の鍵を開け、ようやく完全に濡れない室内へ入る事が出来たふたり。
ある程度見る限り、雨漏りもしていないようだ。
バレルからタオルを渡されて体を拭き、ローラは部屋の中へ入った。
「何が食べたいですか?」
「食える物」
「だから(笑)何が食べたいですかって訊いてるんだから、食べ物以外は出しませんよ」
結局、ローラが持参した野菜とバレルの持って帰ってきたファミレスの残りで炒め物を作る事に決定。
髪を後ろで縛り直して、早速彼女はキッチンに立った。
「さてと。それじゃまずは…」
「ローラ」
「…っ?」
振り返ると、何かを握って近づいてきたバレル。
手を差し出し「それ」を彼女に渡した。
銀色に光る小さな物。
「…っ。バレルさん…?これ…」
見ればすぐにわかる。
この部屋の鍵。
自身のホルダーケースに付けていた鍵と比べて、汚れておらず綺麗な事から恐らくこれは合い鍵だ。
「持ってろ」
「でも…」
「いーから」
返すのも拒否され、申し訳なさそうに彼の顔を見上げる。
「本当にいいんですか?」
「…あぁ」
小さな返事が返ってきて、すぐに背を向けて元いた部屋へ戻り始めた。
もしかして、さっきので気を遣わせてしまったのかな。
でも…
「………。」
手の平で輝く銀色。
これは彼の不器用な優しさであり、私を信頼してくれている証拠なんだ。
もちろん私にとって嬉しくないはずがない。
後で自分のホルダーケースに追加しなくちゃ。
「な、無くさないようにします!」
「当たり前だ」
隣の部屋から疲れ気味の低い声が返ってきた。
fin
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