昼に提出のレポートが完成せず、友達と泣く泣くレポートを書いていたが、栄養ドリンクか、コーヒーかなにか、それとなにか夜食でもという話になり何度目かのジャンケンの末、私がコンビニに駆け込むハメになった。
とにかく外は寒い。上着着てこれば良かったなあ、と思いながらも、私の家からこのコンビニまでは徒歩3分もないのだ、着る暇もない。ちょっとの我慢だ。

コンビニに入ると暖房が入っているのか、ちょっと暖かかった。
栄養ドリンクを視界に入れる前に、違うものが目に入る。

「あっ」

彼だ。
思わず小さな声が出て、ハッと口に思わず手を宛がったが、最近流行りのアイドル曲や宣伝が流れたコンビニでは、周りの誰も、私の声になど気づいていないようでほっと息をついた。それと同時に完全にオフの、ジャージとパーカーを少し羽織って、ほぼすっぴんの気の抜けた格好であることに後悔する。
そっと目を向けると、彼も気づいていないようだった。

彼は、同じ学科の、夜久衛輔くんだ。
小柄で、大きな目をした可愛らしい顔だが、性格は結構男らしく、しっかりした印象だ。あまり話すほうではなく、サークルも違うが、課題で1度だけ同じ班になった時から、真面目で可愛い彼には好感しかないのだ。こうして大学の外での姿は初めて見たかもしれない。もしかして、近所なのだろうか。

小柄な体は、明らかにオーバーサイズのブルゾンに包まれている。袖が余って萌え袖のような丈に、思わず可愛い、言いだしたくなった。
レッドブルを手に取っている彼も、きっと同じ課題をしているのかもしれない。

このまま気づかれないうちにさっさと買って帰ってしまおう、と翻すも、ふいに彼がこちらを向いて、ばちん、と目が合った。近づいてくる彼にうそ、といいたくなる。少し顔が赤くなってるのが自分でもわかる。
どうしよう、恥ずかしい。

「お、笠原さん」

私のこと知ってるんだ、というような顔でびっくりする私に夜久くんが見兼ねたのか、え、合ってるよな?同じ学科だよな?俺のこと分かる?と言った。もちろん知ってる、知ってるんです。こくこくと首を縦に振って蚊の鳴くような声で夜久くんと名前を呼んだ私に安心したように彼は良かった、と笑った。

「あ、明日のレポート終わった?」
「今大急ぎでやってるとこ」
「私も、今あわててやってるの」
「あの教授もひどいよなあ、あんな本読んでも、何もわかんねえもん」

クスクス丈の長いブルゾンを少し邪魔そうに捲ったりして、彼は朗らかに笑った。

「夜久くんも、この辺なの?」
「ああ、いや俺はもうちょっと北側に住んでて、1人だと寝そうだし学校から近いから名前の家でレポートやってんだけど、あ〜苗字ってわかる?経済学部の、苗字名前。あのヒョロってしてるやつ」

苗字くんは学科が違うが、有名で私でも知っている。とにかく綺麗な顔をしていて、すらっと背も高くて手足が長い、モデルのような人だ。いくつかの講義がかぶっているが本当にびっくりするほど格好良いというか美しいというか、隠れファンも多い。でも彼はあまり取っ付きやすい方じゃなく、クールな印象からあまり誰かと仲が良いイメージもなく、一匹狼だと思っていた。夜久くんとたまに話すのはみたが、そんなに仲がいいのだとは知らなかった。そして苗字くんが近所なのだと思うと少し、恐れ多いような、そんな気持ちになった。

「苗字くんてあの講義とってたっけ?」
「いちおう、とってるんだよなあ、出席率悪いからレポート出さなきゃ単位もらえねえんだって」
「そうなんだ」
「まあ今日はお互い、頑張ろうな」

にっこりかわいく笑った夜久くんにずきゅん、と胸が高鳴りながら、またも、すっぴんのオフ姿であることに後悔が襲うばかりだった。じゃあ、と手を振る夜久くんからふんわりと少しだけムスクの甘い匂いがした。香水だろうか、なんとなく意外だ。それから彼はレッドブルとコンビニ弁当を2つずつもって、レジへ行く。そして23番、と番号をレジの男に伝えていた。

タバコ、吸うんだ。

これまた意外だ。タバコのにおいは、あまり好きになれないけど夜久くんが吸っているところを想像するとギャップで少しきゅんとなってしまう。見た目の幼さからか、年齢確認をされている夜久くんをみて少し、笑ってしまった。可愛い。

私もレジに並ぼうとするとすん、とまたムスクの匂いが一瞬過った。白いロングTシャツに黒いスキニーパンツの高い背の男の人。ちょっとだけ猫背の後姿に見覚えがあった。男性はそのままレジに向かって、会計をしてる夜久くんの肩をトンと叩いた。

「衛輔」
「名前、結局来たのかよ」

苗字くんだ。知らぬ間に彼の髪色は(うろ覚えだけど)暗めだった色から明るいアッシュになっていた。うわあ似合うな。相も変わらずすこぶる美しい顔で、幼い顔立ちの夜久くんの隣に立つ彼はひどく大人っぽく、そして同時にいつもより穏やかにみえた。

「うん、てか年確されてんのウケるわ」
「誰のせいだよバカ。禁煙しろ!」

タバコは苗字くんのだったらしい。なるほど。夜久くんに膝蹴りを喰らいながらもけたけたと笑う彼は、普段の彼からは想像できないほど年相応で、なんだか可愛らしい。
夜久くんは温め終わったお弁当を受け取って、オラ持て、と苗字くんに押し付けた。苗字くんはそれを笑いながらハイハイと受け取って、袋を覗き込んでいた。

「俺カラアゲ弁当がいい」
「ざけんな俺のだ」
「え〜」
「俺が俺のために買ったんだっつの!お、じゃあね笠原さん」

トントンとバトミントンのようなスピードで進む会話の途中で、わたしが後ろに並んでるのに気づいた夜久くんがまた、袖の余った手をあげた。うん、と答えると夜久くんははにかんで笑った。苗字くんはちらとこっちをみてから出口に向き直った。一瞬だけあった視線が何となく居心地悪い。

「知り合い?」
「同じ学科のコ。つーかお前も統計学とか一緒だろ」
「そうなん?つか今日寒くね」
「あーすまん上着」
「いいよ着てて、やっぱでけーな」
「誰がチビだよ」
「いってねーよ」

大きなブルゾンから香る、香水に少し混ざったタバコの匂いがまだなんとなく鼻に残っていた。


「おかえり」
「ただいま!さっきね、コンビニで夜久くんと苗字くんに会った」
「うわ、まじ?いいなあ〜」
「まじまじ、でもすっぴんでこの格好だから最悪…めっちゃブスだと思ったろうな…」
「それは最悪だわ、あー行かなくてよかった。てか、そこ仲良いんだね」
「ね、下の名前で呼びあってた」
「ええ、うっそ可愛いんですけど」

帰って早々に友人と話せばさっきの夜久くんと苗字くんのように、こちらもまたトントンと話は弾んだ。
嘘つきの香水