ここ、県内にある某私立大学は、地域の歴史研究サークルというものがある。
北條かづき(ほうじょうかづき)はこの大学の一回生だ。つい先週入学して、件の歴史研究サークルに入ったばかりの新入りだ。
四月二週目の水曜日、桜の花は満開だった。
遥か彼方に広がる空は澄み渡った青をしていて、金色の光が滲んでいる。地上は心地好い気候に包まれて、甘辛い匂いのそよ風が、町を華やがせる花やら新緑やらを揺らす。厳めしくもすらっとした故郷の木々が、薄紅色のフリルで装っていた。
かづきは、そんな春真っ盛りの町並みを、知り合ってまもない顔触れに混じって歩いていた。
彼女らは例のサークルメンバーで、今まさに活動真っ最中なのである。
「皆、注目」
列の先頭から声が聞こえた。
かづきが、その凛と通ったソプラノの主を求めて前方を見ると、思った通り、部長の櫻田美八乃(さくらだみやの)がこちらに振り返っていた。
「この先に曲がり角が五つあるの。それぞれ、神社や公園、川や碑石に続く道。私達は見飽きちゃってるんだけど、一回生には、これだけは見ておいてもらわなくちゃ。というわけで今日は今から見学に行きます」
「毎年恒例ですね、部長!ペア分けは?」
「質問です。ペア分けってことは、全部は見られないんですか?」
「全員で全てを見て回っていると、時間がかかるの。距離もあるし、疲れるでしょ。その代わり、希望が多ければ日を改めて、またコース変えして見に行ってもらうし、毎年恒例だから、今年見られなかったところは、来年見られるように配慮する」
「それは今の三回生の仕事だけどね」
「まず希望はある?誰と一緒に回りたいとか……」
かづきの視界に、美八乃の側にいる一人の上級生の姿が触れた。
光が当たるとオレンジの艶を帯びる、肩より少し長いくらいのシャギーの黒髪に、すらりとした長身、桜の花の如く儚げで高貴な雰囲気を備えたこの上級生は、名前を舞洲せい(まいしませい)という。
せいの垂れ目がちな目許は端然とした眼差しを優しく和らげていて、小さな鼻先に薄い唇、オールドローズの色をしたチークがほんのり浮かんだシャープな頬は、いともきめこまやかだ。その装いは、ゴシックパンクだ。今日は黒とチャコールグレーのチェックのジャケットに白いリボンタイのブラウス、ガーゼで赤い蜘蛛の糸が模してある黒のロングパンツがとり合わせてあって、耳やら首やらに、ごつごつしたシルバーアクセサリーが合わせてあった。
「かづき、先輩と一緒になりたいって言えば?」
「ええっ」
かづきは同級生の花辺かざり(はなべかざり)にそっと耳打ちされた瞬間、大声を上げそうになった。
「な、なんで……かざりっ?」
「一目惚れの相手でしょ。かづきは舞洲先輩に声をかけてもらってここに入部したようなものなんだし、少しは可能性あるのかも知れないよ」
「かざり、黙って、聞こてしまうわ。先週はどの部活もサークルも新入生勧誘に力を入れておいでだったんだから、私は、偶然、お声をかけていただいただけ」
「でも、好きでしょ?ロリィタとパンクって、親戚みたいなものだってよく聞くし、話は合わなくないんじゃない?」
かづきの髪の一束が、かざりに軽く持ち上げられた。
かづきの、緩いウェーブのかかった栗色の髪は、こめかみから細い三つ編みを垂らして、天辺にくすんだ水色のヘッドドレスを被せてあった。装いは、クラシカルロリィタだ。今日はくすんだミントブルーの姫袖ブラウスに、白と黄色の小花が散りばめてある水色のジャンパースカートを合わせていた。ジャンパースカートは胸元がラウンド切替になっていて、シャーリングの施してあるところに小さな青いリボンの蝶がたくさん縫いつけてあるデザインだ。腰のリボンがふんわり大きくて、スカートの後ろにフリルバッスルがあしらってある。
「まだ……お名前だって覚えていただいてるかも……」
分からないのに。
かづきの髪がミントブルーの袖に滑っていって、そんな風に続けようとしたやにわのことだ。
「はい、美八乃」
かづきの耳に、あえかなメゾ寄りのソプラノが、触れてきた。
