浜野
冬休みも明けて、一年で最後の学期、三学期が始まった。
そう、この三学期前半のメインイベントはずばり、持久走でしょう。
わざわざ寒い時期にラマーズ法で呼吸しながら走る、生徒のガッツと精神力を試すいわば成績のつけどころってやつですね。自分に甘いやつはすぐに歩き始めるからいかんなぁとかなんとか言って去年の先生が点数を引きまくってたなぁ。おそろしい。
昨日のホームルームでたしか先生が言っていた。明日の体育は男女混同持久走だぞ、と。ううんたしかじゃない絶対。だって私体操服持ってきてるんだからそれを聞いて持ってきたということであって今日は体育が……。
今の授業は英語、英語の小テスト中。そしてこの教室の右壁に貼ってある「じかんわり」と下手くそな字で書かれた紙を見てみました。昨日となんら変わりはありません。今日、つまり火曜日の表を見てみましょう。ありました、えいごです。そして少し下に視線をずらしたその先には。たいく。つまり、この時間が終わるとたいいく。体育。持久走なのです!
「いやだあああああお腹痛いよ保健室行ってきます」
「苗字さん嘘はいけませんよーいくら走りたくないからって」
「嘘じゃないしー緊張しすぎてお腹痛いんだしー」
隣の速水に言い訳しても人生なにも変わらない。私に残されたタイムリミットは、あと1 4 分 !
耳が、冷たい。横腹が引きつる。足首の筋が千切れそうだ。こんなときはそう、楽しい歌、テンションを上げてくれる歌を頭の中で流すんだ!そうだな、ふんふんふ〜ん昨日見たCMソングとかどうよ。脳内再生余裕〜。
ああクソまたまたあいつに抜かされたよ。これで何回目だろう何周遅れてるんだろう私は。
「苗字ー!頑張れーいけー」
もうすでに100%頑張ってるっつの。授業の前半に走り終えた浜野のヤローがトラックの内側に座って、私が前を通るたびにこういった応援文句を投げかけてくる。いや、正直応援してくれて嬉しいんだけどさ。わかってないだろうけどすっごい声でかいんだよね。目立つからやめてほしいんだけど……そんな文句の言葉なんて出るはずもなく、荒い息遣いの中で掠れた声が出てるような出ていないような。寒いんだよ耳痛いんだよくそー。
「苗字ーっ!あと一周がんばー」
や、やっと終わった。こんなのが毎週続くなんてそんな現実受け止めたくないけどとりあえず終わった。
手も足もがちがちでまだ息が整ってないのにグラウンドの隅に倒れこむように尻をつけた。
走ったあとはどきどきするのが落ち着くまで歩いてなさいって言われたんだけどなー、そんな元気ないっす。
「苗字、頑張ったじゃーん」
「……浜野」
いつの間にか隣に来ていた浜野は足元の砂を靴で払うとどっこいしょと言いながらその場に座り込んだ。
うわ、ちょっと近いよこの距離。汗かいてるけど汗臭くないかな大丈夫かな。
「はははー、苗字、鼻真っ赤!」
「……っ」
「いまさら隠してもむだっしょー。俺ずっと見てたんだし」
何の恥ずかしげもなくきわどいこといいよるなコイツは。
ずっと声援くれてたんだしまあ予想はしてたけど直接言われるとすごい、なんていうかむず痒いなぁ。深い意味はないんだろうけど。
ちらりと浜野のほうを見てみると顔が赤かったり服が汗ばんでたりは……してない。うん、前半に走ったからだと思いたいな。
「苗字ってやっぱり運動苦手なんだなー」
「やっぱりってなによ」
「んー?だって朝遅刻しかけてるときも超走るの遅いじゃん」
そんでせっかく走ったのに遅刻してるしなーと浜野。
な、なんなのコイツ。私のだっさいところばっか見てるじゃん。いやだからといってかっこいいところなんてないんだけども。
「昼飯食ってるときもぼろぼろご飯とかこぼしてるしい」
「……」
「授業中当てられてもまともに答えれたことないしさ〜」
「それは浜野も一緒!」
「家庭科ん時糸通しだけで一時間使ってたし!ぶははは」
「なっ、そんなとこばっか見ないでってば!」
立ち上がって少し小さめに叫んだら浜野に爆笑された。なんだよ。
「だーいじょうぶ!俺、苗字のかわいいところもいっぱい見てるって!」
な、やっぱりなんなのよ、コイツは。
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