黒尾
どうして一人で来たんだろう。楽しそうな祭囃子の中、私だけ一人きりみたい。彼氏に誘われちゃったからーごめんねーって。そりゃないよ。当て付けのような理由でドタキャンした友達が連絡をくれたのは午後5時過ぎのこと。浴衣でバッチリ決めていた私はなんだかもったいなくて、誰も誘わず花火で有名なお祭りに来た。去年も一昨年も必ず買っていた大好きないちご飴も、食べる気になれず人混みを避けてぶらぶら当てもなく歩いていた。
「あれっ、苗字?」
「……あ」
「なにしてんの、迷子か?」
ぼけっとしながら歩いていたから前から来た人に気付けなかった。夜久だ。少し視線をずらせば見たことあるようなないような人たちが数名、焼きそばを食べながらこちらに向かって歩いて来ている。
「あ、まあ……そんなところ、みたいな?」
「なんだよそれ。一緒に来たやつと連絡つかないのか?」
「まあ、そんなところ」
なんとなく一人で来たとは言いにくくて、とりあえず曖昧に返事をしておくと、夜久が何か思いついたような顔をして、少し距離を詰めてきた。
「あのさ、黒尾、来てたぞ」
くろお、その言葉が耳に入ってきた途端、無意識に肩が強張るのを感じた。どうして、私にそんなこと言うの。
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夜久は、私が黒尾君のことを好きだと思っている。なんてことない普通の休み時間、斜め後ろの席の夜久がちょんちょんと肩をつついてきて、こう言ったのだ。「お前って何か、黒尾のことばっかり見てね?」そこで初めて気がついた、授業中、黒板とは違う方向の寝癖がついた後ろ姿をずっと見つめていたことを。
私は黒尾君と話をしたことはない。義務的な会話でさえも。違う世界に生きる人なんだと、なんとなく思っていた。接点のない人のことは好きになったことがない。今だってそうだ。だから黒尾君をそんな好意のこもった目で見ていた訳ではない。ただ、寝癖がいつもより派手に残っていて、マイナスの面で目立っていた。だからつい気になって何度も見ていたのだと後から気付いた。
だけど急に話しかけられたものだから、気が動転してしまって、何て言葉を返したのかが思い出せない。
その時から、黒尾君のことが好きという勘違いの認識をしてしまっている。
何度か否定しようと試したこともあったけど、どれもちゃかされて失敗に終わった。それどころか最近はなんとか会話をさせようと企んでいるみたい。つまり、応援されているのだ、好きでもない人との恋路を。
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