「妖精ちゃんと一緒が良い」
一度聞けば忘れない。胸をきゅっと締めつけてくる。
その声の主は、かづきが今まさに見つめていたばかりの上級生だ。
かづきは初対面のあの日から、せいに「妖精ちゃん」と呼ばれていた。
かづきはせいと、一筋目の小路を入っていった。
二人、なだらかな坂道に沿った住宅街を抜けていくと、その先に、公園があった。
公園は、一面が白い砂に覆われていた。そして木々を彩る桜の花と、ひらひら舞うその花びらが、柔らかな夕日の光を吸い込んでいた。
「綺麗ですねー……桜。この公園が、歴史ある公園なんですか?」
「うん。ささ、妖精ちゃん。座って」
かづきはせいと並んでベンチに座った。
座るところが狭いから、二人の距離が、肩と肩とが触れ合わんばかりに近づいた。
「サークル、慣れた?」
「はいっ、お陰様で」
「良かった。妖精ちゃん可愛くて、私一目惚れだったもん。歴史とか興味ある子は少ないかも知れないけど、うちはそんなにがっつり勉強しない団体だから、一緒に楽しみたかったんだ」
「可愛くなんて、ありません。先輩こそお綺麗で、私、その、ふらふら付いてきてしまいましたけれど、歴史も地理も高校までのテストは悲惨でした」
「うん、私も悲惨だったから大丈夫」
「──……」
「サークル入ってくれて、ありがと。本当に嬉しい。毎年色んな子を誘いに行くけど、こんなに来て欲しいって思ったの、妖精ちゃんが初めて」
かづきの片手に、せいの片手が伸びてきた。
透き通るような、それでいて芯のあるソプラノにうっとりしていると、指と指とが絡み合っていた。
「あ……あの……」
「これからよろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします……」
想像していた以上にさらさらで、ほんの少し低温なのに、胸がとろとろにとろけそうになって温かくなる。せいの手は、そんな手だ。
「あの桜」
「えっ」
「あの、幹が一番細いやつ、分かる?」
かづきはせいの視線の先を辿って、ひときわすらりとした桜の木を見付けた。
「あれが、何か?」
「この公園、昔は留置所があったんだ」
「そうなんですか?」
かづきは、このどこか懐かしいような情景を見回す。
幼い頃、遊んだのを思い出す。昔ながらの遊具も水道も、なるほど、古びた感じがしないのは、とり壊されてまもないからか。
「と言っても、ここにあったのは正規じゃなかった。どっかの金持ちの官僚が、個人的に持っていたやつ。黒白関係なしに、政治犯の、特にアンシーリーコートに憑依された疑いのかかった人間を連れ込んで自白させる、拷問屋敷」
「アンシーリーコート……邪悪な妖精?」
「日本には、いくつかそういうところがある。多くは大審院や最高裁判所、高等裁判所の地下にあって、戦後はコンクリート詰めにされて、今は教科書にも載せられない」
「どうしてですか?」
「夜な夜な女の人のすすり泣く声が聞こえてきたり、何度拭き取っても、血痕がこびりついていたりしたから。拷問部屋を残しておくと、決まって、気味の悪いことが起きたらしい。日本のあちこち、首都圏は特に。気持ち良いものじゃない。それで歴史から葬られたんじゃないかっていうのが、アングラマニアの間での、一般説」
「オカルト、ですね」
「明治から大正にかけて、フェミニズム運動が盛んになったじゃない?モガとか呼ばれた女性達が、ジェンダーの在り方や古い風習を改革しようと運動していた全盛期。妖精ちゃんは、新婦人協会の後に派生したセパレーティスト・シスターズや、リーンカーネーション・ニンフ協会を知ってる?」
「えっと、都市伝説のサイトで見たことがあるような、ないような……」
「当時、「妖精狩り」があったんだって。中世欧米で言うところの「魔女狩り」。セパレーティスト・シスターズやリーンカーネーション・ニンフ協会を統括していた女の子達は、その犠牲になったんだ」
「…──っ」
かづきは、急な悪寒に襲われた。
ただでさえこの手の話は苦手だ。もしやかづきは、五つあったコースの内、最も危険度の高いところに来たのではないか。
