ガイ
「ナマエ?ここにいたのか。何してるんだ、外にいると風邪引くぞ」
誰にも気付かれないようにこそっと出てきたのに、振り向いた暗闇の向こうに今しがた想像の中にいた男はそこにいた。
「やあ、ガイ」
「やあ、じゃないだろ。ほら、戻るぞ」
私が男の子だったら、肩を軽く叩いて、腕を引いて、宿屋に帰るんだろうなあ。それが出来ない彼は、私の返事を待ってその場で手招きするだけで。
「そんなに急かさないでよー。せっかくガイのこと考えてたのに」
「俺のこと?」
「うん、ガイの恐怖症のこと」
「ああー。そのことか」
「キスしたら治るのかなーって」
「え……キ、ス……?」
「そう、キス。よく昔の話しでもあるじゃん、王子様がお姫様にキスしたら眠りから覚めたりーってやつ」
「は、はぁ……。そんなモンなのか?」
ふふふ、と笑いながら言ったその言葉にガイは呆れではなく驚き気味にそう聞き返した。
「うん、そんなもの。だからガイのもそうじゃないかなーって」
「俺はそんな話は聞いたことないが……」
「あれっ、そうなの。で、でも私の作り話じゃないからね!」
「ははは、わかってるわかってる」
「じゃあ知らないガイに教えてあげる。もしキスするとしても、特別な人じゃないとだめなの」
運命の人とか、それこそ預言の人とかね、と続けた私に、ガイはいつもの笑顔でこう答えた。
「そうなのか?じゃあ、俺の場合はナマエ、だな」
「なっ」
不意打ちで言われたいつもと違う、特別な意味のこもった口説き文句に、自分でも顔に熱が集まるの感じた。
「そっそれ!どういう意味!」
「さぁー、どういう意味だろうな」
はぐらかして宿屋への道を行くガイを前に、本当にキスしてやろうか、なんて考えながら、急いでその背中を追いかけた。
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