「身内への出産祝いには何を贈ったらいいと思う?」
「……えっ?」

北の海の小国で反乱軍の兵士として活動している青年は、思わずといったように己の近くに座る男を見上げた。それから己の耳を疑った。
それも無理はない。何しろ現在この国では紛争が起きており、青年は味方側の補給基地の見張りという任務の真っ最中だったからだ。
確かに今は敵の影もなく少し暇に感じてはいたが、拠点での食事時ならともかく、この状況で同じ任務に当たっている人間からがそんな話題がもたらされるなど誰が思うだろうか。

しかも青年が目線をやった男はそんなのどかな話題とは無縁そうな人間だった。
2mは余裕で超える長身でいかにも戦闘向きな筋肉のついた体格。何より目を引くのが右頬に走る大型の獣に引っ掻かれたような傷だ。よく見ればその下の顔は20代半ばほどなのだが、硬質な雰囲気から実年齢より年上に感じられる。
男は戦力の足りない反乱軍が国外から雇い入れた傭兵だった。派遣元が開示している資料によれば、その若さで様々な荒事を潜り抜けてきたベテランらしい。全身武装している青年とは逆に作業着とブーツ、武器といえばその辺りで拾った金属製の廃材といった粗末さだが、紛争相手の国王軍兵士を次々と退けているため戦力としては頼もしい存在である。
一方で、プライベートに関するところは全く見えなかった。食事時に雑談をしていても聞き役として相槌を打つか、端的な返答をするくらいなものである。そんな男があろうことか出産祝いの話を持ち出した。
混乱しない方がおかしい。

「出産祝い……ですか?」

青年は聞き間違いの可能性もあると恐る恐る聞き返した。

「ああ。弟夫婦のところに子供が産まれるんだ。兄として伯父として、何か贈ってやらなければ」
「それは何と言うか……お、おめでとうございます」
「ありがとう」

聞き間違いではなかった。未だ混乱したままの青年を置き去りに男は話を続ける。

「おれとしては赤ん坊の服や玩具が良いかと思ったんだが、何しろ赤ん坊には疎くてな」
「はあ……」
「そこで第一子誕生の記念碑ならどうかと思いついて、ここ数日、記念碑に使う金属に悩んでいたんだが……」
「ん?」
「しかし記念碑を建てるとなるとデザインも考えなくてはいけなくてな」
「いや、あの、ちょっと良いですか」
「む?」

青年は更に混乱した。どんな偉人であっても誕生した直後に記念碑を建てられたりはしないだろう。どう考えても出産祝いには適さない。
もしやこの男、相当な変わり者なのだろうか。青年は頭の片隅に湧いた嫌な予感を振り払うように、男の的外れな計画を遮った。

「えーと、出産祝いは現金が喜ばれるらしいです。以前読んだ女性作家のエッセイにそう書いてました」
「なるほど。確かにシンプルで合理的な贈り物だ。参考にさせてもらう、ありがとう」
「いえ、本の受け売りなんで。でもそう言ってもらえると色々読んでいた甲斐がありました」

男は青年の意見に感心したように頷くと、再び無表情で口を閉ざす。そうしていると本当に頼りになる傭兵然とした人物なのだが、中身はそうでもないようだ。青年は男の弟夫婦が正常な感性の持ち主であることを願ってやまなかった。これで記念碑の方が良かったなどと言われたら、己が痛めた頭と胃が無駄になってしまう。

しかし、戦い一辺倒だと思っていた男がごく普通に家族と交流を持っていることは意外だった。青年は少し湧いてきた好奇心をそのままに男に尋ねた。

「そう言えば、貴殿はどうして傭兵に?」
「島を探している」
「し、島……?」

思いがけない返答に青年はまたもや混乱することになった。どうしてそれが傭兵に繋がると言うのだろうか。

「十数年前、とある島である人に世話になったんだが、再び会いに行った時に島ごとなくなっていたんだ」
「島ごと、ですか」
「ああ。確かに記憶していた通りのルートを辿ったのだが、見つからなかった。だからあちこちの海を探している。傭兵業はそのついでだ」