かづきの手とせいの手が、ほどけていった。
結び目がなくなって、いっそう心細くなりかけた。そのやにわ、かづきは自分のウエストが、せいに引き寄せられる感覚がした。
「ただ女性の社会的権利を主張していた新婦人協会とは違って、後に派生した女性解放運動団体には、一種のカルトめいた要素があった。とりわけセパレーティスト・シスターズは、気味の悪い噂が絶えない。女性解放運動の団体は、大抵、幹部クラスの人間だけが、政府の拷問の餌食になった。だけどセパレーティスト・シスターズは、属していたかなりの人数が虐げられて、自決した子もいる」
「妖精に憑依されたって、喩え話じゃないんですか?」
「神道が国教だった当時、輪廻転生論や神秘思想を唱えてるだけでも、異端視された。セパレーティスト・シスターズのメンバー達は、異国のアダムとイヴの神話を現実の歴史と信じていた。創始者が、最初の人類を二人とも女性だったと考えて、男性排除の社会を理想郷としていたんだ。彼女は長い歴史の中から男の過失をとり上げて、絵や書物を配り歩いて、女学校を卒業後、起業して女性だけの職場をつくった。その理念は、全国の女性達の支持を得た。署名が集まって、女性が選挙に立候補出来るまであと一歩というところで、政府達に──反政府の疑いをかけられた」
「──……」
「彼女は、当時、皆の憧れのお姉様だった。セパレーティスト・シスターズは、「妖精狩り」の発端になったリーンカーネーション・ニンフ協会の再来だと言われたくらい、その勢力は日本の歴史を動かしかけた。けど、──……」
かづきは黒目を動かして、せいの顔をちらと見た。
せいの淡い黄昏の光を帯びた横顔は、神秘的だ。端然とした眼差しはどこか淋しげで、この世の美しいもの全ての集ったような雰囲気は、どこまでも白い。
懐かしい。幼い頃遊んだ公園を思い出す、ここの情景にも優って、懐かしくなる。
「あの桜はさ」
かづきの耳を、笑みを含んだ優しい吐息がくすぐってきた。
「セパレーティスト・シスターズの幹部のために植えられた木。他の木より細いのは、年輪が薄いから」
「誰が植えたんですか?」
「さぁ。彼女のファンかな」
* * * * * * *
ただ、誰にも嘘をつきたくなかった。守りたいものを守ることだけ考えてきた。
北條花築(ほうじょうかづき)がセパレーティスト・シスターズを結成したのは、親友のためだ。
花築が親友と呼んだ少女は、名前を櫻木みや(さくらぎみや)という。
みやは華族の家柄で、優しく繊細、そして太陽みたいに明るい少女だ。
花築がみやと出逢ったのは、女学校に入学してすぐのことだ。それから五年間一緒にいて、互いに何でも語り合える仲になったし、一年の大半を一緒に過ごした。生涯一緒にいるものだと信じて疑わない仲だった。
みやは卒業が迫った頃、精神を病んだ。あでやかだった笑顔は翳って、学校も休みがちになった。
原因は、つまるところ、両親を始め親族達の、古いジェンダー概念にあった。
みやは、いわゆる「新しい女」と呼ばれる同級生らとの交流を禁じられていた。両親が、モガは反社会的な存在で、付き合えば悪影響を受けると考えていたからだ。それからみやは、卒業後、仕事を持つことを猛反対されていた。男より生活力を身につけるとは、はしたないだのふしだらだのと、そんな風に諭されていたらしかったのだ。
花築は、みやと二人で家を出るだけでも、彼女を救えたかも知れない。
ただ、みやのような令嬢は、同級生らの中に他にもいたし、彼女らのことも見て見ぬ振りをしていられなかった。
花築は在学中から準備を進めて、卒業後、行動に移した。
共感してくれる仲間はいた。余裕も時間も資金もあった。
花築は年頃の乙女達の好くような雑貨の工場を経営して、そこで、たくさんの少女達を雇った。積極的に署名活動をして、男性社会がいかにくだらないかを印刷物にして、配って回った。
みやが、出逢った頃のように、きらきら笑うようになった。
