マンフレートがこの小国に派遣されたのは約一ヶ月前のことだ。その時点で反乱軍と国王軍の小競り合いは半年ほど続いていたらしい。争いが大きくなり互いに消耗戦になり始めた頃、戦況を動かしたのは反乱軍側の方だった。国外から傭兵を雇い入れることを決めたのだ。マンフレートもその際に派遣された一人である。
戦力を増強した反乱軍は優勢に転じ、いよいよこの紛争に決着をつけるべく最終作戦に踏み切ることにした。国王軍の戦力の大多数を占める兵士たちは烏合の衆なので、国王とその側近、軍部の頭さえ抑えてしまえば反乱軍の勝ちというわけである。今はその頭を狩る最終作戦に向けて綿密な下準備を進めている段階なのだ。
そのためにも今は一つでも基地を取られて向こうに情報を漏らすわけにはいかない。マンフレートたちが基地の見張りを任されているのも守りを固めるためである。


そんな状況が変わったのはマンフレートが倒した国王軍の兵士約20名を捕虜として反乱軍の基地に引きずってきた数日後のことだった。
朝から作戦会議が行われると言うので会議前の腹ごしらえをしていると、にわかに拠点内で待機していた人々がざわつき始めたのだ。何が起きたのかは分からないが、腹が減っては戦はできぬと口いっぱいに握り飯を噛み締める。

マンフレートがせっせと握り飯を食べ進めていると一人の男が目の前にやってきた。マンフレートと同じく反乱軍に雇われた傭兵の一人だ。この国以前に派遣された他の現場でも会ったことのある、いわゆる顔見知りである。何の用だろうと握り飯を食べながら男を見上げると、相手は呆れた顔を隠しもせずに大きなため息をつく。この態度から分かるように少し嫌味っぽい男なのだ。

「こんな一大事にのんきに食事とは、さすがの余裕だな"渡り鳥"」

なるほど何かとても良くないことが起きたのだな、とマンフレートはこの基地のざわめきに納得した。咀嚼を続けるマンフレートに眉間に皺を寄せながら男は言葉を続ける。

「向こうはジェルマを雇ったらしい」
「それは……穏やかじゃないな」
「紛争に穏やかも何もないだろう」

ジェルマの名前にはさすがに驚いて食事の手を止めると、男は得意げに事の詳細を語り出した。曰く、基地に引っ立てられた捕虜を尋問したところその情報をはいたらしい。国王はジェルマと交渉をして反乱軍の殲滅を図るつもりなのだそうだ。

「その情報に信憑性はあるのか?」
「捕虜の証言だけでこんな騒ぎになるものか。傭兵ギルド派遣会社の方からもこの辺りの海域でジェルマの姿が確認されたと情報が来た。彼らは同業者の行動把握に躍起になっているから情報の精度はかなり高いだろうよ」
「ふむ……」
「他の傭兵連中はもう撤退の算段をつけはじめてる。反乱軍自体もどうなることやら」

"ジェルマ66"はその道では知らぬ者はない、金さえ払えば勝利を齎らすという戦争屋である。大金を積まなければ雇うことも出来ないため遭遇する確率はかなり低いが、彼らを敵として相手取ることはほとんど"敗北"や"死"を意味する。派遣傭兵手持ちの駒をいたずらに潰されるのを恐れて傭兵ギルド派遣会社ですら彼らと戦うのは推奨しない、としている程だ。
マンフレートは幸運にも一度も遭遇したことはないが、同業者としての厄介さは色々と聞き及んでいる。とはいえ、遭遇したこともない相手に可能性の段階で怯えて撤退する気はない。ともかく反乱軍雇い主の意向を聞かなければ、と握り飯を完食したマンフレートは立ち上がった。

「会議は予定通り行われるのか?」
「この状況でそんなことを気にしてるのはお前くらいのものだ。ただ何かしらの通達はあるだろうね……ああ、ほら。幹部連中が作戦室から出てきた」


傭兵の男の言葉通りにまもなく拠点内で待機している全員に召集がかかった。
本来だったら最終作戦に関する会議が開かれるはずだったが、もちろんそれどころではない。反乱軍のリーダーである司令官は極めて厳しそうな表情で切り出した。

