豪奢な城の一室で、2人の若い男女と着飾った壮年の男が向かい合って座っていた。3人の前にはいくつかのアタッシュケースが置かれている。その中にはベリーの札束や金で出来た延棒、置物、装飾品といった様々なものが入っていた。いわゆるお宝が並んでいるわけだが、それを前にした3人の間にはひりつくような沈黙が漂う。
「こちらが提示した金額を現金で支払うという話のはずだけれど」
沈黙を破ったのは女だ。向かいに座る壮年の男に目の前の札束の入ったケースを指し示しながら問いかける。美しい顔に優雅な微笑をたたえながらもその声は冷たい。
「現金で用意できるのはこれが限界だったのだ。し、しかし、残りの金額に見合う宝は用意した!」
壮年の男は残るケースに収められている金色のそれらに目を向けた。そのうちの一つを無造作に手に取ったのは女の隣に座っていた男だ。しげしげと手の中の延棒を見つめた後、興味を失ったようにぞんざいに放り投げた。延棒は放物線を描いて床に派手な金属音を立てて転がる。
「なっ!!何をするっ!!」
壮年の男はあまりのことに激昂して立ち上がった。だが相手の男は無表情に尊大な態度を崩さない。それどころか忌々しそうに転がった延棒と向かいの男を見やった後に言い放つ。
「お前の国では屑鉄混じりの金色の金属を宝と呼ぶのか。これならまだ鉛の塊の方がマシだな」
「何だと!?お前のような若造に、」
壮年の男は最後まで言葉を続けることが出来なかった。話している途中で目の前を何かが見えないほどのスピードで通り過ぎたからだ。次いで発生したひどく重い打撃音に釣られて目線を下に向けると、金色の貴金属を並べていたアタッシュケースが中身ごとひしゃげた状態になっている。壮年の男は何が起きたかを理解するよりも先に、時間差で発生した風圧に耐えきれず後ろに転がることとなった。
若い男は何事もなかったように
アタッシュケースの上から足を下ろすと無感動に女の方を振り返る。
「全くもって無駄な時間だったな。レイジュ、おれは先に次の島に向かう」
「ちょっとイチジ、私に全部押し付けるつもり?……もう本当に勝手なんだから」
女——レイジュの小言も右から左で男——イチジは一切の躊躇も見せずに足速に部屋を立ち去った。あの様子では本当に先に出港して次の目的地に向かうだろう。
レイジュは弟の身勝手な振る舞いにため息をつくと、未だ無様に転がっている壮年の男に声をかける。
「それで?まだ交渉を続ける気はあるのかしら」
▽
反乱軍の元にいよいよジェルマの姿が確認されたと急報が入ったのは、民間人とその補助を務める傭兵たちがこの国を脱出した翌日のことだった。国王軍の占拠している港に、かの戦争屋の船が入港したのだ。
反乱軍の反応は落胆半分、恐怖半分といったところである。ジェルマの参戦くらいで退くわけにはいかないと豪語していた兵士たちだが事実として目の当たりにするとそう強気でもいられなかったようだ。
そんな沈痛な空気の漂う中、事態は更に一転した。入港していたジェルマの船が1隻だけ残して何故か引き上げたのだ。そのまま小国にある他の港に寄り付くということもなく真っ直ぐ沖へと進んでいく。
どんな事情があるのかは見当もつかないが、これには兵士たちの士気も持ち直した。司令官は今が好機と、最終作戦の決行に踏み切ることとなる。
最終作戦の狙いは国王を倒すことである。とはいえその国王は反乱軍が決起して以降、守りの厚い王城にほとんど籠ったままだった。そこで当初の作戦は同時多発的に国王軍に戦闘を仕掛け王城を守る戦力を分散させ、守備が手薄になったところを叩くというシナリオで予定されていた。そのために反乱軍はコツコツと下調べや準備を進めてきたのだ。
しかしその作戦も今や変更せざるを得ない。何しろ傭兵たちは既に国を離れてしまっており、複数箇所で大規模な戦闘を行うには圧倒的に戦力が足りないのだ。
そこで反乱軍は陽動として襲撃する場所を一箇所に限定することにした。国王軍が襲撃を無視できない箇所が王城以外にも一つある。
それがマンフレートが現在、他の兵士たちと共に遠目に見張っている武器庫だ。
武器庫は陽動箇所としては王城から比較的近いうえに守りも堅いのでリスクは大きいが、武器を保存しているという性質上、相手は優先的に守ろうとしてくるだろう。万が一国王軍が動かなかったとしたら、武器を奪取してそのまま王城襲撃部隊に加勢することになっている。
「あの、マンフレート殿がここに残ってくれたのは出産祝いのアドバイスが理由って聞いたんですけど……冗談ですよね?」
小声でそう話しかけてきたのは先日マンフレートに出産祝いのアドバイスをした青年兵士である。その表情はどうしてあんな些細な雑談が、という当惑の色に染まっていた。