それだけで、満たされた。それ以上のものは望まなかったが、自分を信じて付いてきてくれた少女らに、もっと大きな未来をあげたいと願うようになっていった。
花築が「妖精狩り」の被疑者にされたのは、あと少しで女性の選挙立候補権を確立出来るところまで来ていた時のことだ。
卯月も間近で、桜の花の蕾が綻びかけていた。
昼下がり、普段と変わらず工場で一息ついていたところに、役人達が押しかけてきた。
花築を始めセパレート・シスターズの役員達、それから工員の少女達まで身柄を拘束されて、人里離れた屋敷に連れられていった。
花築は他の少女らと隔離されて、屋敷の三階に押し込められた。
その部屋は、粗末な寝台と空っぽの本棚があるだけだった。
日当たりの悪い小さな窓から望める世界は、碧天の空が満開の桜の花で染まっていた。
「気分はどう?」
それは臈たけたソプラノだった。胸を、官能を、じかにくすぐってくる、そんな声だ。
花築が鉄格子の嵌まった窓から目を離して振り返ると、とても美しい少女が入ってきていた。
少女は、さっきの武骨な役人達と、似ても似つかない風采だ。
ほんのり赤みがかった黒髪は、肩より少し長いところで鋤いてあって、すらりとした長身、桜の花みたいに儚げで高貴な雰囲気は、ともすれば異国の紳士を彷彿とするパンツスタイルの洋装の所為で、些か中性的な感じを伴っていた。年のほどは、花築より少し上か。垂れ目がちな目許に小さな鼻先、薄い唇は妙なるバランスをとっていて、シャープな頬に、ほんのりオールドローズの色が浮かんでいた。
「貴女も捕まった方ですか?助けて下さい!私の大事な人達が、この屋敷のどこかに捕まって──」
花築は少女に詰め寄った。隣にもう一人小間使いの格好をした少女がいたが、おそらく彼女も囚われの身だ。
「君が北條花築?」
「はい」
「そっか。もっと強気な女かと思っていたけど、君なら手こずらせられないで済みそうだ」
「あ……あの……?」
花築は洋装の少女から、急に不穏なものを感じた。
一方で、その高貴な瞳に舐め回すように不躾に観察され出しても、いやな気がまるでしない。
「私は、舞洲清唯(まいしませい)。ここの持ち主の 、娘」
「…──っ、あの、私……」
「良いよ。今日屋敷に来た子達は地下にいる。身の安全は保証する。君が望むなら役人には近付かせない」
「良かったぁ……有り難うございます!」
「但し」
花築の日本人にしては色素の薄い黒髪が、清唯の指先に掬われた。
清唯のうっとりするほどたおやかな指先から、緩いウェーブヘアが流れていって、花築の顫える耳許に、媚薬の吐息が触れてきた。
「君は二度とここから出られなくなる。それでも良いの?」
花築の肩から二の腕へ、それから、あろうことか銘仙だけに覆われた乳房に、清唯の右手が伝ってきた。
着物も袴も下着も剥がれて、一糸まとわぬ全裸になった。花築に、髪を結っていた染め物のリボンだけが残った。
花築は粗末な寝台に突き倒されて、初めての接吻を奪われた。清唯に、身体の隅々までまさぐられた。耳朶を吐息で絡められながら舌先で転がされて、首筋を、鎖骨を痛いくらい吸い上げられながら、乳首を指先で弄ばれて、触れるか触れないかの力加減で、胸の膨らみを撫でられた。
花築が、清唯の存外な優しさに身も心もとろけそうになっていると、突然、側で控えていた小間使いの少女に両手首を掴み上げられた。
あっ、と、小さく叫び声を上げたやにわ、手枷を嵌められて、寝台のヘッドボードに繋がれた。
「飾(かざり)。こういう気の短いことは嫌いだって、いつも言ってるよ」
「お言葉ですが、この娘は妖精裁判にかけるまでもない政治犯でございます。手間をおかけになる必要はないと、旦那様も仰せでしたわ」
「──……」
花築が、得も言われぬ下腹部の不快を持て余していると、清唯と目が合った。
「花築」
「何ですか?」
「君は女の権利を主張して、国内の上層部にいる人間から、その政権を剥奪しようと企んでいた。外国の聖書の話を持ち込んで、神道を否定してきたのが、その証拠。私は父の娘として、君の処刑を執行する」
「誤解です!私は皆が幸せな毎日が欲しいだけ!」
「幸せ、そのためには権力がいる。それでセパレーティスト・シスターズは、クーデターを目論んだ。手始めに参政権を得たかったんでしょ?」
「違──」
花築の開きかけた唇が、強引なキスで塞がれた。
唇をそっと舐められて、しっとりした二人のそれが、離れていった。
「美しい女の身体は、その美しさを認めさせる価値がある。君は今のジェンダー概念を疎んでいたの?女の快楽も知らないで、そんなものは否定出来ない」
「離して下さい……皆に会わせて!…──っ、ぐ……」
「飾」
花築の視界が、ぶたれたばかりの頬の痛みに滲んでいった。清唯と、飾という名らしい少女が何やら話しているが、内容なんて、入ってこない。
「生きてる内に思い知らせてあげる。醜い社会なんかで戦わないで、ぬくぬくした場所で生涯を終えられることがどれだけ幸せか。ただ受け入れるだけの愛が、どれだけ甘ったるいか」
「ひぃっ、や……」
脚を無理矢理開かされて、清唯の膝が割り込んできた。下着も剥がれた膣口に、無機質特有のひんやりした固いものが触れてきた。
花築は、それから逃れんばかりに、もがきながら腰を引く。
「さっきのは下準備。濡れなかったらやりにくいし」
「私を……初めから殺すつもりで……?」
「君みたいな女はじっくり楽しませてもらってから。私はアンシーリーコートに乗っ取られた人間でも、汚らわしいとは思わない。これは男性器を模した玩具。外国じゃこういうのが流行ってるんだって」
「いや……っ、……愛してなんてくれない人に、こんなことされたくない!」
「君の仲間は私が取り調べをする。おとなしくしていたら、悪いようにはしないけど?」
「っ……」
花築は黒目を動かして、清唯を見上げた。
ものでも見るような眼差しが、そこにはあった。だのにその黒曜石みたいに清冽な双眸の奥に、どこか寂しそうな色が垣間見えたのは、気の所為か?
* * * * * * * *
花築がここに連れられてきて、もうじき一週間が経つ。
花築は窓に嵌めてある鉄格子に捕まって、清唯に後方から抱かれていた。左手で乳房を揉みしだかれて、耳朶の裏や首筋を、キスや愛撫で顫わされていた。
いつでも、この行為に人間らしい感情はない。花築の欲望だけに抉り出された愛液のこぼれ滴る蜜壺を、清唯の右手の指先が、彷徨っていた。
「あっ、ああん、もぉ……はぁっ、もう立て……ないっ……ああぁっ、あっあぁ……」
「良いじゃん。ほら、花築の恥ずかしいとこ、私が指で支えてるから……心細いなら手首まで突っ込んで、いやらしい子宮から捕まえておこうか?」
「ああっ!!」
花築の喉から気も失わんばかりの悲鳴が上がった。陰核をつまんであったクリップが引っ張られて、指の腹で転がされたのだ。
「早く……頂戴……はぁ、はぁ……清唯ぃ……」
「もっと可愛くお願い、出来ない?」
「──…。はぁっ……ん……」
花築は清唯の左手を握って、自分の乳房から外した。その指先を唇に含んで、優しすぎる質感を、舌で味わう。
「清唯の優しい指が、好き。……んん、私の中、いっぱいにして?」
花築は清唯に振り返る。
見つめていると胸が迫る。淫らな姿を晒しているより、目が合った時こそ恥ずかしくなる微笑みが、そこにはあった。
花築の身体が日ごとに耐性を削がれているのは、やみくもに性感を犯されている所以だけではない。
花築は清唯にセパレーティスト・シスターズの関係者らの釈放を約束させた。花築はその条件として、毎日、ほんの微量ずつ、毒入りの媚薬を投与されていたのだ。
致死の薬がいつ効くか、正確なところは分からない。ただ、花築の身体は、おそらく、地下に囚われている同志らの体力がもちこたえられている内に、限界を迎える。
ひたすら終わりを待ちながら、敵(かたき)に抱かれて、役人達の目をくらますために、ほんの少し痛めつけられて、一日一日が過ぎてゆく。
花築は、今日も、窓の外が黄昏色に染まる頃、清唯の肩に寄り添っていた。
「目が覚めるとほっとする。清唯に……、まだ会えるんだって、ほっとするわ」