淡々と男は言葉を連ねる。その表情には青年を揶揄ってやろうだとか、面倒で適当なことを言っているような様子は見えない。正しくそれが嘘偽りのない理由のようだ。
青年はその話を聞いて一冊の絵本を思い出した。

「なんだかそれって……あ、いや、何でもないです」
「ああ、あまり派遣先の人間に聞かせるべきではない内容だった。しかしついでとは言え請け負ったからにはちゃんと働くぞ」
「いや、そうではなくて。子どもの頃、絵本でちょっと似たような話を読んだことがあったなと思って」
「ふむ。どんな内容なんだ?」

男に促されて青年はその物語を掻い摘んで説明する。北の海に古くから伝わる冒険家の話を。
語っていくうちに青年の口は重くなった。この物語の結末は、黄金郷を見つけることが出来なかった冒険家が嘘つきの罪で処刑されるからだ。これでは男を嘘つき呼ばわりしていると思われても仕方がない。

「気を悪くされたらすみません。でも、決して貴殿が嘘をついてるとは思ってないです!」
「そうだな。おれが嘘をついているかどうかはおれ自身が一番分かっている」
「……探している島、見つかると良いですね」
「ああ」

冒険家の最期のセリフまですっかり思い出した青年は気まずい思いで口をつぐんだ。そして目の前の男がその絵本を手に取る日が来ないことを願った。探し求める島が海底に沈んだ可能性など、気付かない方がきっと幸せでいられるのだから。


それからは2人とも本来の任務である見張りに集中した。異変があったのはそろそろ見張りを交代する時間に差し掛かろうかという頃合いのことだ。
まとまった足音が基地のある無人になった街の一区画に近づいてきたのだ。青年も男も待機していた建物の陰から慎重に様子を伺う。
やけに装飾過多で偉ぶった制服を着た一団だった。見間違いようもなく国王軍の兵士、敵だ。

「おれが引きつけておくからあんたは増援を呼んでくれ」

そう言ったのは先ほどまで出産祝いで悩んでいた男の方だ。敵の一団を見るその目は鋭く輝き、射抜くように光っている。数刻前までののどかな雰囲気は既に見る影もない。

敵の人数は20人ほど。しかも全員もれなく武装をしているのに対し、男は丸腰も同然である。普通に考えれば一人で敵を抑え、増援を呼ばれるまで持ち堪えるなど無謀な作戦としか言いようがない。
しかし彼の実力を知る青年は迷う事なく頷いた。
青年が頷いたのを確認すると男は金属の廃材を掴んで建物の陰から飛び出す。大柄な体格の割に素早くかつ静かな動きで敵との間合いを詰めると、己の獲物を躊躇なく振り回した。
多勢に無勢で状況的にはこちらの不利であるのに、既にそこは男の独壇場となっていた。容赦のない暴力がたった一人によって振るわれていく。

男の強さは実戦経験によって積み上げられている。まるで戦地を渡るように、20代半ばにしていくつもの紛争を潜り抜けてきたらしい。
それに加えて、どこの海の仕事でも請け負うという機動力の高さ故に与えられた異名が"渡り鳥"。傭兵業界においてはそこそこ名の通った存在である、というのは男を派遣した傭兵ギルド派遣会社の弁だ。
実態は先ほど明らかになったように島探しの間での傭兵業なのだろうが、その実力は本物だ。

そんな男に、紛争前までは国王の指示に従い民衆をいびるためだけに存在していた国王軍の兵士が敵うわけもない。
青年は無駄のない動きで敵を伸していく男を、頼もしく思うと同時に恐ろしくも思った。そんな味方に対して湧いた恐怖の感情を拭い去るように、必死に近くの基地へと足を動かす。己が味方を引き連れて戻る頃には、戦闘が終わっていることを確信しながら。


"渡り鳥"と呼ばれる男の名前は、マンフレート。
青年は知らないことだが、傭兵業と護衛業を主とする"自称フリーター"である。