「あれシピじゃないか?」

 セドリックの指した先にはよく知ったグリーンの首輪をつけた白猫がいる。足跡一つない降り積もった雪のような、どこまでも真白い毛に、透き通った空の目をもったシピは、優美で美しく、アルフォンス自慢の愛猫だ。
 シピの隣に、大きなジンジャー色の毛をした猫がみえた。イアン達の姿を捉えるとジンジャーの猫はその巨体を持ち上げ歩き始める。そのあとを追うようにシピもついて行ってしまうので、慌ててそれを追いかける。

 猫はなかなかに素早く、しかし無闇に魔法を使うわけにもいかず──なにせシピは魔法で持ち上げられるとすこぶる機嫌を悪くする──必死に追いかけると、気付けば森の方まできている。やっと止まったと思えば、シピの横にはジンジャーの猫、そしてその近くにまた黒い大きな犬が増えていた。

「犬だ」
「こんなところに迷い込んだのか?」
「野良犬かな、ずいぶん痩せてる」
「大きいな、まるで死神犬だ」

 セドリックは知っている。イアンは表には出さない、というより他の要素が目立ってそういった部分が見えないのだが、動物が好きなのだと思う。ダイアゴン横丁で一緒に買い物をした時も魔法動物ペットショップの前を通る時に魅入られていたのを覚えているし、ホグズミードを共に歩いた時も野良猫にすら目を奪われていた。動物をみる彼の目は幾分か穏やかな色を見せているのだ。
痩せ細った犬をみて、眉を少し下げた彼に提案するのはすぐだった。

「厨房へ行こうか」


 突然現れた人間に、犬は当然警戒しているようだった。後ずさりをする犬にイアンは子供にいい聞かせるように危害は加えないから、とそろりそろり近づく。普段媚びることなく凛とした彼の姿ばかり見ているだけに、ただの野良犬に機嫌を伺うようにするイアンをセドリックがクスクスと笑う。本人も思うところがあったのか、耳を少し赤らめて、笑うなよと彼に言った。優秀で、上品、いつでも背筋の伸びた完璧な監督生のイアンを慕うスリザリンの生徒達には信じられないような、珍しく年相応の少年の姿だった。

「お腹すいてるだろう」

 この犬を見つけてから、わざわざ厨房まで行って取ってきたチキンを置く。敵意はない、と示すように2人は膝をつき、身を屈めて犬がこちらへ来るのを待つ。セドリックがひとつ口笛を吹くと犬は少しずつ近寄ってくる。犬は警戒心を解かぬままフンフンとチキンの匂いを嗅ぎ、本当に食べても大丈夫なのか2人の様子を疑うように見上げているようだった。

「何も入ってないよ、お食べ」

 セドリックが苦笑混じりに言うと、犬はぐるぐるとチキンを嗅ぎまわってやっと食らいつく。よっぽど腹を空かせていたのか、夢中でチキンを貪っていた。
 その間にセドリックが洗ってあげようかと杖でザバと水をかける。案の定、犬は攻撃されたと思ったのか、跳ね上がって距離をとり、牙を剥いている。

「ああごめん、ごめんよ、君を驚かそうとしたんじゃなくて洗おうとしたんだ」
「セド、案外お前、こういうの雑だな」
「あはは…」

 今度はイアンが魔法をかける。シピが風呂を嫌がるため、わざわざ図書館でアルフォンスと共にペットの専門書を捲り覚えた魔法だ。頭からブルブルと綺麗になっていく犬はその瞬間またびっくりしたように跳ね上がったが、尻尾まですっかり清め終わると、くるりと回った。

「うわあ、本当にイアン、君何でも知ってるんだな」

 自分の体が綺麗になったとわかったのかイアンに視線を注いでひとつ吠えると、またチキンを食べる作業に戻った。

「きっと君にお礼を言ったんだ」

 セドリックがそういうとイアンはまた耳を少し赤くさせて恥ずかしそうにするのだった。

 それから何度かイアンとセドリックは黒犬に食事を運んであげていた。犬は最初に見た時より肉もつき、毛並みもよくなった。
 そのうちすっかり警戒心は解いたようで、2人の姿が見えると尻尾を振ってみせるほどだった。ブラッシングも許し、それだけでなく撫でるとお腹まで見せるようになった。完全に服従のポーズだ。最初の警戒心が嘘のようだった。
 また随分賢く、セドリックが冗談半分に言った「お手」や「伏せ」までしっかりと芸をするのだ。こちらの言ってることまでわかるかのように鳴き声をあげたりもする犬をみて、2人は顔を合わせるばかりだった。

「もしかして元々飼い犬だったのかな」
「魔法生物の血が入っているのかも」

 2人の疑問も預かり知らず、犬はチキンにかぶりついていた。
未完成のやさしい曲線