「既に聞き及んでいるだろうが、敵がジェルマと組んだという情報がもたらされた。こちらを動揺させるための罠の可能性もあるが、万が一本当だとすれば、ジェルマの現在位置情報から逆算するに奴らが到着するまで残された時間はそうないだろう」

その言葉に静かだった場は騒然となる。特に雇われた傭兵たちは声高にこの紛争から手を引くことを主張した。その主張を自国の兵士が軟弱者の意見だと批判したことでざわめきは更に大きくなる。言い合いがヒートアップし罵り合いに発展しそうなり、司令官は「静粛に!」と声を張り上げた。

「あの悪の軍団が上陸すれば間違いなく被害は甚大なものになる。そこで、被害を最小限に抑えるためにも非戦闘員の民間人を出来るだけ速やかに脱出させることを最優先の任務とする。
傭兵諸君には脱出の補助と護衛を依頼したい。これが陽動で国王軍が脱出の邪魔をしないとも限らないからな。自国の戦闘員は所定の班に分かれて、A〜D班は民間人への情報伝達、E〜G班は脱出経路の確保に取り掛かれ」
「このままこの国を明け渡すおつもりですか!?」
「俺たちはあのクソ野郎を倒す為に今まで戦ってきたんだぞ!」
「司令官、あんただってそうだろうが!」

一見弱気な司令官の言葉にすかさず自国の兵士たちの訴えが投げられる。それだけこの紛争に切実な思いで臨んでいるのだろう。

マンフレートはこの国が紛争に至った経緯を詳しくは知らずに派遣された。強権的な国王と軍、それに抑圧され続けた民衆による反乱軍との戦いだとだけ聞き及んでいる。そしてそれ以上の興味も同情も特別あるわけではない。
しかしマンフレートはとある個人的な事情から反乱軍に交戦の意思があるかどうかを確認したかった。その肝心の部分を確認するため、司令官に詰め寄る兵士たちの言葉を掻き分けるように声を上げる。

「結局、あんた方にはまだ戦う意思があるのか?」

唐突な発言に隣に立っていた傭兵の男は訝しそうな顔でマンフレートを見た。他の人間も不可解なものを見るような表情をしていたが、当の本人は全く意に介さず司令官からの返答を待つ。
司令官は何かに耐えるように俯きながら硬く拳を握ると、絞り出すように言葉を続けた。

「マンフレート殿、傭兵の貴殿からしたら馬鹿げた選択だと思われるだろうが……国王軍は我々の大切な物と尊厳を踏み躙り虐げてきた。我々はどんな武力を突きつけられたとしても、そのことを許すことなど到底できない。例え敗北覚悟でも一矢報いなくては、死んでも死にきれない。最終作戦は、必ず遂行する!」
「ふむ。ならば、おれもそれに参加させてほしい」
「「「はあ!?!?」」」



『てめぇジェルマとやり合って死ぬ気か!?』
「そうならないように最大限努めるつもりだ。ああ、そうだ。おれの今までの積み立て金を全額弟に送って欲しいんだが」
『おい!やっぱり死ぬ気満々じゃねぇか!』
「出産祝いの名目で送金しておいてくれ。近いうちに甥か姪が産まれるんだ」
『はぁ!?てめぇ完全にそれ死亡フラグだぞ!ふざけてんのか!!』
「それからジェルマの動きを分かるだけ教えてくれ」
『こっちの話を聞け!!!』

マンフレートが派遣元である傭兵ギルド派遣会社に状況を伝えると、電伝虫は青筋を立ててなじりはじめる。さすがのマンフレートもやかましい受話器から顔を遠ざけた。ギルド派遣会社職員の口調が荒いのはいつものことだが、今回は特に語気が強い。
とはいえ向こうも派遣傭兵手持ちの駒をむざむざ死なせるつもりはないのか、ジェルマの動向を逐一報告させる約束を取り付けた。このやり取りを周囲の人間はなんとも言えない表情で聞いていた。

『にしても何だってそんな無茶なことを』

ギルド派遣会社職員の問いかけにマンフレートは至極当然のように答える。

「出産祝いの相談にのってもらったからな」

マンフレートは受話器と己の背後から発せられた驚きの声の大きさに耳を塞ぐ羽目になった。