ミニ小説・その他メモ

▽2018/05/27(Sun)
ヒーター
真冬のバレロミニ小説です。

OKの方のみ追記からどうぞ。
「へぶしっ!」

キッチンからおかしなくしゃみが聞こえ、サラダをかき込んでいたバレルの手が止まる。


「ごめんなさい、風邪は引いてないんですが」

「………。」


おかわりのパスタを持ってきたローラはもう一度くしゃみをした。

例年よりも寒い冬に、このオンボロアパートだ。

色んな場所から隙間風も入ってくるし、外の気温とあまり変わらない。


バレルのご飯を準備した後、ローラはすぐに毛布で体を覆う。

この部屋に彼女が頻繁に通うようになって初めての冬。

寒い部屋の中、いつもみの虫のような形で暖を取っていた。


「…寒いか?」

「平気です。こうしてると暖かいですから」


笑うローラの鼻は赤い。

一方のバレルは元々寒さに強いのか、普段着に一枚上着を羽織っているだけだが身震いもしない。

同じように鼻は赤いが。


「…………。」

「どうしたんですか?私の事は気にせず食べていいですよ」

「…あぁ」


ローラから視線を離し、再びバレルは料理に手をつけた。








……………








「いらっしゃいませ」

ここは街中にある人気ファミリーレストラン、ジョイント。

今日も家族連れなど様々な客が食事に来て大忙しだ。


「ふぅ」

疲れ気味の濃い息を吐き、事務室の椅子に座ったのは中年の男性。

禿かけた頭なのに、泣きぼくろが無駄にセクシーな…この店の店長だ。

【ジョージ店長
今月の業績報告について】


手に取るのはかったるい数字が並んだ上の人間からの資料。

店の稼ぎが増えるのは嬉しい限りだが、そろそろ手が回らなくなってきた。

現在の社員達もよく働いてくれるが、さすがにそれだけじゃ補いきれない部分もある。

今の時期がピークなのだし、臨時職員でも雇うか…



「オイ、ジジィ」


扉を開けた後に聞こえた低い声。

この店の中で俺の事を「ジジィ」などととんでもない呼び方で呼ぶバイトはひとりしかいない。


「『ジジィ』じゃない、『店長』と呼べといつも言っとるだろーが、バレル!」

「…話がある」

「お前が先に人の話を聞け!」


事務室へやってきたのは、同じく休憩時間に入ったバイト社員のバレルだ。

この店に入社して随分日が経ち、最初の頃に比べて仕事は覚えてきたが上司に対する態度は相変わらず。

怒られ続けても、彼がこの人を「店長」と呼んでいる姿は誰ひとり見た事がない。

生意気を通り越して、その神経の図太さに感心してしまうレベルだ。

しかし、彼の方から上司に話があるとは珍しい出来事。

店長も追い返す事なくバレルを部屋に入れた。


「…で、珍しくなんだ?話があるって」

「シフトを増やせ」

「は?誰のだ?」

「俺に決まってんだろ」


椅子に座ったまま顔を上げてぽかんとしているオッサン。

ただでさえ遅くまで働いて忙しいのに、仕事を増やせと自ら申し出てきたのだ。

業務指示を出すといつも舌打ちをするこの問題児が。


「バレル…?お前熱でもあるのか?」

「ねぇよ」


普段は怒鳴ってばかりだが、突然の発言に柄にもなく心配になってくる。

上げた手をおでこに当てるが熱はないようだ。

バレルは何故か目を合わせない。


「まぁ…こっちとしちゃそうしてくれれば助かるが。大丈夫か?勤務時間伸びるしキツいぞ?」

「…別に」

「そう…か…」


シフト表に目を通し、バレルの勤務時間を計算してみる。

これだけ働かせてぶっ倒れないか心配だな。

しかし恐らく何か事情があって頼み込んでいるのだろうし、無碍に断るのも可哀想だ。


「…うむ。わかった。お前が言うのならこっちで検討しよう。キツかったら言えよ?すぐに前の時間に戻すからな」

「…………。」


わかるかわからないか位に小さく頭を下げ、事務室を出て行くバレル。


一体どうしたんだ?アイツ。

ウチの残りモンばっか食って、ついに頭がおかしくなっちまったのか。




……………


「お疲れ様ー」

「お疲れ、一緒に帰ろ!」

「うん」


ウェイトレス友達に誘われ、この店で働くルーイも帰り支度を始めた。


「今日も疲れたねぇ」

「そうだね。お客さんいっぱいでてんやわんやだよ」

支度を済ませ、最後に店長に挨拶をする。

9時かぁ。外はきっと真っ暗だろうな。


「あっ」


外に出ようとした所、ホールで料理を運ぶバレル君の姿がちらりと見えた。


「バレル君、ここ最近ずっと残業してるね」

「そうだね。何かあったのかな?」

「店長から聞いたけど、自分からシフトを増やしてもらうようお願いしてきたんだって」

「自分から!?そんなに生活苦しいの?」

「よく知らないけど、そうなんじゃない?バレル君よく食べるし」

「お給料少ないしね、うちのお店」

「そうそう。それでさ彼のファン達が、手料理を渡してあげようって計画立ててるらしいよ」

「へぇ…」

もう一度ホールを覗いてみると、注文を聞いている彼に別の客が呼びかけ、料理をこぼさぬよう運び…

強面な顔に似合わず、ひとりで大人数を相手に真面目に対応をしている。

目まぐるしい程に忙しそう。


「さ、帰ろうか」

「そうだね」


そんな彼を残し、私達は店を出た。









夜の11時。

ようやく業務を終え、バレルはウェイターの制服を脱いだ。

さすがに疲れたのか、柄にもなく肩を落として大きなため息をついた。

いつも一緒に働いている従業員達は既に帰宅し、夜勤シフトの従業員がホールに出ている。

バレルも早々に帰り支度を済ませ…と言っても財布と携帯しか持ち歩いていないため、ほぼ手ぶらの状態だが。


夜空の広がる外へ出た。


歩いている途中、見えてきたのはコンビニエンスストアだ。


この店は住んでいるアパートまでの帰り道の途中にあり、バイトが終わった後、彼は必ずここへ晩御飯を買うために立ち寄っている。


「いらっしゃいませ」


店員の挨拶には答えず、すぐに向かうのは弁当売り場。

遅くまで残業をしていたので、普段の倍は腹が減っている。

もちろん、疲れていなくても自炊はほぼしない。

肉、魚、野菜、丼ぶり、おにぎり、サンドイッチ。

様々な弁当が並ぶ中、バレルは真っ先に焼肉弁当に手を伸ばした。



「…………。」


もちろん、たったこれだけでは足りるはずがない。

普段から一度に5個は買っている弁当。

その上、今は普段にも増して空腹だが…




「焼き肉弁当が1点、520円になります」

店員にお金を渡し、自動ドアをくぐるバレル。



夜道を歩き続け、ようやくオンボロアパートに辿り着いた。

本日はどこぞの不良に絡まれる事もなく、平和な帰宅だ。



ガチャッ



鍵を開け中に入っても、誰もいない真っ暗で寒々しい自分の部屋。

電気をつけ、軽く手を洗った後に先程買った弁当を袋から取り出した。


テレビもない。

会話をする相手もいない。

黙々と無言で食べ続け、わずか5分で弁当の中は空になった。


「チッ」


ここばかりはさすがに量に不満があるのか軽く舌打ち。

珍しく米の最後の一粒まで食べたが、これでも全く物足りない。

空になった弁当をゴミ袋に入れて風呂場へ向かう。

時間はこの時点で12時近くだ。

風呂からあがり歯を磨くが、ここまで独り言すらない。

洗面台で口をゆすいだ後に、彼はすぐベッドに入った。





グゥゥゥ…




なんと、もうお腹が空いているらしい。

バレルは空腹を忘れるため、黙って目を閉じて毛布を被った。







……………


To:バレルさん
件名:本日
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バレルさん。こんにちは。
先日お伝えしていましたが、仕事でそちらに出張しますのでお家にお伺いします。
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今日の朝、自分が彼に送ったメールをもう一度見返した。