「──……」
「私は貴女や社会の大人達に屈服したわけじゃない。ただ、私がいなくなったって、いずれ日本は変わっていく。でも……、もし生まれ変われたとして、そこに清唯がいるかは分からない。貴女に出逢えないかも知れないことが、一番、怖い」
「花築……」
清唯の花築を抱いてくれていた腕に、心なしか力がこもった。
「花築と、違うかたちで出逢ってたかった」
「え……」
「私が「妖精狩り」を始めたのは、放っておいても日本は変わると思っていたから。ごめん。私はこの役目を続けていれば、くだらない花嫁修行もさせられないし、どっかの家に入らされることもない。政府は、都合の悪い勢力を……、花築みたいな子は妖精に憑かれたんだって濡れ衣を着せて、潰したがってる。私は妖精を信じてないけど、信じてる建前を保たなくちゃいけない。同じ魂(こころ)を持つ女の子達を、破滅させる。これは私に課された罰だから。父なりの」
「そんな……」
「社会が汚いなら、好きな子だけは、私が目隠しになって守る。甘い愛は、与えられるより与えたい。私、昔からこんなやつだったから。……幻滅した?」
「…──っ」
花築は首を横に振る。
何故、清唯がこんなに淋しそうだったのか、分からなかった。繋がりかけていた糸が、繋がった。
「愛してないなんて、嘘だよ」
「清唯……」
「もっと早く気付けば良かった。このさだめを断ってくれる人……私は、この手が穢れていく痛みより、ずっとむごいものをくれる人を待っていた。この痛みから、逃げたくて、どうにかなってしまいそうだった。愛した人をこの世から消す、そんな地獄を待っていた。飾にさせないで、私が毒を打ったのは、花築が初めて」
「──……」
「生まれ変わったら、一緒に、今度は外で桜を見よう?君のために植えておく。きっと私達を引き合わせてくれるように」
「清唯……」
「愛してる、花築……君を一人で」
花築の意識はそこで途切れた。
気も遠くなるほどの甘いキスに優しい抱擁、そして、美しすぎるその声がくれた想いを、最後まで聞けなかった。
一人でなんて、逝かせない。
ただ、今度きっと目を覚ませば、そこには、最初で最後の恋をくれた人のいる、まばゆい世界が広がっている。
花築は意識の深淵で、そんな風に確信していた。
* * * * * * *
「自撮りでツーショ、出来るかな」
かづきが曰く付きの桜の木を携帯電話で撮っていると、せいの声がふっと聞こえた。
「自信はありませんけれど、私の携帯、画面は大きいので、多分」
「じゃ、撮って」
「えっ」
「折角だし、今日撮らないと、私の携帯充電切れちゃったけどさ、今逃したら、次、散っちゃってるかも知れないし。こっち寄って」
「あっ、あぅわ?!」
かづきはせいに、さっと肩を引き寄せられた。
甘辛い匂いに混じって、切ないような芳香に、第六感を締めつけられる。
「貸して」
かづきの手から、携帯電話が離れていった。
頭の中が真っ白になっている内に、シャッターの音に耳を打たれた。
「ありがと。後でメアド教えるから、送ってね」
「こちらこそ有り難うございます。あの……、お上手ですね。桜もちゃんと入っていて、先輩……綺麗……」
かづきがデータフォルダの最新の一枚を開くと、二人、まるでずっと一緒にいた恋人みたいに写っていた。
「妖精ちゃん、可愛い」
「そんなこと、ありません」
「本気になって良い?」
「…──っ」
かづきは、はっとしてせいを見た。
「幸せにする。……絶対。私じゃ、ダメ?」
せいの口調は戯れ言みたいに軽いのに、その眼差しは真剣すぎて、疑る余地もない。
ただの一目惚れでここまで惹かれたりなんてしない。確かに美しい見目をしているが、こんなに懐かしくなったりしない。
「もったいないです。私に、先輩はもったいないくらい……」
離れたくない。今度こそ。
「だから、あの、だから……」
かづきの胸奥で、何かが叫び声を上げていた。
せいの手をとった瞬間、かづきの中でずっと呻いていたその何かが、ふっとほぐれていった感じがした。
──fin.
妖精カテドラル