ミニ小説・その他メモ

▽2018/07/30(Mon)
壁ドン
空エマのカラオケミニ小説です。

了承頂いた方のみ追記よりどうぞ↓
ーーーーーー




「Baby, I'm just gonna shake, shake, shake, shake, shake…♪」

「……。」


ここは七音君とよく来る街中のカラオケボックス。

事務所での仕事の帰り、彼に誘われて私達はこの場所へ遊びに来ていた。

カラオケと言ってももちろん私は歌えるはずもないし、いつもこうやって歌っている七音君や流れる映像を眺めるだけ。

楽しいの?なんて思う人はいるかもしれないけれど、ひとりで過ごす生活よりも断然楽しい。

七音君はいつも賑やかだし、私を飽きさせないように色々話しかけてくれる。

あっけらかんとしていても気遣いをしてくれる人だから、その気持ちがいつもとても嬉しい。

それに他人が苦手な私にとっては、人混みよりもこういう周りに誰もいない空間の方がずっと落ち着けるし。


「ふぅー…スッキリ」

「この…人……美人っ…だった…」

「何それ、映像の感想〜?まぁ、聞こえないんだし仕方無いか」


洋楽を一曲歌い終えた美空は、満足そうにテーブルに置いていたメロンソーダへ手を伸ばす。


「やぁ…それにしても今日はすんなりエマちゃんを誘えてラッキーだったなぁ。最近いっつもあの眼鏡に邪魔されるから」


「あの眼鏡」とは、もちろんチームメイトの雨宮の事。

どうやら本日、彼は仕事の都合で不在だったらしい。

彼にエマちゃんをカラオケに誘うなんて知られたら、また


『耳の聞こえない彼女が行っても楽しくないだろ』

『大体、個室に男女二人きりだなんて、実に危険極まりない』


なんて言われるに決まっている。

これだからおじいちゃんは…


メロンソーダを数口飲んで、再びリモコンに手を伸ばす。


『歌って欲しいのある?』

「見た事…ない…映像…あるの」

『了解\(‘ω’)/!』


エマちゃんは最近流れてくるPVの映像や歌詞を観るのが好きらしく、よくリクエストをしてくる。

映像入ってるのは僕も好きなんだけど、ちょっとそっちばかり観てる気がして内心寂しいんだけどな。

まぁいっか。


「…お」


新曲一覧をリモコンで手早く調べていると、ある曲名の部分で手が止まった。

最近リリースされた女性シンガーのラブソングだ。

確かこの曲は恋愛映画の主題歌にもなっていて、テレビのCMでもよく見かける。

映画の映像も入ってるみたいだし、前々から気になってた曲だから入れてみようかな。


ピッ


転送ボタンを押すと、すぐにテレビ画面に映像が映し出されて前奏が流れ始めた。


「……っ」


聞こえない音楽が室内を満たしてエマが新しい映像に釘付けになる中、美空はマイクを握り歌い始める。












七音君が入れたのは映画の主題歌みたい。

所々の場面やヒロインの女の子には見覚えがあり、テレビ等で見かけていたのですぐにわかった。

合わせて格好良い男の人も出ている。

恋愛映画みたい。


七音君も気持ち良さそうに歌ってるな。

どんな歌なんだろう…

音は聞こえないけれど、映し出される歌詞は素敵で、きっと良い歌なんだと感じた。


数分後、歌い終わったらしく彼はマイクをテーブルに置いた。


「うん、女性の曲だけど結構歌いやすいや」

「お疲れ…さま」

「ありがと♪」


ニカッと効果音を出して笑う七音君。

たくさん歌ってスッキリしたのかな。


『さっきの映画、壁ドンしてたね』

「壁ド…ン?」


突然見せてきた美空の携帯文章に首を傾げるエマ。


「隣の…部屋…の人が……うるさい時に…やる?」

「それもある意味壁ドンだけど!そうじゃないよ!」


ケラケラ笑いながら説明をしてくれる。

何でも、今女の子の間で流行ってる胸キュンシチュエーション…とかなんとか。

…正直、よくわからない。


『女子はこれをされるとときめいてキュンキュンするんだよ!』

「…そう…かな」

『え、なんで!?』

「ちょっと…びっくりしそう」


私はそうとしか思わない。

さっきの映画のシーンでもあったけど、自分の真横に突然手をぶつけられて。