「いや、本当のことだ」
「だって、まさか、相手はジェルマも雇ってるんですよ?しかもマンフレート殿には待ってる家族もいるのに……」
「受けた恩は誠心誠意返さねば」
「そんなこと言ってたら命がいくつあっても足りませんよ!?」
「いや、今回はこうするのが一番良いと判断しただけだ。それにいつもの傭兵稼業とさして変わらないから気にすることはない」
マンフレートの断言っぷりからも意志を変えるつもりは無いのだろう。しかし気にするなと言われて本当に気にしないほど青年は図太くはない。
「でもマンフレート殿に万が一のことがあったら、俺、ご家族に申し訳が立ちません」
「あんたは真面目だな。……でもそうだな、最終作戦のケリがついたら子供向けの本を選んでくれないか。あんたは本に詳しいんだろ」
「そういうセリフは死亡確率が上がるから大きな作戦の前に言っちゃダメです!!」
そんな話をしながら待機することしばし。遂に無線用電伝虫に王城襲撃部隊が予定通りの配置に着いたという報告が入る。
それは同時に最終作戦開始の合図でもあった。
▲
ジェルマは結局、この小国に対して小隊を一つだけ派遣することとなった。紛争相手の反乱軍とやらの規模から考えれば勝利までこぎつけられるかどうかは運次第と言ったところだが、相手が報酬を出し渋るのでそれも致し方ない。それにジェルマ側としてはどちらが勝とうが構わないのだ。
レイジュは本来であれば自身も出動する予定が取りやめになったので、船の上に建てられた城の自室でくつろいでいた。ゆったりと紅茶を味わうとメイドに器を下げさせて、テーブルに置いていた本を手に取る。少し年季の入ったそれのページを読むわけでもなくゆっくりとめくっていく。ふとその手が挿絵のある箇所で止まった。
「……………」
しばらく挿絵を眺めた後、レイジュは本を閉じて鍵付きの箱へと大切にしまい込んだ。
そうするといよいよ時間を持て余すことになるのだが、レイジュがこの後の予定に悩むより先に遠くで爆発音が発生する。
爆発音から少し遅れて部屋の窓ガラスがビリビリと振動した。詳細な状況は分からないが外の紛争は盛り上がっているらしい。
レイジュはバルコニーへと出ると煙の立ち上る方へと目を向けた。煙の発生箇所を把握すると思わず声が溢れた。
「あら、あっけなかったわね」
そこへ伝令役の兵隊が部屋へと入ってきた。この事態の説明だと当たりをつけたレイジュが入室を促す。
「依頼主が捕縛されました。我が軍は未だ交戦中のようです」
「それじゃあさっさと引き上げないとね。場所は?」
「国王軍の武器庫より南西一キロ地点です」
「暇だし私が向かうわ。船に戻り次第出航するから準備をしておいて」
「御意」
レイジュはレイドスーツに身を包むとバルコニーからひらりと外へ出た。
▽
武器庫襲撃による陽動は出来過ぎなくらいに成功した。王城からさほど離れていなかったことが功を奏したのか、そちらの守備についていたであろう敵がまとまって駆けつけてきたのだ。武器庫周辺はあっという間に大規模な戦場となる。
『南西方向にジェルマ66確認!対象は30人ほど!武器庫方面に向かってます!』
マンフレートが周囲の敵を粗方片付けたところで無線用電伝虫をしまい込んでいた懐から声が上がった。すぐに崩壊しかけの武器庫の屋根に登って報告のあった南西へと顔を向ける。
あちこちから立ち上る煙の向こうに国王軍とも反乱軍とも違う妙なマスクを被った男たちが正確無比な隊列を組んで進行してくるのが見えた。
「こちらマンフレート。ジェルマ66の対応に当たる」
▲▽
自軍の交戦地はすぐに分かった。ジェルマのスーツは空から見てもよく目立つからだ。意外なことにそのスーツを着た兵隊たちの半数ほどは倒れていた。どうやら相手取っている反乱軍も舐めたものではないようだ。
レイジュは躊躇いもなく戦地の只中に降り立った。
「契約は終了したわ。ジェルマ軍は直ちに引き上げなさい」
突如空から現れた人物にジェルマ軍と交戦していた反乱軍は困惑して戦闘の手を止めた。ジェルマの兵隊たちは反乱軍の隙をついて、凛とした声で出された指示通りに整然と撤退の動きに転じる。それが反乱軍の兵士たちへの困惑に拍車をかけ、ざわめきを広げることとなった。
『司令官より伝令!国王を捕縛!繰り返す!国王を捕縛!』
兵士たちの何人かが何かの罠かと疑り始めた辺りで、反乱軍の無線用電伝虫が一斉に声を上げる。その声は間違いなく伝令役のもので、更に騒然とした空気になった。
その最中、ジェルマ軍との交戦の最前線にいたマンフレートはある一点を見つめて固まっていた。