ここはアメリカの小学校。

出張としてローラは母国を訪れ、子ども達への授業を終えていた。

仕事の出張となれば旅費も学校側が全て出してくれるので助かる。

お兄ちゃん達やバレルさんには会いたいけど、国を跨いでの移動なんて旅費が高すぎてそう簡単には行えない。

疲れはするけど毎月出張の命令があればいいのになんて、日々心の中で思ってたり。

今は出張期間でもバレルさんが家に泊めてくれるからホテル代もいらないし。

それに純粋に彼に会える事が嬉しい。

一時期は通う事さえ苦痛に感じていた時もあったけれど、今は何故そう思っていたのか不思議なくらい。

今日はバレルさんに何を作ってあげようかな。

日本で新しく覚えたトマト鍋とか、あとはお味噌汁に最近凝ってるんだよね。

バレルさんに作ってあげた事ないけど、喜んでくれるかな。

反応が楽しみ。


ローラはコートを羽織り、マフラーを巻いて学校を出た。



……………


コンコンッ


「バレルさん、私です」

見た目も古い表札もないドア。

ノックをした後にしばらくすると、鍵が解除されて開いた。


「バレルさん、こんばんは」

「…入れ」


ぶっきらぼうな言い方だが、いつも彼はこうやって私を部屋に入れてくれる。

バレルさん、今日はお休みだったのかな。

外は寒いし居てくれてよかった。


「あれ?」


中に入った途端、なんだか普段感じない違和感が体を包む。

部屋の中が…暖かいのだ。

なんでだろう。

いつもは部屋の中でも毛布を被らなきゃいけない程寒いのに、今日はじんわりと空気自体が暖かい。


「あっ!」


その暖かさの正体は、入った部屋を見渡せばすぐにわかった。

隅にヒーターが置いてあるのだ。

この機械が暖かい空気を部屋中に送り込んでくれている。


「バレルさん、ヒーター買ったんですか?」

「…文句あんのか?」

「あぁ、いえちょっと意外だったので」


返ってきたのは「はぁ?」と言いたげな眉間を狭める表情。


「バレルさんはてっきり、寒さを感じる神経が存在しないと思ってました」

「んな訳ねーだろ」

「そうですか、安心しました」


俺の事をロボットか何かと思ってたのか…みたいな顔してる。

あ、風の入ってくる隙間もガムテープで塞いでる。

バレルさんもこういう事するんだな。

やってる所を想像するとなんだか笑えちゃう。


「ふふ。でも私も嬉しいです。やっぱり何もないと寒いし風邪ひいちゃいそうだし。
さ、今日も寒いですし温かいお鍋でも作りましょう。お野菜もたくさん食べられますよ」


何も知らないローラは温風で手を温めながら嬉しそうに笑った。


「…………。」

「ん?なんですか?」

「…別に」











……………




ピンポーン


「バレルー?」


ローラが日本に帰ってしまってから数日後のある日。

今日も外は飽きずに冷たい北風を吹かせる中、再びバレルの家の扉が叩かれた。


「バレ〜ル!バレル!バ〜レル♪…バレル〜」


このヘラヘラした声。無視しても叩き続けるしつこさ。

出たくはないが、このまま家の前で名前を連呼されても迷惑だ。

眉間にシワを寄せ、仕方なく扉へ向かう。



ガチャン



「バァレ…」

「…うるせぇ。んな何度も呼ばれなくても聞こえる」

「遊びに来たよ!」

「帰れ」


目の前の男、リッキーは用もないのによくこの部屋を訪ねてくる。

頭が空だから昔の事情はすっかり忘れ、またバレルの事を親友とでも思い込んでいるのだろうか。

結局追い返す事も出来ず、彼を部屋の中に入れる羽目に。


「わ!ヒーターが置いてる!」


早速リッキーが食いついたのは、部屋の隅に置いてある新入りのヒーター君だ。

珍しい物を見つけ、走る距離でもないのにわざわざ走って近づく。


「悪いか…」

「だって今までどんだけ寒くてももったいないからって一回も買わなかったくせに!ついに今年の寒さに耐えられなくなったの?」

「別に」


バレルは返事をするのが面倒なのか、キッチンへ水を汲みに逃げる。


「あれ?でもこれ電源切ってるじゃん。せっかく買ったんだし使いなよ?」

「ふざけんな、電気代もったいねーだろ」

「何それ?じゃぁ何のために買っ…………あぁ」


全てを悟ったリッキーは突然、自身の王子様キャラに似合わない意地悪な笑みを見せる。

その顔を見て水を飲むバレルの口が止まった。


「…なんだ?」

「ローラさんのためにお金貯めて買ったんだね!もう!素直に言い出せないなんてバレル君可愛い!」

「…うるせ、寒いから買ったんだ」

「じゃぁつけようよ!」

「貴様は汗だくになるまで、裏の空き地を走り回ってろ」


鋭い目で睨まれてヘラヘラと笑うリッキー。

なんだかんだ言っても、ローラさんの事大切にしてるんだな。

不器用な人だけど、ちゃんとそういう気持ちがあるみたいで安心した。


…もう少し、俺にも優しくしてくれると嬉しいんだけどね。



しょうがないから今回は毛布を被って寒さを凌ぐ事にしよう。



fin



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