私だったら正直怖いと思う。

ヘタすれば心臓が止まって死ぬかもしれない。

考えただけで恐ろしい。

まぁ、私なんてこれからの人生で男性からされる事は一度もないとは思うけど。


『じゃぁさ!エマちゃんも試してみる!?』

「…へっ」


飲み物を飲もうとコップに伸ばしていた手がピタリと止まる。

思い描いた人生をものの数秒で打ち砕かれ、苦笑いしていた彼女の表情が固まった。


「…何を?」

『だから壁ドンを!』

「…い、いや…いいよ…」

『いいじゃーん!なかなか経験出来ないよ!ちょっとだけだから!!』


携帯に打ち込んでいる文章と全く同じ事を言いながら、

行儀悪くテーブルの上に乗って迫ってくる。


「え…そん…な…」

『あんな強くしないから!』

「…………。ちょっと…だけ…だよ…。あんまりびっくり…するように、しないで」


キラキラ輝く期待を込めた顔に、押しに弱い私が折れないはずがない。

七音君くらいなら…既に他の女の人にいっぱいしてそうなのに。


「わかってるって!」


彼女が何を考えているかなんて知らず、乗っていたテーブルから降りてグルッと走り、エマの隣に座った美空。

なんだか…やる前から既に恥ずかしい。

顔の横に手を置かれるだけなのに。

頬を赤くする彼女の前に来る。


「いくよ。せーの…」


それっ。という軽い言葉と同時に、トンと壁に左手が置かれる。

確かに先程の映画のシーンと比べたら随分優しい壁ドンだ。

これなら…あんまり恐怖も感じない。


「………っ////」

「ははっ、ときめいちゃった?」


なのに、なんだろう…

手を横に置かれているだけなのに、なんとなく顔が熱く感じる。

変な流行だなんて最初は思ったけれど、七音君との距離もいつもより近くて何故か緊張してしまう。

世の女性達の気持ちがほんの少しだけわかった気がした。


「………。」

「も、もう…いいよ…」


既に壁に手を置かれて10秒は経っている。

これ以上されると自分の心臓がもたないと思い、声をかけるが…


「……。」

「なお…と…くん?」


反応がない。

私をからかって面白がっているのか。

ど…うしよう、このままだと本当に恥ずかしい。

こうなったら自分から離れ…



とんっ



「…ッ!」


逃げようとすると、それを遮るように右手も顔の横に置かれた。

両手で挟まれて驚いたエマは、慌てて美空の顔を見る。


「な…おとくっ…///ちょ、退い…て…」

「えー、やだ♪」


エマの頬はますます真っ赤。

顔の近い美空と目を合わせる事さえ出来なくなり、右へ左へ視線をずらす。


なっ、何この態勢…!

こんな近距離…恥ずかしいよっ…////

ど…どうしよう///




「映画とかだと、こういうシーンの後どうすると思う?」



「っ…?///」




彼はその体勢のまま、そっと顔を近づけてくる。


えっ!!?な、何!?////


試しだって言ったの…にッ…///


ヤダッ!


七音くっ…!


怖くて咄嗟に目をギュッと閉じた。






プルルルルルルッ!!!!






「……ッ」




唇が触れるギリギリの所で鳴り響いたのは


壁に設置されている固定電話。


ふたりの距離は縮まる事なく止まる。



「チッ。タイミング悪」



不機嫌な顔でようやく離れた彼は、手を伸ばしてそれを取る。

聞こえなかったけど鳴ったみたい…。

放心状態のまま、エマは壁から頭を離した。



『残り10分前です』

「はい。わかりました〜」


声は普段通りだが表情はムスッとしたまま。


『10分前だって』

「そ…そっか…」

『もうちょっとで、さっきみたいなちゅーが出来る所だったのにね』

「やって…なかったよ……そんな…の…」

『壁ドンの後はちゅーするって決まってるの!』



そ…そうなんだ。

そんな暗黙のルールがあるなんて、やっぱり壁ドンって怖い。


「はぁっ…出来なかったものは仕方ないし!もう一曲歌って帰ろ!」


『エマちゃん、最後に何歌って欲しい!?』

「映像…付いてるの…」

『え〜またぁ?』



fin


category:未分類
タグ: